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2006年9月 3日 (日)

キノコ採り

昔良く裏山でキノコ採りをした。今で言う里山、裾には開墾された田圃や沼もあった。上の方には松や杉の林、果樹園、畑などが雑木林とも荒れ地とも付かない所に点在していた。

一行は34人の事が多かったが、10人ぐらいの時も有った。特に話し合って決めたわけではなく、土曜日の午後などは、時間が長かったので、裏山でバラバラ遊んでいる内に、誰かがキノコを見つけて、みんなが競って探し始めて、キノコ採りになる。

松の疎林の中で、みんなが広がって適当に探して、23本見つけると、みんなが寄っていって一緒に探す。大きなのが何本も採れた時には、嬉しかった。採ったものは、ススキの穂に刺して持ち歩いた。小さなキノコがたくさん採れたときは、フキとか蓮の葉に包んで持ち歩いた。小さい子が居れば、兄弟ばかりではなく、大きな子達が、或る程度採れるようにした。

採れたキノコは、今考えると、ハツタケ、アミタケ、サクラシメジ、ナメコ、ハナイグチなど。杉林では殆ど唯一のキノコだったスギヒラタケも良く採った。倒れた杉の木にこけが生え、その上に白いキノコが遠目にもハッキリ見えて、量も多かったし、嬉しいものだった。

去年だったか、腎障害のある人がスギヒラタケを食べて、脳障害を発症して死亡したとする報告が有った。大変気の毒なことである。昔から食べていただろうに、驚き悲しんだことで有ろう。急に毒性を持つに至ったのか、それとも昔から有ったのか、類似した別のキノコなど、別の原因なのか、充分調査して、早く我々にも知らせて貰いたいと思っている。昔の事は、古い町だったら、お寺の過去帳などを調べると、特異な死亡原因について、類推が利く記述が見つかる事も多いと聞く。その町の遠い昔の事なども調べたら良かろうと思う。

このキノコは見つかれば、一本の木にみんなが群がって丁寧に摘んだ。白く綺麗で、見た目にも良く、歯触りが良く、美味しかったと記憶しているが、残念なことだ。

我々は、探せる場所で一旦探し尽くすと、小路を辿って、又ありそうなところに移動した。もう当時何を話しながら歩いたか覚えていないが、たくさん取った時の話しや、群生や菌輪それに列生を見つけて驚いたときの話しを繰り返ししていたのかも知れない。親から聞いた話なども話題に成っていただろう。その年から仲間に入った小さい子達には初めてのことだし。

今、自分を含むその子供達の一団を見たら、相当みすぼらしく、貧乏くさい感じであろう。今一度見てみたい気がする。家も町も子供達も今の基準からすれば、ずっと汚かった事は間違いがない。ただ、里山は今よりずっと明るく、よく手入れされ、細いがクッキリした道が沢山付いていた。蔦類で藪となっているところは少なかった。倒木が長い間放置されていることもなかった。

裏山を歩いているときに、歌の好きな子は、進んで歌を歌った。それに合わせて歌う子もあった。音痴でも別に構わなかった。途中にヤマブドウやナツハゼの実が有ればそれらを食べた。喉が渇けば、湧き水に行って、クマザサの葉を曲げ折って、それで汲んで何杯も飲んだ。陽が傾きかければ、夕日に照らされて家路に就いた。採ったキノコを母親に渡すときは、少し誇らしかった。

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