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2006年12月30日 (土)

イワシの食べ方

大分前に友達と示し合わせて花鯛を釣りに行った。未だ暗い時に船は釣り場を目指して港から出ていった。30分ぐらい走ると東の空から朝日が出て来た。左前方に綺麗な空と朝日。船は時々波とぶつかって大きく揺れた。寒い日だった。日が当たって少し温かさが感じられた。気持ちが良かった。もう30分ぐらい走って釣り場に着いた。

ちょっと期待で嬉しい時間。準備をして釣り開始。暫くして何カ所かで花鯛が上がり始めた。あちらこちらで低い歓声が上がる。二人には未だ釣れない。あちらこちらで盛んに釣れる。二人には当たりも来ない。二人で顔を見合わせるが魚が避けているようだ。どうしちゃったんだろう。真鯛を釣っている人も居る。続けて大きな花鯛を釣っている人も居る。船頭が言うようにやってみるが釣れない。

やっと釣れた。小さい。みんなの花鯛に比べると、スッゴク小さい。尾頭付きで汁椀に入れたら丁度良い、全く情けない。それでも期待を込めて釣っていると当たりが、期待を込めて合わせて上げると、期待を裏切りやっぱりスッゴク小さい、どうなっているんだ?

船の後ろの方では大きな花鯛、真鯛が次々に釣れる。こっちの方には釣れない。焦る、やがて戦意喪失。自分達の針を鯛は避けて通っている。なんてこった。

魔の時間は過ぎ去った。沖上がりの時間となった。意気消沈した二人とニコニコ顔の他の人達を乗せて船は港へ向かう。暖かい陽光は気持ちがよい。景色も良い。鯛は駄目だったけれど。

船宿へ案内されて軽い昼食。美味しい。船宿の奥さんが作ってくれた昼食は美味しかった。打ち解けて釣り人が船頭と話しをする。楽しい時間。暫くして三々五々帰り始めた。帰り際に一人一個のお土産。平べったい発泡スチロールの箱。何だ。イワシだ。大羽イワシの丸干しだ。イワシ?花鯛釣りのはずだったのに。俺の花鯛は何処へ行った?

悔しかったけれど、その晩そのイワシを焼いて食べた。スッゴク美味しい。今まで食べたイワシの中で一番美味しかった。それからイワシの丸干しが好きになった。九十九里のイワシの丸干しは美味しい。保存が利くので有り難い。

それから何回もその船宿から花鯛釣りに出た。その度にイワシの丸干しの土産を貰った。美味しい。お酒も美味しい。ご飯が進む。話も弾む。

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2006年12月28日 (木)

蜜柑の食べ方

自分は北国育ちだ。こちらに出て来て「みかん」の木が沢山有ることに驚いた。今考えるとそれは柚だったり、橙だったり、その他酸っぱい雑種だったりもしたのだろうけれど。注意して歩くと、温州みかんと思われるのが有る。庭に蜜柑が生るんだ。

出て来て暫くして伊豆方面に行った事がある。誰のでもない様な感じの「みかん」が有った。喜んで2~3個もいだ。もしかしたら初めて自分でもいだみかんかも知れない。黄色の固い皮を剥いて食べた。とても酸っぱくて食用には堪えなかった。庭木のみかんに対する憧れが少しだけ削がれた。

外房を歩いていると庭木に何本もの夏みかんや温州みかんを植えている小さな別荘があった。自分はそれを見た瞬間にこの人はきっと北国育ちだろうと思った。小さいときにみかんに憧れて長じて小さな別荘に何種類かのみかんの木を植える。その人はきっとそのみかんを見て手入れをして、昔の漠とした憧れとちょっぴり幸せな感じを味わう。

漫画やテレビのドラマで、冬の一般的な茶の間の風景にコタツの上に籠に盛られたみかん。1つの幸せの風景。これを見ると実際少し安心するような気がする。自分はコタツを持っていないのでそんな景色は作れないが。ちょっとだけすさみかかった家庭では、意図的にコタツを設えてその上にみかんが沢山載った籠を置いてみると良いかもしれない。通りすがりに持って行って食べる。集まってきて食べる。昔持っていた漠とした幸せの感覚が心に蘇るかも知れない。

自分は年末に外房に行って何回かみかん狩りをした。園内でみかんを沢山食べる。10個ぐらいは食べた。寒い日は余り食べられない。もいだものを買って帰る。お隣に少し分けてあげる。自分はテーブルの上の籠に残りのみかんを山盛りに載せる。駅伝を見ながらみかんを食べる。昔から心象に有ったフワッとした幸せを意識せずに感じているのだろう。

