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2006年7月23日 (日)

トウモロコシ

隣人からトウモロコシを貰った。彼は一人暮らしで、70代後半の老人である。彼は別の隣人から貰った、と言っていた。その人は60代の夫妻で二人暮らしである。

垣根越しに声を掛けられた。シャワーの後でバスタオルを首に巻いたまま庭に出ると、彼が笑顔で立っていた。4本ビニール袋に入っていた。茹でたてで直ぐにでも食べられる。手渡された時から良い香がしていたが、ビニール袋から出して、皿にのせると益々良い香りがした。未だ湯気も上がっていた。

朝早く起きて、庭仕事をしていたので、ちょっと空腹を感じていたところだった。午前のお八つとして食べた。とても美味しかった。自分も好きだが家内は特に好んで食べている。日本各地にいろいろな呼び方が有るようだから、昔から重要な作物で有り、生食用のトウモロコシは好きな人が多かったのだろう。食べながら昔のことを思い出した。

子供の頃、秋には自分の家の軒下にも、あちらこちらの軒下にも何色かのトウモロコシが、多分数本ずつ下がっていた。見慣れた景色ではあったが、それを種として使うために乾燥させていたと言う意識は無かった。一粒の種から一本の芽が出て、茎には、トウモロコシが二本付くのだから、粒だけのことなら、7800倍となる。自然の生産力は大きい物だ。

小学生の頃、家に帰ると夏は、仏壇の前のテーブルによく茹でたトウモロコシが供えてあった。一本取って、静かでガランとした家の縁側で一人で食べてから、遊びに出掛けたものだ。当時は今より大分甘みが少なかった。実も赤色系のもと、灰色系のものが有った気がする。今の様な黄色系のものは堅く大きい家畜用だったように、ぼんやり覚えている。長じて久方ぶりで食べた時に、あまりの甘さに、ビックリした記憶が有る。昔っぽいトウモロコシはもう無いんだろうなあ。

東南アジアや、南西アジアで食べたトウモロコシは、自分が子供の頃に食べたトウモロコシの懐かしい味だった気がするが、甘さは今普段食べているものに比べると、数段落ちるものだ。灰色系は食感に粘りが有って、甘みは落ちるが、妙に食べ物という感じがした。日本では子供の時以来、見たことがない。

30代後半の甥が小学生高学年の頃、田舎で一緒に釣りに出掛けた。雲行きが少し怪しくなって、少し早めに車で帰る途中、道ばたで茹でトウモロコシを買って食べた事が有る。彼は喜んで「美味しい」と言いながら食べた。相当お腹が減って居たのだろう、店頭で一本ずつ食べた後に、もう一本食べるか?と聞いたら喜んで頷くので、もう一本買って、車に乗り込み、こちらは運転し、彼は一緒に買った飲み物を飲みながらトウモロコシを食べた。彼も喜んでいたが、こちらの方が、喜んで貰えて、彼より余程嬉しかった気がする。隣人から貰った、トウモロコシをたべて、そんな昔の事がつらつら思い出された。

今度外房に行った時には、隣人に美味しかったトウモロコシのお礼を言って、トウモロコシが軒下に乾されていた頃の景色やら生活について思い出したことを、話してみようと思う。

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