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2006年11月30日 (木)

今年貰った物、農産物編

1.       トウモロコシ:4箇所から、トウモロコシは好きなのでどれも美味しく食べたけれど、最初に貰ったのが一番美味しかった。庭仕事の後の午前の休憩で食べた。

2.       サトイモ:3箇所から、味に凸凹なし。昔は好きではなかった、今は好物かも知れない。

3.       米:3箇所から、田舎から送ってもらったあきたこまちはとても美味しい、量も多い。義弟に感謝している。

4.       メロン:2箇所から、1箇所は義弟、美味しい、自分の社交にも役立っている。

5.       カボチャ:4箇所から、子供の頃は嫌いだったが、今は好きな食べ物の1つ、小豆汁の中に入っているのが特に好きだ。

6.       ハクサイ:3箇所から、1箇所は家内の従姉妹がやっている家庭菜園、美味い。

7.       ネギ:3箇所から、自分はネギが好きだ。

8.       サツマイモ:2箇所から、1回は石焼き芋の形で。昔は食べたことが無い、今は好きだ、良い具合に焼けていると皮も食べる。

9.       ピーマン:2箇所から、炒めて食べた。積極的には食べないが、食べると美味しいと思う。

10.    バジル:1箇所から、新鮮なトマトと一緒に貰った。夜はパスタ。

11.    トマト:2箇所から、真夏の熟したトマトは美味しい、冬は食べないことにしている。

12.    ジャガイモ:3箇所から、1回は蒸かして、潰して砂糖と黄身を入れて、スイートポテトを食べた、田舎にいたときの3時のおやつを思い出した。

13.    キャベツ:2箇所から、キャベツ大好き人間です。甘藍と言う所も有ります。

14.    ニンジン:2箇所から、金平で食べることが多い。

15.    セリ:1箇所から、キリタンポと一緒だった。根も美味しく食べた。

16.    ダイコン:1箇所から、重い。

17.    キウイ:1箇所から、カリンで追熟させた。

18.    スダチ:1箇所から、サンマその他何にでも少し絞って食べた。熟していくと甘みが増す。

19.    菊の花:1箇所から、茹でれば冷凍で保存できる。

20.    ミョウガ:2箇所から、沢山食べた、私は誰?

21.    バナナ:1箇所から、彼は畑で作っている。そんな訳は無いな。

22.    シュンギク:一箇所から、今時鍋の具にしたら良い。

23.    ウド:2箇所から、ヤマウドはともかく、東京ウドは通年出来そうだけれど。

24.    キュウリ:2箇所から、カッパの気分。

25.    トンブリ:1箇所から、畑のキャビア。

26.    ナガイモ:1箇所から、ネバネバするものは体に良い、納豆は嫌いだ。

27.    ナス:2箇所から、焼く、煮る、炒める、漬ける、生。万能選手。

28.    ハグラウリ:1箇所から、鉄砲漬け大好き。

29.    アスパラガス:1箇所から、好きじゃないが食べると美味しいと思う。

30.    イチゴ、1箇所から、家内の大好物。

31.    ショウガ:1箇所から、残ったのは砂に植えた。

32.    タマネギ:1箇所から、サラダで食える奴。

33.    モロヘイヤ:1箇所から、エジプト人もびっくり。

34.    レンコン:1箇所から、見通し明るい。

35.    ブロッコリー:1箇所から、誰か美味しい食べ方教えて!

36.    チンゲンサイ:1箇所から、即席ラーメンの具にした。

37.    オクラ:1箇所から、好きになれない。

38.    ワスレグサ:2~3箇所から。

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2006年11月29日 (水)

闇夜に烏

昨日の夜、烏が鳴いていた。

自分の田舎では、日中でも烏がしきりに鳴いていると、不吉だと言って嫌っていたようだ。親類に何か不幸が有ったのでは無かろうか、今日は烏泣きが悪いから、外に遊びに行っては良くないよ、みたいな話が有ったように記憶している。

自分が小学校の低学年ぐらいの時に年老いた祖父母から数回聞いたきりで、祖父母の作り話で有るかも知れない。そうすればそれはそれで、別の意味面白いのだが。シンデレラの話のように或る程度広い地域に流布しているのであれば、そんな話を色々集めて研究している本が有れば読みたいものだ。逆の様だけれど『難波の葦は伊勢の浜荻』も視点が違うだけで同じもののように思う、自分でも訳がよく分からなくなってきた。

ともかく昨日の夜、烏がしきりに鳴いていた。何かしら会議をしている風だった。特段重要な話ではなく、多分誰かが久しぶりに可成りの量の食べ物を見つけて食べていたのだが、それに感づいた別の烏が集まってきて食べ、最初の内はたっぷりあるものだから和気藹々と井戸端会議をしながら食事を楽しんでいたのに、烏が集まりすぎて、今度は喧嘩になって、食事そっちのけに場所取り合戦を繰り広げてしまった、と言うようなものだったかも知れない。