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2006年12月26日 (火)

牛丼の食べ方

遠い昔、学校が終わって夜遅く私鉄に乗ってアパートに帰る。外はちょっと寒い。電車の中は窓ガラスが曇って暖かい。アパートは駅から歩いて5~6分であった。今は少し開けているから、贅沢なような気がするけれど、当時は駅から2~3分も歩くと街灯もろくに点いていないグニャグニャ道。

雨が降るとあちこち水たまりが出来てまっすぐに歩くことも出来なかった。余り記憶がハッキリしないが、最後の角を曲がってからは全く舗装が無かったか、つまり砂利道だったか、暫く前に簡易舗装をしただけの補修がされていない穴ぼこだらけの道。

雨上がりに夜遅く歩いていると遠くの街灯の光りが水たまりや濡れた路面に反射して、妙に懐かしい気分に成ったことが何回か有る。自分の影が長く道路に映る。

自分が住んでいたアパートの周りには似たようなアパートが何軒も有った。朝も夜も休みの日もひっそり閑としていた。たまには夜遅く酔った学生達が通り過ぎてゆくことが有った。自分はそこが好きだったけれども、少し寂しい街だったかも知れない。

部屋に帰ってから夕食。寒いときはラーメンかウドンを煮て食べることが多かった。意味もなく何となく浮かれた気分で時には軽い鼻歌交じりでキャベツを切ったり、ネギを切ったり、たまには薩摩揚げや蒲鉾を切って入れたり。

半畳ほどの玄関兼台所というか流しと一口コンロが置いてある所で作る夕食。ラーメンはよく食べたけれども、未だに好きだ。ちょっと硬めが良い。逆にウドンはとっても柔らかめが好きだ。当時もよく食べたし今もよく食べる。

時にはちょっと贅沢をして、牛丼を買って持ち帰る。友達が来た時は二人分。卵もあるし。小さなビニール袋に入ったみそ汁もある、常備していた乾燥ワカメを入れて。遠い昔。

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2006年12月24日 (日)

山葵の食べ方

丁度去年の今頃、年配の友人と奥多摩に行った。多摩川が淀んで湖の様になっている所で釣りをしようとの予定だった。昼頃出ていって途中少し道草を食って現地に着いた。午後から風が強くなった。それと共に厚い雲に覆われた。山間の道は早く暗くなり寒かった。

駅前の店で餌を買った。その店には地元の産物も並んでいた。自分は一言も言わずに側で黙ってみていた。友人は餌を買ってから、世間話をした。棚に並んでいるものを見ている内に、山葵を見つけてそれを買った。葉山葵である。小さな束である。彼は数把買った。店にある全部である。薄暗くなりかけた店の前で店の小母ちゃんが縷々食べ方を友人に説明していた。こんな野菜を買う人はどんな人が多いかは、知らないけれど、詳しい人と珍しいからと言う人がいて、親切に説明してくれたのだろう。

予定していた釣り場の方には向かわなかった。彼は黙って運転して奥多摩湖の上流部に出た。道路際に幾つか温泉の看板が有った。もう外は真っ暗になっていた。自分が別の友人から聞いた温泉の話をすると、「温泉に行こう」と言うことになって。下に向かい看板の案内でその温泉に着いた。

ゆっくり温泉に入った。自分はその年の垢が流された気がした。長い間入って上がってゆくと彼は暫く前に上がった感じで休んでいた。月も星もない真っ暗な空の下家路に就いた。彼は自宅の近くまで送ってくれた。別れ際に自分に葉山葵を1把くれた。

後で調べたら山葵は学名Wasabia japonica (ワサビア・ジャポニカ、アブラナ科)であった。日本が原産地。

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2006年12月23日 (土)

蕗の薹の食べ方

子供の頃は田舎で暮らしていた。自分は一年中里山を徘徊していた。春早く蕗の薹が出ると10個程度を採って持ち帰っていた。苦いので子供は余り食べなかったが、大人は食べていた。蕗の薹は春最も早く出る山菜の1つである。

