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2006年8月 8日 (火)

モクズカニ

高校時代によく行った海辺に“沢目海岸”が有る。

学校のある駅から実家の有る方向と逆に行って四つ目の駅で降りる。駅前は寂しい。乗ってきた鉄道を渡って、国道を渡って、白っぽい埃の立つ狭い路をダラダラ歩いて行った。国道脇の小学校を過ぎれば後は舗装していない路である。その小学校を通り過ぎれば、人家がポツンポツンと有るばかりで、人とすれ違うこともなかった。海に近づくと数メートル高さの黒松の防砂林が有る。黒松も道端にある背の高い草も、家も砂が掛かり白っぽかった。100メートル程の防砂林を抜けると砂浜の海岸が眼前に開けた。屋根の低い古い漁師小屋が、二軒並んで建っている。北には県境となる山塊が見え、南には半島の山々が見えた。

海岸には小川が2、3本流れ込んでいたが、防砂林の切れる砂丘の辺りには殆ど水はなかった。防砂林の中を少し遡ると所々に水たまりが有る程度であった。水が沢山流れるのは、大雨の時だけなのだろう。

最初の内は一人で行っていた。海辺の草地に座って海を見ていた。夏はハマヒルガオが砂浜に咲いていた。防砂林の近くにはハマナスが咲いていた。少し陽が西に傾くと波にキラキラ反射して眩しかった。暫くボンヤリ過ごしてから、来たときと同じようにブラブラ歩いて戻った。

何回目かの時は、モクズカニが捕れると言う事で、誰かと一緒に行った。申し訳ないが、誰と行ったか記憶がハッキリしない。5月の終わり頃であった。その日は、それまで遠くにお互いを見ていた老漁師が、我々に声を掛けた。折角 来たのだから怪我をしたら詰まらないから、と言って古タイヤで作った、サンダルを貸してくれた。漁師小屋の軒先で着替えた。そこからサンダルを履いて水際まで行った。慣れないので歩きづらかった。水際の湿った砂の上で二人とも軽く準備体操をした。当時の習わしで水を掬って胸の辺りに付けてから、海に入った。

波は小波。水は澄んでいた。モクズカニ探しには絶好だった。2メートル位までの深さで大きな玉石が有る辺りを、探し回って泳いだ。水は冷たかったが、風が無ければ1時間ぐらいは、平気だった。最初の一匹を見つけてからは、比較的簡単に見つけることが出来た。大きな玉石の横に砂に埋まってジッとしていた。甲羅の一部と足が砂の上に化石の様にうっすらと見えていた。掴もうとして潜って手を伸ばすと、蟹は立ち上がって大きな鋏を広げて威嚇した。後ろから手を回し甲羅の横を掴めばはさまれる事はない。万が一挟まれたらこちらが手を離せば先方も挟むのを止めて、逃げ出すことが多かった。砂に潜られて見失う事もあったが、目で追いかけて居れば、また見つけ出すことが出来た。大きいのは暴れるし、挟まれて逃がす事も多いので、途中から分業した。自分は海の中で、掴んでは、陸に放って、相手は陸でそれを逃がさないで拾い集める。二人は1時間ほど、陸と海で大きな声を出しながら、遊んで十数匹捕まえた。久しぶりで一事に夢中になった。

一緒に行った友達は、老漁師からバケツを借りてそれに蟹を拾い集めていた。直ぐに脱走するので、板切れで蓋をしていたが、あまり効果は無かった。蟹は泡を吹きながらバケツの中で蠢いていた。老漁師に見せたら、茹でてくれる事になった。小一時間して、海水で茹でた蟹は濃いピンク色になった。美味しかったようにも記憶するが、ハッキリしない。3人でそれぞれ2~3匹ずつ食べて、残りは漁師の所に置いてきた。

それから数年後、別の友達と四国に行った。太平洋に注ぐ小川の川原を歩いていると、2~3匹のモクズカニが、不意に現れて、水の中に消えた。その時長い間忘れていた沢目海岸の老漁師の事を思い出した。地味でちょっと優しかった印象。顔はもう思い出せないが物静で感じのよい初老の漁師。それからモクズカニの事をテレビで見たり、いそうな所を歩いたりすれば、今でもあの老漁師の事を思い出す。

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