良く保護色だの適者生存だのと言っているが、烏が黒いのは何なのだろうか、誰か知って居る人がいたら教えて下さい。闇夜に烏は保護色の話じゃないよね。

烏にしろ鵜にしろ、黒くなければあんなに嫌われなかったろうに。今と同じ習性で、熱帯のインコのように綺麗な色だったら、どうなっていたのかなあ。それはそれで嫌われ色の一種になっていたのか。

「かれ朶に烏のとまりけり秋の暮」 芭蕉

そんな季節になりました。

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2006年11月27日 (月)

オリーブ石鹸

昔友達からアレッポ石鹸を貰った。それは何も包装がされていなくて、作ったところの刻印が押されているだけ。その刻印は職人の保証と自信の印。手にとって使うには大きすぎたので、ノコギリで二つに切って使っていた。外は黄土色、切ると心の方は、やや透明なオリーブ色。原料はオリーブ油とローレル油。体も髪もこれで洗った。自分には合っていた。

最近原料がオリーブ油だけの石鹸を近くの薬局で発見、直ぐ買った。香は少し落ちる気がするけれど、アレッポ石鹸の様に気に入って使っている。価格も自分が買える程度。これからずっと使うつもりだ。歯ブラシでも歯磨きでも気に入ったものが売られなくなり仕方なく別のものを買う事が有るが、この石鹸はずっと売られている事を望む。

昔読んだ多分外国の短編小説で、或る石鹸が経営難で発売中止になって、それを愛用していた人が、自分の体臭を洗い流すことが出来なく成って自殺した、と言う話があった。何か妙に自分にとっては説得力があった。丹精したものには根強い支持者が居る。アレッポ石鹸は千年以上前から、作られ使われているとのことだ。ずっと家業として作っている人達が居るのだろう。

この石鹸は包装して有った。成分として、オリーブ油、水、水酸化Na、塩化Naと有る。ちょっと哀しいものが有る。石鹸を作るときには苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)は当然だと思うけれど、今は遠慮して?水酸化Naと表示してある??

苛性ソーダ:危険なイメージ、確かに危険だけれど。普通の石鹸を作るときは必需品。字だけ見て色々言ってくる人を避けるための方便か、それはそれで騙される方も騙される方だけれど。自分も別な意味で騙されやすい類型のような気もするが、閑話休題。

今は、短絡の世紀で、勿論電気の方じゃない、自分達は朝三暮四の猿公に向かっている気もする。ちょっと哀しい。

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2006年11月26日 (日)

三転三起

数日前、いつものようにブラブラと朝駅に向かった。大部分は早足で歩いている。中には小走りの人もいる。一人の若い女性が、ハイヒールの音を響かせて可成りの早足で自分を追い越して行った。少し先の歩行者用信号機が、青の点滅になった。その人は鞄を押さえて、小走りになった。歩道の前で側溝のグレーチングにヒールが刺さった。ヒールが折れてグレーチングに刺さっていた。主を失ったヒールは凄い間抜けに見えた。若い女性は、そこでたたらを踏んでから転倒した、そのまま少し滑って、頭がガードレールの支柱にゴツンと当たった。みんな驚いていたが、渡ろうとしていた殆どの人は、「あーあ」「大丈夫かなあ」「痛そう」「かわいそう」「ふん」とか言って通り過ぎてしまった。

信号機が赤になって人が溜まってきた。23人がしゃがみ込んで、口々に声を掛けて助け起こした。若い女性は鼻血が出ていた。額が少し擦りむけていた。膝にも血が滲んでいた。目には涙が溢れていた。顔は半泣き。その人達が世話をしている声を聞きながら、自分は少し離れていたことを良いことに、そのまま駅に向かった。いつのも電車のいつもの車両に乗っていつものつり革に掴まって出発した。

いつもの駅で降りて、ブラブラとバス停に向かった。階段を下りていると、ミュールを履いた若い女性が、階段の端をヒールの音を響かせて降りてきた、何の弾みか片方が空中を飛んで階段を23段転がって止まった。若い女性は足が縺れてグズグズと転び、56段転げ落ちて、地面で止まった。正確に言えば、そこで寝ていた自由人の上に落ちて止まった。落ちた若い女性も自由人も周りの人もびっくり仰天。傍に居た人が助け上げて、近くの人がミュールを拾って履かせてあげた。若い女性は膝や腰、腕などあちらこちら痛がっていた。顔はもう完全な泣き顔になっていた。特段の怪我は無かったようだ。自由人は事態がよく飲み込めていなかった。自分は離れていたことを良いことに、そのままバス停に向かった。いつものバスがいつもの様に来た。いつもの席にいつもの様に座って駅を後にした。

いつものバス停で降りて歩道の横にある植え込みが少し切れたいつもの所を渡ろうとした。植え込みに入ろうとした瞬間、歩道の縁に爪先が引っ掛かった。悪いことに体が回転し転んだ。植え込みの中に仰天して倒れた。頭を道路に打った。痛かったけれども変な感触が有った。悪いことに丁度そこに犬の糞が有った。頭にべっとり付いた。植え込みの中に体が沈み宙づり状態となり身動きが出来ない。通行人はいつものように少なく誰も気付いていない。引っ繰り返った死に損ないの蝉の様に暫く手足が天を掻いてから、やっと起き上がった。近くの公園で頭を洗ったけれど、一日中、周りの人からチロチロ見られた。