畑や田圃の土手に沢山出ていた。斜面の雪が滑り落ちると、そこにはもう地面に蕗の薹が有った。白っぽい雌花はそんなに大きく成らなかった。黄色っぽい雄花は大きくなって高さが30~40センチにも成った。歩きながら棒で折り払った。茎を5センチ位折り切って両端を何本かに割いて空芯に細い棒を入れて、小川に水車の様に入れる。手に蕗の薹の匂いが付いた。暫くすると割き目から先端が外側に開いて、クルクル回った。たわいのない子供の遊び。

蕗はずっと食べていた。田舎からは塩漬けのものが年に1、2度送られてきた。季節にはスーパーで買った。

売っている蕗の薹は、自分が子供の頃に用水地の土手や荒れ地で採ったものに比べると、余りにも小さくて買う気がしなかった。何となく別物の様に見えた。

外房に行くようになって、日本の農村の原風景の様な所を歩いていると、蕗の薹が生えている。その内春先には探して採るようになった。自分が田舎に居た頃の様にそこら中一面に蕗の薹が何十、何百と生えている所は見た事はない。ブラブラと歩いて、日当たりの良い斜面にポツポツと有るのを見つけて、傷んでいないのを採る。運が良ければ立派なのを10個以上採ることが出来る。

戻って蕗味噌を造る。夜に久方ぶりの蕗味噌を食べる。食が進んでいつもより多くご飯を食べる。残りは冷蔵庫に保管して大事に食べる。

数年前に初めて隣人に小皿で少し上げた。次の日の朝にお礼を言われた。春のほろ苦い若芽の香り。美味しくて蕗味噌とお茶だけで2膳も食べたと嬉しそうに自分に話して呉れた。

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2006年12月22日 (金)

アンコウの食べ方

そろそろアンコウの季節だ。西のフグ、東のアンコウ、秋田のハタハタ、沖縄のグルクン、北海道のサケ、後の三つはおまけ。

ラジオで紹介されていた話だと流通しているのは殆どキアンコウだそうだ。アンコウより大型になり味も良い。また我々が食べているのはメスばかりと言っていた。オスは、体長10センチ位でメスに寄生して生きている。体にめり込んで生きていて、ついには血管を1部共有するに至る。究極の髪結いの亭主、成りたいような成りたくないような。

アンコウ大好き人間に取っては嬉しい季節だ。アンコウが好きな理由は、美味しいこと。でもまあこれは個人的なもの。くさやの干物が美味しい人も有るし、納豆が大好きという人もいる。次に安いこと。都会のスーパーの切り身は高いけれど、外房の大きな魚屋では安い。2キロ位のものが\1000もしない。アンコウは口ばかりと言っても捨てるところは無いから良い、骨だって自分は出汁作りに使う。その次に醜いこと。良い身を持っているのに、自分の醜さを遠慮して人知れず暮らしている、まあ全くそんなことは無いけれど。向こうから見たら、人間が相当醜いかも知れない。アンコウの様な人と言われたら、大抵の人は怒るだろう。

何とかの深情けじゃないけれど、アンコウは身も心も捧げ尽くすじゃなく、身も皮も内臓も皆食べられる。食べられないのは歯と骨だけ。捌いて生ゴミが少ないのも良い。

自分の一番好きな食べ方はどぶ汁。

後野菜を入れて火が通れば良い、と言うところまで行ったら、一人分を小鍋に移して、豆腐、シイタケ、ネギ、シュンギクを入れて一煮立ちさせる。そしたらもうそろそろ昼にお知らせしておいた時間だ。

熱々のアンコウ鍋とご飯、漬け物、ミカンをお盆の上に乗せてお隣に住む一人暮らしの老人に差し入れ。

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2006年12月20日 (水)

コンビニ弁当の食べ方

自分が普段歩いて買い物に行くスーパーが、5、6軒有る。2年ほど前に近くに新しいスーパーが出来た。それ以来、安近便のそのスーパーに行く機会が増えた。但しそのスーパーに1つだけ欠点が有る。レジが混むこと。最もこれは良いことを示す証左の1つだろうけれど。自分が住んでいる街も少し人口が増えて、スーパーが増えた。

家から駅までの道沿いにコンビニが5軒有る。ここら近辺に住み始めたときは、酒屋さんやお菓子屋さんだったところだ。最初の頃、どんなお店がコンビニに成ったか記憶がハッキリしないが、米屋さんがコンビニ成ったのは覚えている、そこはついでに2階より上は、マンションに成った。自分が住んでいる街も時代の流れでコンビニが増えた。夜の街は少し明るくなって、お店も開いていて安心感が増した。

