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2006年8月13日 (日)

フクロウ

小学校5年生の時にフクロウを飼った事がある。

近所に住んでいる従兄弟が、いつもより早い時間に家に来た。フクロウが欲しくないかと言う。夢のような話しで、直ぐOKした。これから捕りに行くと言うことである。彼の漕ぐ自転車の後ろに乗った。自分は即席ラーメンの空の段ボール箱を胸に抱えていた。巣の近くは、路が悪いと言うことで、長靴を履いていた。

彼は自分の父と気が合い、夕食後よく家に来て父と雑談をしていた。その日は、自分のために早めに仕事を切り上げた。彼は自分より一回り以上年長で、従兄弟の気安さは有ったが、叔父さんのような、頼りがいのある大人だった。

巣は数日前に発見して、そのままにして遠くから観察していたのだが、その日に親鳥が死んでいるのを見つけた。それで急いで、自分の家に来たと言うことだ。場所は集落の外れで谷地になっている方だった。そちらに彼が農地を持っているのは知っていたが、実際の場所は知らなかった。自転車で舗装が穴だらけの町道を15分位走って集落を外れた。そこからは畑の中の小路を行った。途中から雑木林に成り、路は少しずつ下りである。最後は、路から外れ、谷地と雑木林の境の土手のような所を暫く歩いた。谷地近くの窪地には、もうすっかり汚くなっていたが、雪が少し残っていた。その年は寒い冬だったのだろう。

幹の途中から折れた木の根本近くに大きな洞が有り、そこに薄茶色のフクロウが羽を広げて、巣に覆い被さって死んでいた。羽を広げた長さは1メートル程だった。それをそっと掴んで木の横に寄せた。思ったよりずっと軽かった。巣の中には毛玉のような10数センチの雛が3羽いた。1羽は、他より小さく既に死んでいた。2羽は、大小は有ったが未だ生きていた。片方は相当弱っていた。その2羽を段ボール箱に入れた。巣の真ん中の巣材を少し脇に寄せて、穴を開けその中に死んだ雛を横たえた。親鳥は先ほどの様に羽で巣を覆うように置いた。

その日からフクロウの飼育が始まった。

古い鶏小屋に、2羽を入れて、餌のカエルを捕りに行った。いつものたまり場に友達がいて、帰りは一緒だった。大きい方は数匹食べたが、小さい方は食べなかった。翌朝小さい方は死んでいた。それから毎日のように友達とカエルを捕りに行った。カエルを殆ど食べなくなったときには、お小遣いを貯めて持って行き、魚屋でクジラの肉を買って与えた。よく食べた。嬉しかった。また暫くして食べなくなった。友達と意を決して蛇を捕りに行った。みんな棒切れを持って、自分はそれに大きな缶を持って出掛けた。裏山を彷徨いて、一匹の大きなシマヘビを見つけた。みんなで寄って集って、棒切れで叩き殺した。怖かったが必死だった。缶に入れて持ち帰った。缶の蛇は時々少し蠢いた。

一匹まま与えたが、フクロウも困っているようだった。比較的蛇に強い子が、皮を剥こう、と言い出しみんなで、交代しながら皮を剥いた。その時何か呪文の様な、何かかけ声を発したのだが、残念ながら今は覚えていない。剥いた身も少し蠢いていた。鉈で削いで食べさせたら、食用旺盛で丸呑みした、2日に分けて与えた。

二ヶ月ほどして夏になると大分大きく成った。バッタヤカマキリなどの昆虫も出て来たし、ネズミ取りのネズミも与え、餌の種類が多くなった。もう見てくれは親同然となったが、期待したゴロスケホッーホッーとは一度も鳴かなかった。ギャー、ギャーと言うばかり。我々は、いつもそれを聞いてがっかりした。それでも目は益々パチクリし、産毛も無くなりすっきりした格好になった。時々首をグルリと回し我々の歓声を誘った。

半巣立ち状態が続いた。我々の仲間じゃ無い子が、捕ろうとしたとか、網を持って追っかけた子が居るとか噂が立つ中、秋口には小屋の近辺から居なくなった。忙しい一夏が終わった。

それから23年近くの小社にある小さな杜に、夕方大きな鳥が止まっていることが有ったが、それが我々のフクロウだろうと我々は信じた。

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