その日は三人転んだ。一人目はハイヒールを履いた若い女性、二人目はミュールを履いた若い女性、三人目は安全靴を履いたおっさん。

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2006年11月25日 (土)

親切心

散歩していて思わず遠くへ行ってしまう事がある。そんな時は或るリズムに乗っている。足が勝手に新しい地面を求めて前に進む感じがする。通常なら戻りは何かの交通機関を思い浮かべる距離でも、そんなことも考えず、可成りのその距離をまた歩いて帰るのも平気なことが多い。

先日もそんなことが有った。ツッタカタッタと歩いている内に、或る小河川にぶつかった。両側が遊歩道に成っている。河床は低いところにある。水は殆ど流れていない。川原から垂直にコンクリートの護岸になっている。歩いている内に案内板があり、川の名前と自分のいる場所が分かった。昔は大雨が降れば度々氾濫したと聞いている川だった。一旦雨が降れば忽ち増水して堤防を乗り越えて洪水に成ったのだろう。

緑道はそれ程広くは無い。少し広くなっている場所にはベンチが点々と有った。良く整備されていて歩きやすい。所々に樹木がある。植え込みも良く手入れがされている。暫く行くと、そこら辺りに住んでいる人なら誰でも知っている街道と交差している所に着いた。大きな看板が有る。注意して見ると、両方の遊歩道のこちら側とあちら側、都合4枚の看板が立っていた。

「ここは危険ですから、渡らないでください。信号機の有る近くの横断歩道を渡ってください」

親切でもっともな様にも思えるけれど、ちょっと違う気がする。

危険なのは渡る人が沢山いるのに、信号機も横断歩道も無いからだろう。左右を見たらそれぞれ100m位の所に信号機が有り、横断歩道があった。やや広けれども上下合わせて二車線の道路である。ちょっと渡るのに200m迂回する人は少ないでしょう。きっとこの川沿いの遊歩道を歩いてきた人達は、左右の信号を見てどちらかが赤の時に、見計らってこの『危険な』道を渡っているのだろう。そうしたら『危険』則ち信号機が無い、横断歩道が無い、そんな状態を改善すればよい。横断歩道を付けて、押しボタン式信号機を付けて、それを左右どちらかの若しくは両方の信号機に同期させれば良い。

親切心からなら、視界を遮る大きな看板を4つ付けるよりも、ここを通る車両にも通行人に取って最も現実的な信号機を付ければ良い。話は単純に思える。

その危険な道をツッタカタッタと横断した。持参の水を飲んだ。自宅方向に向けてまた調子よく歩き出した。

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2006年11月23日 (木)

レレレ

近所のレレレがこの数ヶ月見えない。

漫画の、つまり元祖のレレレは確か、茶色っぽい地に格子縞の短めの浴衣を着て下駄を履いていた。近所のレレレはどちらかというとパパの方の服装に近い。今は余り見なくなったけれど伝統的な服装、夏はかなり古びた麦藁帽子、半袖のダボシャツ、ステテコに腹巻き、足下はしっかりデッキブーツ。冬はトレーナーだったけれど、全体的には同じ印象の服装。すれ違いざまに、気付かれないようにチラッと見ると、夏はビッショリ汗をかき、冬でも顔が光るように汗をかいていた。

夏は5時頃から冬は7時頃から毎日欠かさず道路清掃。自分が気が付いてからもう10年ぐらいが経つ。相当な悪天でない限り、耳を澄ませばザーッザーッという竹箒が道を掻く音。自分が住む坂の下から信号機が有る坂の上の交差点まで。

落ち葉の季節は大変。掃いても掃いても、次から次と落ちるのに、ザーッザーッと道路を掃く。年に何回か雪が降れば、2メートル幅ぐらいに雪掻き。坂の下から駅に通う人達はみんなそこを歩く。

もう姿を見かけなくなってから、数ヶ月が経つ。病気療養中か。通りすがりの人達の記憶からはもう彼はいなくなっているのだろうけれど。自分は折りに付けて思い出す。そんな人は多いと思う。彼は生身の本物のレレレだ。早く戻って朝、ザーッザーッと何かを感じさせる音を聞かせて欲しいものだ。朝自分に勇気を与えるあのザーッザーッという音と共に早く帰ってくる事を望む。

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2006年11月21日 (火)

真っ赤な

同僚と二人で、駅に向かう道。何かに引かれるように、たくさんの人がゾロゾロと駅に向かう。子供やゾロゾロからは関係なく自分の流儀でゆっくり歩く極端な年配の人は居ない。自分達もそのゾロゾロの中にいる。見慣れた景色だ。最近は暮れるのが早くなって、辺りがぼんやりしている。特に話すことも無く歩く。