飲物を1本買う時、確かにコンビニの方がスーパーより抵抗が無い。スーパーは日常の買い物。コンビニはちょっとした飲物やお菓子、時には弁当。

昼頃コンビニの前を通ると、近所の現場で働いている職人達が、弁当を買っているのを見かける。右手にはお湯を入れて貰ったカップラーメンを持っている。現場に戻って食べるのだ。現場のコンパネに座って食べて、食後はそこでお昼寝。少し寒い季節になると、車の中で食べてそこで暫しのお昼寝。

少し時間がずれると、高校生らしき若い人達が、階段に座っておにぎりを食べている。反対の手には清涼飲料水。カップラーメンを食べながら牛乳を飲んでいる人も居る。地べたに座って何人かが車座になって食べていることもある。最初見たときにはギョッとしたが、今は慣れた。きっと自分があの年頃だったらしただろうと思う。

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2006年12月18日 (月)

回転寿司の食べ方

もう寿司と言えば回転寿司になって長い。時折、エキチカ(駅ビルの地下、勝手に作ってみました、デパ地下の中に含まれるのだろうけれど。もしかしたら駅近という言葉は既に有るかも知れない。)の食品売り場に在る魚屋系の寿司も買う。

回転寿司が近くに出来ると、つまり4~5キロ以内に出来ると、1回は行って食べてみる。家からブラブラ歩いて行く。かなり空腹になっているので、何でも美味しいように思うことが多いけれど。最近は新店が無く同じ店に行くことが多い。自分はそこを気に入っている、散歩する公園の近くでもあるし。

昔の回転寿司は、殆ど駅の近くか、繁華街の中にあった。今はファミレス化して駐車場があり街道筋に多い。自分は歩きか自転車だから特に意味は無いけれど。昔はカウンター式のみだった。今の回転寿司では名前は知らないが、テーブルがベルトコンベアに直角についていて、家族5~6人なら、同じテーブルに座れると言う優れものの席が付属している。もしかしたらボックス席と言うかも知らない。アッタマの良い人がきっと発明したのでしょう。ちゃんと実用新案出しているかしら。それともこんなものは、実用新案になじまないか。

自分が行くところは、タッチパネルで注文できる。遠慮が無くて良いが、無知な人が途中で横取りしたのを何回か目撃した。自分も近くの人の注文を横取りしたことが有る。「あ、済みません」と言って返した。少し経ったら自分の注文が来た。さっきの人と顔を見合わせてお互い微笑んでしまった。

10年ほど前に友達から聞いた話。彼の知り合いは、時々回転寿司で賭けて勝ってご馳走に成っているらしい。20分間で多く食べた方が勝ち。負けた方が全員分払う。いつも僅差で負ける人が或る提案をした。同じネタを10皿先に食べきった方が勝ち。その人は卵好きで得意で勝てると思ったが、敵はマグロ好きで、軽く捻られたとのこと。自分はどちらのやり方でも勝てそうにない。

2、3ヶ月前、休みの昼に自分としてはちょっと贅沢な気分で回転寿司に行くことにした。その日はいつもより少し混んでいた。待合室のベンチは満席で少し立っている人や、車の中で待っている人も居るようだった。比較的若い親子連れが多かった。流れてくる川越しに、似た二組の家族が見えた。4人家族で小学生の男の子が二人。

一組は両親共に口うるさい、特に母親が甲高い声でうるさい。上の子は落ち着きがない。寿司の方を見たり、あちらこちらキョロキョロしたり。お茶をこぼした。何回も怒られている。下の子はグッタリしている。やっと食べている。母親は益々うるさい。次は何をするのか楽しみなようなハラハラする様な。

もう一組は、両親は静かで、目立たなく子供の世話をしている。上の子は弟に小声で聞いて取ってあげている。自分が食べているときでも、弟が何か頼むと、取ってあげている。父親が手を伸ばして取ったり、上の子に頼めるときは、その子に取って貰ったりして、母親はニコニコして食べていた。

自分は小劇場を見て、満腹になってから公園を散歩した。

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2006年12月17日 (日)

エビフライの食べ方

忘れた頃に家でエビフライを食べる。エビは言わずと知れたブラックタイガー。これは本当に美味しいエビと思う。エビ嫌いの自分でも2~3匹なら美味しいと思って食べる。嫌いと言っても、本人が嫌いと言うより財布が嫌いと言った方が良いかも知れない。これは冗談。標準和名はウシエビと言うらしい。同種が日本に生息しているから、あやかり名を付けられなくて、苦し紛れに現地語の直訳でブラックタイガーになっちまったのだろうか、プロレスラーのような勇ましい名前。

