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2006年9月20日 (水)

大根の干し葉

子供の頃、秋になると家の裏に大根が何百本も干している家が沢山有った。自分が手伝った訳では無いので、ハッキリとしたことは覚えていないが、少し干して漬ける物と、もう少し干して漬ける物と、たっぷり干して漬ける物が有ったと思う。全ていわゆるタクアンに成ったようだ。少し乾いた大根を少し折って食べると、ほのかな甘みがあってそれなりに食べられた。

自分はあんまり干さないで漬けたタクアンが好きだった。味ばかりではなく、保存性とか作業の手順、保存場所の問題などで、何種類か有った物と思う。次の年に又新たに漬けるまで食べていた。家族のご飯のおかず、親父の酒の肴、縁側の年寄りのお茶請け。

干した物では無いが、鉈漬けという大根の俄漬けは、多分好物の人が多いと思う。どれぐらいの地方で食べているのかは分からないが、自分が育った田舎では、晩秋から初冬に掛けて、良く作って食べていた。かなり寒く成ってからの漬け物だ。大根を鉈でそぎ切りにして、麹と塩だけで漬け、2~3日で食べられる。もしかしたら味の○も少し入って居たかも知れない。化学調味料などとは言わず、何でもその類は、味の○と言っていた。当時は今より相当高価だったけれども、少し入れると大抵の物は自分にとって味が良くなった気がした。鉈漬けの上澄みは薄く氷が張っていることが有った。たまたま去年思い立って漬けた。あんまり良いできでは無い気がしたが、つまり昔の美味しさを充分感じることは出来なかったが、隣人に少し食べて貰った。予想外に大変喜ばれた。何年ぶりかに食べたと、言っていた。そして思い出したらしく何処で食べたかも教えてくれた。ちょっと話が弾んだ。今年も又何処かで麹を買って漬けてみようと思っている。

スーパーの大根は、殆どは葉っぱが切られて売っている。自分にとっては残念な事だ。散歩をしていると、農家の軒先販売や協同出資の直販店では、新鮮な葉がたっぷり付いた大根を見ることが有る。そんな時は買って、大根の葉っぱも食べる。今まで何回か大根の葉っぱを干してみたが、一度も上手く行かなかった。勿論乾くのだが、黄色くなってしまうし、所々が場合によっては腐ってしまうのだ。多分気温が高すぎて風も無かったからだと思う。寒く冷たい風に晒して乾かさないと駄目のようだ。未だ自分の試みは成功していない。そのうち冷たい強い木枯らしの吹く日に屋上に干してやろうと思っている。

子供の頃、みそ汁は多分色々な物を食べたのだと思うが、今でもハッキリ覚えていて、食べたいと思う筆頭が、大根の葉っぱを乾燥させた物を水に戻して細切れにしたのを具にしたみそ汁だ。当時は大根の葉っぱを干した物は単に干し葉と言っていた。つまり食べたいのは干し葉のみそ汁。

煮干しの出汁に水で戻した干し葉を刻んでたっぷり入れたみそ汁。自分は必ずお代わりした。他のみそ汁もお代わりしたかも知れないけれど、これは必ずお代わりした、自分は好きだった。自分はそれに朧昆布入れて食べた。お椀にたっぷり干し葉の入ったみそ汁、その上から朧昆布を掛ける。汁が吸われてドロドロになるけれど、それがとても好きだった。

母は「ビタミンも多いし、美味しいし、これを食べると風も引かないし、医者いらずなんだよ」と口癖の様に言っていた。自分は好きだったので、「美味しいし、きっとそうだ」と思って食べていたが、今考えてみると半分は貧乏で食べているのでは無く、美味しいし栄養も有るから、食べて居るんだよ、という母が自分自身に言い聞かせると共に思いやりだったかも知れないと思っている。確かに今考えると貧乏だったかも知れないけれど、当時はそれが分からなかったし、貧乏だと特に考えたことはない。今考えるとそれは恵まれていた事だと思う。家族が健康で、夕食にはお腹いっぱいご飯を食べていた。当時だって未だきっとお腹いっぱい食べられない人は結構居たに違いない。

ああ今年は何とか、干し葉作りに成功したいものだ。

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