そこに軽快に早足で、スキップとも違うけれど、独特の足取りでゾロゾロをドンドン放してすすんでゆく人が現れた。真っ赤である。

真っ赤なサファリハット、真っ赤な中型のリュックサック、上下の真っ赤な防寒トレーナー、真っ赤なバスケットシューズ。髪はオカッパで肩まであり真っ白。

同僚「お目出度い人だ」

自分「何で」

同僚「紅白だからさ」

自分「確かに」

同僚「見習いたいものだ、あんなに元気で、踊るように歩いて、風の様に通り過ぎて行く」

自分「男でしょうかねえ、女でしょうかねえ」

同僚「彼?から感じるサインは男だけれど」

自分「何か幸せそうで良いですね」

同僚「服装だけから見れば検査して貰った方が良いかも知れん」

自分「何処検査するんですか」

同僚「勿論腸だよ」

自分「何で腸なんか検査するんですか」

同僚「腸捻転起こして、脳と腸が入れ替わっていないか診て貰うのさ」

二人はその真っ赤が、見えなくなるまでジッと目で追って見ていた。自分には向かないけれど、彼は多分、自分よりずっと自由だ。彼が羨ましい気がした。

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2006年11月20日 (月)

犬に齧られた

犬嫌いには、二つのタイプがあると思う。自分の様な犬が恐くて、逃げたいタイプと嫌いだけれど全く恐れないタイプ。この人達には、通常犬が怖がって近づかない。万が一、はぐれ犬が不用意に近づくと、誰にも気付かれないように良くて拳骨、体勢がそれなりなら、強烈な蹴り。

自分が犬を嫌いな理由は、良くあるように昔犬に咬まれたと言うトラウマからではない。虫が好かん、と言う事だ。それで想像が想像を生み、蚤だらけの体で、家中抜け毛だらけにして、獣の匂いをプンプンさせて、弱い者を見ると直ぐ齧る、見たいな感じ、全くの偏見からだ。

ずっと昔の事だけれど、1回だけ胸の空くような事が有った。少し離れたベンチに座っている若い人に、大きな犬が近づいて唸った。自分はその時、緑道を挟んで木陰のベンチにいたので、彼は自分の事には気付いていなかった模様だ。ハラハラして見ていたら、その若い人は、犬を宥めるような仕草をしたけれど、次の瞬間、スーッと手が伸びて、首輪を掴んだかと思うと、ベンチに頭を押さえつけて、拳骨で56回頭を殴りつけた。首輪を捻って、犬の首も絞めたようだった。手を放したら、犬は一目散に走り去った。彼は何事も無かったかのようにベンチに座り直し、それまでのようにジッとしていた。

自分は近くの境内を良く散歩する。鬱蒼としている。ひんやりした大木の下を歩くのが好きだ。たまに犬を連れて入ってくる人がいる。隅に落とし物をして行く者が居る。そこは神域だ。犬は区別が付かないだろうけれど、人は区別が付くのだから、止めにして貰いたい。でも犬もその人も恐いからこちらから逃げ出す。

この間、散歩道のベンチに座っていたら犬に吠えられた。家の前を通っても時々番犬に吠えられる。犬はそれを可愛がる者の味方。自分の様な犬に弱い者には、そのオーラから直ぐ分かるのだろう。直ぐ吠える。素直で馬鹿な犬ほど直ぐ吠える。

その内伸縮する綱が延びてきて、その小犬が足下に接近してきた。ワッと言う間もなく自分の足首に噛みついた。ジーンズの上からだから、痛くは無かったけれど、冷や汗が噴いた。目が三角になってベンチから飛び上がった。

「ミッキィーちゃん、そっち行かないの」

「恐い小父さんが睨むでしょ」

「蹴飛ばされたらどうするの、あなたのことを睨んでいるわよ」

「何もされないうちに、こっち来なさい」

「ミッキィーちゃん、よい子ね、早くこっちに来なさい」

「最近、失礼な人が多いから」

「気分が悪くなる前に、こっちに来なさい」

「お家に帰って、温かい物を一緒に食べましょうね」

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2006年11月17日 (金)

猫避け超音波

年頃になってきた。比較的色は白い。どう言うつもりか、ガングロとまでは行かないが、そちら側の化粧をしている。髪は何色というのか茶色のような金髪のような幾つかの色に染めている。ミディアムレイヤーと言うらしいが、髪は長からず短からず。少しだけカールさせている。目は今流行の猫目。鼻の下辺りに猫の髭を描けばまるで『キャッツ』の猫顔である。それはそれなりに可愛い。時々友達を連れてくるが、みんな似たような感じである。挨拶や立ち居振る舞いに違和感は無い。普通に素直に育った感じである。話の内容も在り来りである、若い女の子らしい。部屋に集まって話ながら、大声で笑っている。しかしそれを少し空いたドア越しに見れば、まるで化け猫の集会の様である。その中の一人は情けないことだが我が家の娘である。

我が家は東京の郊外で、最寄りの駅からバスで10分程度掛かる。昔は畑作地帯だった所である。似たような小さな開発住宅が点在している。我が家も開発宅地の一軒で有る。小さな庭とやっと車が一台置ける駐車場がある。近くに大山銀座という小さな商店街が有る。普段はここで買い物をしている。銀座と言うより、銅座か鉄座と言った方が良い、と冗談で言ったら周りに窘められた事がある。