大部分は東南アジアの養殖ものだろうから、ちょっとレトロっぽく南洋車海老、若しくはミナミクルマエビ位にしておけば、もっと高く売れて、値崩れも起きなかったかも知れない。調べると実際クルマエビ科、クルマエビ属。そうすれば養殖場で働いて居る人ももう少し生活が良くなり、エビを食べる機会も増えただろうに。

買ってきたエビを見ると、頭がない。現地で毟り取られているのだろう。頭が有れば空揚げにして塩を振って食べるのだが、残念なことだ。取られた頭はどう言う運命に遭っているのだろうか。良くて動物の餌用加工原料、悪くて工場裏の埋め立てゴミ。頭を残して身だけ異国に来て我々に食べられる。

一頃『有頭エビ』と言う名で売られていたことも有る様にも記憶する、全く変な名前だが。煮込みの料理に使うなら、頭が有った方が、料理の味が良くなり好きである。赤っぽい油が浮いてきて、いかにもエビを使っています、の様な感じで良い。トムヤムクンを作るときや、パエリヤを作るときは、頭がないと味も今一だし、料理としても形がしっくりしない。お祝いの席の鯛が、切り身の様な物だ。

先日友人と待ち合わせてファミレスに行った。本人の希望も有り大体中間地点に有る洋食系の店。3人はそれぞれセットを頼んだ。内一人はエビフライの入ったフライ盛り合わせ。それにスープバーとサラダバーを付けた。ちょっと贅沢な気分。

3人はそれぞれ何回もスープやサラダをお代わりに立った。久しぶりで話が弾んだ。食事も進んだ。全て食べた後、コーヒーを飲んだ。

バーに行く途中に4人の親子が先ほどから、食事をしていた。4人ともそれぞれエビフライセットを食べている。暫くして席を立って帰った。ご飯はそれぞれ半分ぐらい残っていた。付け合わせもたくさん残っていた。エビフライは食べていないのではないかと思うほど、衣が残っていた。新しいエビフライの食べ方。

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2006年12月15日 (金)

カリンの食べ方

野川緑道を良く散歩する。街の北西にある取り壊し中の団地も良く散歩する。どちらにもカリンの木が沢山ある。春は赤紫っぽい色の花を楽しんでいる。段々実が大きくなって、秋には大きな実が熟して黄色くなって見事なものだ。

秋になって実が段々熟してくると、下の実は無くなるけれど、2メートルよりやや高い所の実は完全に熟して輝いているばかり。秋が深まるにつれて、腐りが入り始め落果して無駄になる。勿体ないことだ。市で取って頒布会をしてくれれば良いのにと思うことがある。取り方は色々あるだろう。普段そう言うことが出来ない人達にして貰う。有志の協力を得て頒布する。きっと今より自然の恵みを分かち合えるばかりではなく、心の豊かさも我々にもたらしてくれるであろう。

自分は朝早く散歩したときに良いものを拾う。鳥居支柱が有るところはそれに乗り、自然の恵みを分けて貰っている。それで果実酒とジャムを作っている。果実酒は色味香り三拍子揃っている。ジャムは他にはない透明感が有って食欲をそそる。色は花の色を濃くしたような。何故皮が黄色で実が白いリンゴのようなのにジャムにしたら、あんな色になるのか不思議だ。アントシアニンが含まれていてその色が出たような何か食べ物離れした色だ。ジャムは香りと酸味が程よく美味しい。

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2006年12月14日 (木)

キウイの食べ方

先週末に魚屋に行こうとして家を出た。そこは少し遠い。散歩のつもりでブラブラ歩いた。小さなお店の前を通った。パン、お菓子、飲み物などを売っている。店頭の植え込みの側にキウイが並べられていた。赤いプラスチックのコンテナに置かれていた。10個ほどポリエチレンの袋に詰めてある。小さな段ボール紙に『1250円』と書いて置いて有った。23袋手にとって見た。ゴロゴロして新鮮である。1袋持ってお店に入った。年配の女性が店番をしていた。声を掛けたが中々気付かない。暫くして振り向いた。ニッコリ笑った。

