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2006年9月29日 (金)

バッタ遊び

この間、電車に乗ってドアの傍に立っていたら、少し離れた座席で窓を開けようとしている若い女性がいた。ちょっと違和感を覚えたので見てしまった。少し経って見直したら、向き直って普通に座っていた。電車が走り出して自分の後ろの方が少しざわついた。振り返ると、若い女性が数人席を立って移動していた。特段の悪い空気は無かった。どうしたのかなあと思って、空いた座席を見ていたら、そこの窓から音を立ててバッタが飛んだ。78センチの大きさであった。若い女性はバッタを窓から逃がそうとしたのだ。

バッタがつり革の下がっているポールに止まった、傘を持った青年がそのバッタを突いた。一緒の女性のためにと思った風だった。周りからは顰蹙を買った。その空気を感じてが、連れの女性も引いた風だった。又バッタが飛んだ。その先々で少し空気がざわついた。誰か捕まえて殺しはしないかと、胸騒ぎがした。初老の男性の胸当たりに止まった。彼は小さい声で「こんなもの」と言って捕まえた。自分はその人を、無意識に一瞬警戒の目で睨んだかも知れない。その人がバッタの頭と胴を両手でもって、バキッと折って床に投げ捨てる幻想が走ったが、そうは成らなくて、片手で掴んだときと同じように捕まえていた。少なくとも殺す風ではなく安心した。でも油断は成らない。バッタが驚いて糞でもすれば、事態は急転するかも知れない。彼は黙っていた。彼は次の駅で外に出て行ってそれを放した。バッタはホームの上を飛んで移動したが、電車が発車しても明るいホームの辺りを飛んでいた。数駅前でたまたま電車の中に飛び込んでしまったのだろう。大きな草むらに辿り着くと良いのだがなあ。

そのバッタを見ている時、小学校56年生の時によくバッタ遊びをした事を思い出した。

自分は小学校、中学校とも歩いて56分の所に住んでいた。小学校高学年になると日曜日には良く中学校の校庭で遊んだ。少し近いことも有ったが、開放感が有ったからだと思う。中学校は集落から離れていた。校庭の三方は沼に囲まれていた。

秋の午後、その校庭に友達と数人で行きバッタ遊びをした。大きなバッタを捕まえて、校庭の真ん中で放して、飛ぶのを走って追いかけて、着地したら捕まえる。また真ん中に戻って放して、飛ぶのを走って追いかけて、着地したら捕まえる。アラビアンナイトに出てくる世界で一番長い話みたいに同じフレーズが繰り返される。

太陽が傾き始めて、辺りがあかね色に染まり始める。子供達は息が弾んでくる。顔も上気してくる。最初の内は、上着、昔の小学生が着ていた学生服で、今考えれば人民服のようなデザイン、を着ているが、そのうち近くの草原に置いて走り回る。バッタの飛んで行く方向は、気まぐれで、すなわち行き当たりばったりで、誰が捕まえられるか、一種のゲームのような感覚で遊んでいたのだろうと思う。とても単純な遊びだったが、面白く遊んだ。バッタは一旦止まると、何故かは知らないが1~2秒は飛び立たない、感じとしては飛び立つ体勢を整え直さないと飛び立てないような感じだった。それでこの遊びは成り立っていたのだと思う。バッタが舞い上がり空に透かして見ないと見えなくなってくると、この遊びもお終い。もう地面は空の景色より余程暗い。誰かが捕まえ損ねて逃がしたり、最後の子が草むらの近くに放したりして、後は帰る。

今の子はそんな遊びはしないのだろうなあ。色々忙しいだろうし場所も無かろうし。将来、バッタについての思い出は特には無いだろう。

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