休みの日に庭の小さな芝生と花壇、家の周りの小樹木を手入れするのが、楽しみの1つである。少し困っていることがある。それは庭に猫が糞をしたり、尿をしたり、吐いたりする事が度々なのだ。小さいが芝生を気に入っているらしい、但し便所として、困ったもんだ。臭いし片付けるのも大変だ。近くに野良猫に餌をやっているオバサンがいるらしい。水を入れたペットボトルも効果は無かった。

人から聞いて『猫避け超音波』を庭に置いた。効果があった。糞や吐いた後が無くなった。誠にめでたい。但し残念なことも起きた。化け猫たちが寄りつかなくなった。たまに来ても寂しいぐらいに大人しい。そして直ぐ帰る。

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2006年11月15日 (水)

急に立ち止まる人

歩道で急に立ち止まる人がいる。まあ自分は近くばかりでなく、10~15m先位もボンヤリ見ていることが多いし、人の直ぐ後ろを歩くことは滅多にないので、その人達にぶつかることは無いけれど。

自分としては比較的慌てる事になりがちなのは、脇から出て来て左の方に(この場合は自分に向かって)進んで来るのにその人の顔と目は右側を見ている。多分車を気にして。

歩道を歩いていて、存外多いのは斜行する人。10m進むのに1m位横にずれる。左側に寄ってゆく人が多い気がする。勿論時々修正しないといけないから、平仮名のくの字で歩くことになる。

そんなこんなで自分から見れば変わった歩き方の人が多いのだ。その人達は何か考えていて、それに引っ張られて、急に立ち止まったり有らぬ方を見て歩いたり、斜行したりするのだろう。でも多分自分も他の人から見れば、相当変わった歩き方をしているのだろう。なんせ色々な場面が入れ替わり立ち替わり現れ、考えが無茶苦茶に成りながら歩いているのだから。

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2006年11月14日 (火)

お婆さんの失意

小学生の男の子達が数人で午後に街を歩いていた。放課後、下校途中である。大きな声で歌を歌って、それに歩調を合わせて歩いている。元気なものだ。近くの公園の中に入った。辺りを練り歩いている。クネクネと歩いて、行きつ戻りつしている。小春日和の青空の下。公園の中を練り歩いて、顔に少し汗が滲んでいる。公園の隅にあるマテバシイの下に行った。歌を止めた。地面には大きな椎の実がバラバラと落ちている。そこにしゃがんで拾い始めた。拾ってはポケットに入れている。暫く拾ってから、近くのベンチに並んで座った。

「夏に金魚すくいで取った金魚を飼っていて、大きくなったんだ」小太りの子が言った。

「家では亀を飼っている」中ぐらいの子が言った。

「家では猫を飼っている」2番目に大きな子が少し自慢げに言った。

「家には、猫と犬が居るんだよ」大きな子が勝ち誇ったように言った。みんながさっきから黙っている小さい子に視線を向けた。その子は少し困った顔をしていたが、みんなが催促するように、ジッと見ていると、顔がパッと明るくなって言った。

「家にはお婆ちゃんが居るんだよ」

それを聞いた子供達は「へー」

小さい子は元気に宣言した。「時々、お小遣いもくれるんだよ」

ここまではいつか聞いたような話。

子供達が座ったベンチを挟んで茂みが有り反対側にもベンチがあった。二人のお婆さんが座って日光浴をしながら、ポツリポツリと話しをしていた。昔話の様だ。二人とも小柄で色白でニコニコしていた。一人の顔が急に曇った。小さい子はそのお婆さんの孫だった。

その日からそのお婆さんは、塞ぎ込むようになった。心の中で『自分は何だったんだろうか』と自問した。年が明けて間もなく死んでしまった。

小さな子がみんなに報告した。

「お婆ちゃん死んじゃったんだよ」

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2006年11月12日 (日)

エビの尻尾

エビの尻尾ってフライでもテンプラでも寿司でも必ず付いている。食べない人が多いように見えるから、取って供すれば良いような物だけれど、長い時間掛かって出来た1つの形なのだろう。あれで見慣れたから、食べない人が多いからと言って急になくしたら間抜けに見えるだろうなあ。

自分はエビフライの尻尾を食べる。エビ天丼という物は滅多に食べたことは無いが、この尻尾も食べる。カリカリして自分は好きだ。子供の時に大きなエビは食べた事が無いかも知れない。食べたというハッキリした記憶はない。小さなヌマエビはよく食べていた。かき揚げや蒸しエビ。塩辛は余り食べなかった。あれは大人の味である。自分が育った田舎ではよく捕れていた。

長じてエビフライとかエビ天を食べるようになった初めの頃は、周りに倣って尻尾は食べなかった。いつから食べるように成ったかは記憶がない。小さなエビフライを食べたときに、尻尾を考えもしないで食べて、より大きなエビフライの時にも食べるようになったのだろう。蕎麦屋で見ているとエビ天の尻尾を食べない人が多い気がする。お店の人に食べる人と残す人の割合を聞いてみたい気がする。残念ながら知り合いに天麩羅屋さんも蕎麦屋さんも居ない。もし居ても日常的に付き合っている余程親しい人じゃないと聞ける物でもないけれど。