「済みません、気付かなくて、耳が遠いので」

「このキウイ下さい」

「有難うございます。さっき畑から届いたばかりです」レジを打ちながら「食べ方は、」

自分は去年キウイ農家で収穫のアルバイトをした。その時キウイについて調べた。キウイについて詳しくなった。

追熟の仕方、食べ方など、その人の良さそうなお婆さんが身振り手振りを交えながら、にこやかに説明してくれた。知っていると言っても反って話が混乱しそうだったので、自分は「はあ、はあ」言いながらニコニコして黙って聞いていた。お金を払って、全部話を聞いてお店を出た。

長い間そのキウイを持って歩くことになったけれど、ちょっと得をした気分だった。

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2006年12月13日 (水)

カリフラワーの食べ方

先日多摩湖遊歩道を散歩した。遊歩道に出て近所の農家が直売をしていた。その中に表面の黄色っぽいカリフラワーが有った。大きいのは200円だったけれど、一個だけ小さいのが有った。それだけ他のものに比べたら小さい。暫くの間佇んで見ていると、農家の人が出て来た。聞いてみると小さいから100円とのこと。直ぐ買った。カリフラワーは滅多に食べない。以前に少し黄緑色のを1回だけ見つけて買ったことが有る。それは美味しかった。黄色っぽいのも何回か食べたことが有る。白いのより自分の好みだ。いつもマヨネーズを付けて醤油を少し垂らして食べている。これ以外の調理で食べたことが無い。よく考えると我ながら単細胞だと思う。今度食べるときは、何か調べて違う食べ方をしようと思っているが、何ヶ月後かに食べるときはコロッと忘れて、茹でてマヨネーズを付けて醤油を少し垂らして食べちゃうんだろうなあ。それでお腹が一杯になった後、少し知恵が付いて、違う食べ方の事を多分考えるのだろう。

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2006年12月11日 (月)

銀杏戦争

今、銀杏戦争が酣である。

自分はグループ長をしている。一番若いというのがその理由だ。何か逆じゃ無いかと思うが、この仲間ではそれが正しい。体力気力知力が、最も充実しているから。自分は全く不本意だが、成り行きなので勤めている。

今は銀杏拾いの最盛期である。所によって年末までそれなりの収穫が有るところも有るけれど、その時はもう高くは売れない。比較的値段の高い12月中旬までに大体売り切った方が良い。その後は散歩する人の多い自転車道や多摩川上水、野川緑道に残ったものを気が向いたら持って行って買って貰う。我々から買ってくれる人は少ないので、値段は少し安いが、まとめて大量に買ってくれる仲買の人は有りがたい。

商品にするのは手間が掛かるが元は全て只だから、ちょっと労働すれば良いだけだ。それがままならないことも多いけれど。

我々のグループは他の連中からは是政橋グループと呼ばれている。たくさんグループがあるが、今競っているのは多磨霊園グループ、公園管理人グループ、ボランティアグループ、大学生グループが主だ。

我々は今日の作戦のために、朝4時に起きて腹ごしらえをして4時半には、自転車で出撃。30分で公園の公孫樹並木に着いた。たっぷり落ちていた。昨日夜半から強い風が吹いたのが効いていた。我々はその並木に有る二本の木の下にある銀杏を拾って、1時間でその場を立ち去った。今日は我々の勝利。午前中に全て種を実から抜いて、それを多摩川で洗った。後はお天道様と北風が乾かして呉れるのを待つだけ。

我々は戦いを好まないので、銀杏を拾えるぐらいの明るさに成ったら作業を開始して、他のグループとかち合わないようにしている。他のグループでは色々なことをする。種を抜いた実を大量に持って行って、敵にぶつけて撃退してから、拾う連中。夜中に敵のテントの周りに丁度良く腐った実をばらまいて、戦意喪失を狙う連中。悪辣な連中はテントの中に大量に腐った実を投げ込むらしい。

2グループがかち合って本格的な戦闘に成ったのを見たことが有る。一方の親方が、彼はシカリと呼ばれていた、「戦闘開始、突撃」と発すると、他の連中が、走り出してバケツから腐った実をわしづかみにして敵に投げつけていた。片方は少し怯んだが、間もなく体勢を立て直して、先達と呼ばれていた男が種も入った実をわしづかみにして投げながら応戦した。それに勇気づけられて他の連中も拾って貯まっていた実で敵に応戦した。その2グループは、あの臭い銀杏の実がドロドロに体や顔、服に付いていた。暫くするとあまりの気持ち悪さに吐く連中が続出して休戦、双方睨み合いながら、その場を立ち去った。我々はそこから銀杏を拾って塒に戻った。