居酒屋で小エビの空揚げも好きで有れば大抵食べる。価格も安いし。勿論全体を食べる。一回だけ、近くに座ったグループが手長エビの唐揚げを頼んで、あの長い手をむしりとって食べているのを見たことが有る。長くて食べづらいので口の中が傷つかないように分割して食べているのかと思って、さり気なく見ていたら、結局長い手は食べなかった。そのグループの中には大きな物は、頭もむしって食べない人も居た。食べ方は上品なのかも知れないが、皿は汚かった。

自分は回転寿司が好きだ。1月に1回か2回行く。ちょっと贅沢。今は昔に比べて美味しい気がする。昔は今より贅沢な気分だった。

回転寿司はネタの種類が多く、未だ食べた事が無いネタも多い。1回に1つぐらいは新しいものを食べて見ようと思っている。その内一人で行って、普段これは食べられないなあ、と思っているネタを逐次食べてみようかなあ。それでもこのネタに達するのは何時の日かと思うネタも未だ数多い。

自分が不気味だと思う物には中々手が出ない。食べたことが無い物にも中々手が出ない。口の中に入れた途端に、今風に言えばキモい事になりそうで、実際は単なる食わず嫌いだろうけれど。

また1つ別の計画もある。一人で行って普段これは食べられないなあ、と思っている物だけを食べる。ストレスが昂進して、味には関係なく、不調になるかも知れんなあ。人は心の動物だからなあ。

昔寿司のエビには余り手が出なかったが、今は時々食べる、同じ値段だからより贅沢と言うことは無いのだけれど。それでもその尻尾は未だ食べないなあ。エビフライの尻尾を食べて、エビ天の尻尾を食べて、寿司のエビの尻尾は未だ食べていない。2~3種類のエビが出てくるから、食べやすそうなものを選んでその尻尾も食べてみようっと。

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2006年11月10日 (金)

カボチャかジャガイモ

電車に乗ってちょっと遠くへ、まあ近隣の県へ、フラフラ行くときは、時々電車の中で安い袋菓子を食べる。お菓子は一袋100円程度の物が多い。チョコレート味のビスケットや、かりんとうで有ることが多い。ポテトチップスのような塩がたっぷり付いた物は、喉が不調になるので食べない。ペットボトルに詰めた飲み物も持参する。温かくても冷たくても保温用の袋に入れて持って行く。特段隠すつもりではないけれど、目立たなくて良い。一回に一口か二口飲んでいる。

昼食も家から持参する事が多い。簡単な弁当かおにぎり。大抵は使い捨ての簡便な容器を利用している。公園のベンチで食べることが多い。適当な場所が見つからなくて、閑散とした田舎の駅で食べるときも有るが、少し自分としては落ち着かない気分である。

朝、バスの片隅で地味にパンやおにぎりを食べている人がいる。夕方は駅のホームでパンやおにぎりを食べている人がいる。自分はなるべく見ないようにしている。

この間、少し違和感の有ることが続いた。

夕方前からこちらに進んで来る一人が、自分の視界に有ったが、何となくしっくり来ない。ジロリと見ちゃ失礼なので気付かれないように目だけ動かしてソロリと見たら、白い発泡スチロールから箸で何かを食べながら歩いていた。段々近づいてきた、何と焼きそばだった。

次、夕方の比較的混んでいる電車で立って幕の内弁当を食べている若い女性が居た。次の駅で降りたけれど、空いていたホームのベンチに座って続きを食べていた。こちらから見て、彼女の様子は全く平静だった。

次、電車で立ってボンヤリ中吊り広告を見ていたら、カレーの匂いがしてきた。当方も空腹なのでちょっと良い香りだった。2~3駅通過している内にその匂いの元が見えた。ほぼ満員の電車の中で座ってカレーを食べている若い男性が居た。ごく普通に食べていた。

自分は出来ないけれど、平気な人も居るのだろう。何でかなあと思って暫く考えていたら、自分にとっての解決案が浮かんだ。そうだ彼らにはきっと周りの人が、カボチャかジャガイモに見えて居るのだ。そうだ自分はそんな時、カボチャかジャガイモなんだ。

カボチャが堆く積まれた倉庫で一人幕の内弁当を食べる若い女性。ジャガイモがあちらこちらに積まれた畑でカレーを食べる若い男性。これで解決。

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2006年11月 9日 (木)

槙の実

時々霧雨の降る中を一人傘をさして散歩した。野川緑道から武蔵野公園に入って、槙の実を少し摘んだ。実の赤いところを食べた。少し甘い、微かにテレビン油の様な香がした。この実が食べられるのを知ったのは数年前の事である。自分が生まれた所には無かった。最初に食べた時、何か懐かしい感じがした。その時は思い出さなかったけれど、別の散歩の時に不意に思い出した。そうだ、イチイの実に似ている。自分が育った所ではオコノミと言っていた。子供でも種に毒が有るのは知っていたから甘い赤い実は食べたが種を飲むことは無かった。小さな子供の時だったので、木に登って取りながら食べた。あの木も今はもう無いだろう。

もう秋の虫も殆ど鳴いていない。夏の虫、蝉が降り注ぐような圧力で鳴いていたのが、もう何年も昔の様に感じられる。最近探しても中々見つけられなかった蝉の脱け殻を二個見つけた。柘植の下の枝に付いていた。今さっき這い出したように、脱け殻に光沢が有った。そこから取って1つは指に掴まらせて1つは手のひらに包んで歩いた。

武蔵野公園から多磨霊園へ抜けた。花が供えられている墓所がたくさん有った。枯れた草が茫々の墓所も点在していた。今は職住が離れ、住墓は益々離れた。

散歩している人は何時もの10分の1も居ない。霧雨の降る静かな公園をゆっくり散歩するのは、心が落ち着く。霧雨の降る霊園を一人静かに歩けば思が巡る。

霊園の中に何カ所か槙が有った。見上げた枝にある赤い実は薄い灰色の空に良く似合う。外房には沢山の槙の生垣や防風林がある。今度外房に行ったら槙の実をまた摘もう。

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2006年11月 8日 (水)

今日の富士山

バスから遠くの森の上に富士山がクッキリ見えた。6~7合目と思われるところから冠雪していた。その森のお陰でギザギザな家並みやビルが見えなくて、益々綺麗に見えた。

ずっと前に富士登山をいっぺんしてみたいと思っていたが、その内段々心の奥底に押しやられて、ついには忘れてしまっていた。あれからもう長い時間が過ぎた。

最近富士山を見ると、当時の気持ちが少し感じられて、いっぺん登ってみたい気になっている。以前に比べて長い間歩くのには結構な覚悟が居る。たまたま散歩に出て、結局は長距離歩くとい事も殆ど無くなってしまった。もう少し体を鍛え無いと、富士登山は無惨な結果に終わるだろう。でもやはり行かないかなあ、と言う気持ちが疼く。

探せば真夏に前夜バスで出て、早朝から登り始めるツアーが有るような気がするが。一人で行くのも気が重いし。何人かで行く方が良いのだろうけれど、体力が有る程度近接していないと、お互いに辛いことに成るだろうと思う。友達が誘ってくれれば、心の準備も出来て行けそうな気もするし、自分で意志を固めてからでないと、逃げが有るようで不満が残りそうだし。

バスから富士山が見えたのは1~2分の事だろうと思うが、その間、感情は美しさを愛でていたが、考えの方はフラフラまとまり無く彷徨していた。

これから富士山が綺麗に見える日が多くなるだろう。楽しみでもあるし、少し苦痛でもある。

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2006年11月 7日 (火)

ペット

近所のオバサンにお茶に誘われた。ご夫婦は親切で明るい人達だ。いつもお世話になり感謝している。お菓子を作ったから一緒にお茶しませんか、と。自分はご辞退申し上げた。

大きいけれど大人しいらしい。咬んだりしないらしい。人なつこいらしい。吠えないらしい。黒い方は太郎で、茶色の方はジョンと言うらしい。血統書付きらしい。高価らしい。

自分は犬は嫌いだ。人なつこく前足で伸び上がられるのは嫌いだ。咬まないと言ったって、鋭い歯を見せながら周りを彷徨かれるのは嫌いだ。クンクン嗅ぎ回られるのは嫌いだ。手や顔をなめられるのは嫌いだ。

美味しいお菓子と美味しいお茶。獣の臭い。獣の息づかい。獣の足音。

近所のオジサンにお茶に誘われた。ご夫婦は親切で明るい人達だ。いつも世話になり感謝している。ケーキを焼いたから一緒にお茶しませんか、と。自分はご辞退申し上げた。

大きいけれど大人しいらしい。咬んだりしないらしい。人なつこいらしい。吠えないらしい。長い間飼っているらしい。一匹はアナコンダで太郎、別の一匹はニシキヘビでジョン、もう一匹はボアコンスリクターで花子と言うらしい。

自分はヘビは嫌いだ。大小に関わらない。自分が座っているソファーの横にとぐろを巻いたヘビが居るのは嫌いだ。人なつこいヘビに巻き付かれるのは嫌いだ。首筋に付いてヒヤッとするのは嫌いだ。ニョロニョロ近づかれて睨まれるのは嫌いだ。

美味しいケーキと美味しいお茶。蠢くヘビ、目の前でチョロチョロする二枚に割れた舌。そこはかとない生臭さ。

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2006年11月 5日 (日)

シャコ

ここ23年はその港で、釣りをしていないけれど、今でも外房に行けば良く港には行く。広々とした大きな港である。潮の音を聞きながらフラフラ歩いて海の中を覗き込む。魚が泳いでいるのを見つければ楽しい。小魚でも大きな群なら暫く見ている、飽きることがない。釣り人が居れば水の入ったバケツをさり気なく見る。

78年前の夏、そこの広い岸壁で釣りをした。お仲間がポツリポツリと居た。暑い日であった。その日も大した魚は釣れなかった。暫く竿を放って置いて上げると、シャコが釣れた。7~8cmぐらいの小さなシャコである。これは全く気が荒い虫である。掴めば暴れる。殻も固く鋭い。怪我をしないように注意深く針から外して小さなクーラーに入れた。仕掛けを掛け針に替えて狙うことにした。中々引っ掛からないが、それでも6匹だか、7匹だか釣れた。

茹でて殻を剥いて食べた。上手く殻も剥けなかったし、身もホンの少しであったが、紛れもなくシャコの味で、塩味が利いて美味しかった。自分は平気だけれど、生きて暴れているところを見れば食べる気がしない人は多いだろうなあ。

ずっと昔友達と海に遊びに行って、別の友達のアパートに泊めて貰ったことがある。夕食に寿司を食べた。シャコはエビやカニを食べるから、味が良いんだ、と言う話になった。そうかも知れないけれど、自分は、牛は草やトウモロコシなどの雑穀を食べているけれど、あんなに美味しいと言う気もあったし、ちょっとからかう気で、悪気は無かったけれど、「シャコは土左衛門にたかって喰うらしい」と言う話を読んだ事が有ると話をした。一緒に海に行った友達が「えっ」と言ったきり絶句した。それから彼はシャコを食べなくなった、と後で聞いた。悪いことをしたと思う。彼から1つ楽しみを奪ってしまった。

一年ほど前に外房の隣人と雑談をしている時、食べたいものの話になって、特段無いようでは有ったが、そう言えば暫くシャコを食べていないなあと言っていた。シャコを食べなくなった友達の事が思い出されて、妙に印象に残った。

この連休に外房に行った。そこで魚屋に行った。希望の新鮮な小アジがあった。安かった。夜は小アジの押し寿司。

大きな魚屋の店内をもう一度回ったら、さっき気付かなかったシャコが有った。20cmぐらいの大きなシャコ。昔東南アジアの出張地で食べたのと同じぐらいの大きさである。向こうから来たのか知らん。安かった。隣人に差し入れようと思って買った。

大きなシャコを茹でて、殻を剥いたが、身がバラバラで、寿司屋に有るような身には成らなかった。仕方が無いから、箸で殻からこそげ取った。シャコの握りを差し入れたかったが、軍艦巻きで差し入れた、小アジの押し寿司と一緒に。

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2006年11月 1日 (水)

ダンパンキ

高校時代にダンパンキ(暖飯器)成るトタン板で出来た四角い蒸し器があった。冬になると薪ストーブの上に、3時間目ぐらいから載せておき4時間目に弁当を入れて、昼休みには温かい弁当が食べられると言う優れ物だ。因って4時間目は、教室中に、実際は学校中に多種の弁当の匂いが充満していた。パブロフの犬のように空腹を感じさせてくれたが、決して良い匂いでは無かった。

自分もそれに入れて弁当を温めて食べた事が何回か有る。置く場所によっては、熱くて暫く食べられなくなる。まだらに熱くて、ガッカリしたこともあった。暖飯器の蓋の上に乗せて、少しだけ温かくしたことも有る。その内自分は特別なことが無い限り、ダンパンキに弁当を入れる事は無くなった。ご飯が温かくなるのは有り難かったが、タクアンや佃煮が熱くなって、食欲が減退したからだ。今考えると当時自分は修行が足りなかった。

その内慣れてしまい、冬でも冷たい弁当を平気で食べていた。温かいお茶もなかったのに。断熱の良い布などで包んでおけば、さすがに温くは無かったが、歯に染みるほどご飯が冷たいと言うこともなかった。教室も暖房はされていたのだし。

これは北国と言うか冬が寒い地方専用と思う。どこら辺が北限かは知らないが、誰かが調査した数字が有れば、見たいものだと思う。当然『ダンパンキ』と言っても聞いただけでは意味が分からない人が大勢いると思う。

ダンパンキの当番はどうなっていたかは全く記憶から欠落している。多分掃除当番が面倒を見ていたのだろう。放課後に何処かに持って行って洗い、使う当日には新鮮な水を入れてストーブの上に乗せていたのだろう。自分は掃除を比較的真面目にしていた。モップで床を良く拭いていたし、黒板も濡れ雑巾でしっかり拭いていた。こちらの記憶はハッキリしている。けれどダンパンキの世話をした記憶は無い。学校に用務員の方がいたけれど、20個以上の教室のダンパンキの面倒を居ていたのかなあ。県立の高校なら同じ様な取り扱いだろうから、ご存じの方がいたらご教示願いたいと思う。

今でもダンパンキを使っている所が、有るのだろうか。有るような気もするけれど、使いにくくなって居ると思う。教室はスチームヒーターで暖房しているだろうから薪ストーブがあると思え無いし。無ければ熱源が遠くにあって、管理が出来るとも思えない。電子レンジで多量の弁当を温めることも出来ないだろうし。今はどうしているのだろうか。

部屋の暖房は簡便になって良いと思うけれど、弁当を温めてくれることが無くなって居れば、残念な事だ。

もしかしたらスチーム暖房に連結したダンパンキが教室に有ったりして。そうなら弁当の温かさよりその心の温かさに嬉しくなってしまうなあ。

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