銀杏拾いの二人組が何処でも中々拾えなくて、神社の大木に登って揺すって大量に落としは良いが、木から落ちかかり枝が服に刺さって身動きが取れなくなった。たまたま帰りがけに我々が通りかかって、拾った事もある。

毎年のこんな一月半ほどの喧噪も間もなく止んで、生きていれば、誰にでも年末と正月はやってくる。

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2006年12月 9日 (土)

100円ショップ

今日冷たい雨の中、100円ショップに出掛けた。

外は寒いという事なので、トレーナーの上下に上下揃いになっているポリエステルの防寒着を着た。その上からフェザーのベストを着た。小雨で足下が悪いので、釣り用の長靴を履いた。頭には2~3年前に買った毛糸の様なポリエステルの帽子。手には裏地の付いた革手袋。傘を被って準備万端。外へ出ても全然寒くなかった。歩いて5分ぐらいすると熱くなってきた。ベストのボタンを外した。少し風を入れながらゆっくり歩いた。

スーパーの上の階に有る100円ショップは、余り混んでいなかった。甲高い声のお母さんが、可愛いを連発しながら、小学校低学年の娘と装飾用材料を買っていた。

少し遅れてこれまた甲高い声のお父さんが、小学校低学年の息子を二人連れて、これまた装飾用材料を買いに来た。息子達は、只逡巡するばかりなのに、お父さんは商品の説明やら使い方などを盛んに言っていた。

どちらの親子もクリスマスか誕生会の装飾をするような雰囲気だったが、子供を出しにして親が主導している風であった。

自分はと言えば、買いもしないのにゆっくりと店内を見て回っていた。新しい発見は出来なかった。暑い。確かに自分は少し厚着だが、暖房の温度が高すぎる気がする。きっと色々あって、薄着の従業員が丁度良いように温度設定をしているのだろう。

目的の両面テープを見つけてから、食品のコーナーに行くと、代わった飲み物が有ったので、試してみるつもりになった。買い物籠を取り、それらを無造作に籠に入れた。レジに並んだ。直ぐ自分の番が来た。

「この買い物籠は315円です」

顔が赤くなった。体は益々熱くなった。平静を装ってレジを済ませた。スタコラ歩いてエスカレーターを乗り継ぎ外に出た。

ああ何と気持ちの良い冷たい風。ゆっくり歩いて体を冷やしながら、来た道を戻った。

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2006年12月 8日 (金)

ゴンズイオヤジ

釣りは良い。岸壁の縁に座って釣りをする。岸壁は陸の外れである。自分はそこに座って釣り糸を海の外れに入れている。浮子は陸と海の狭間に有る。自分は景色の一部である。広々としたところなら、遠くから見れば自分は陸と空の中間に座っている。

釣りは釣れたら楽しい。釣れなくても楽しい。釣れているときは釣りに夢中になっている。釣れない、引かないときは何かを考えているような、無心になっているような。心は自由になっている。

初冬の日射しを浴びながら釣りをしていると景色に溶けて行くような気分だ。段々夕暮れに成って行くのが惜しい。ずっとその場に座っていたい。心は軽く自由だ。体はそこに生えたような昔からそこに居た気分だ。

その釣り場に何回か通っている人がたまに見ることが出来る人が黄昏時になると現れる。逆光になってその人の風体は良く確認できない。右手にバケツを持って左手に火バサミを持っている。少し不器用な感じだ。もしかしたら、右利きなのに、左利きの振りをしているのかも知れない。誰も住んでいる所を知らない。釣り人が居る辺りには近づかない。薄暗くなってきた岸壁を彷徨く。釣り人が居なくなればその辺りを彷徨う。岸壁に捨てられている魚を拾い集めている。未だ生きている魚は火バサミで海に放り込んでいる。

自分はゴンズイオヤジと呼ばれているらしい。夕闇が迫ると現れるからとも言う。釣れたてのゴンズイを釣り人が居なければ海に戻すからとも言う。自分としては食べるからと思っているが。

ゴンズイは毒のあるトゲを三本抜いて、ヌメリをしっかり取れば美味しい魚だ。煮付け、塩焼き、刺身、干物にして食べている。気が向けば、焼いた身を崩してそぼろを作るときも有る。

釣った魚を岸壁に放置するのは残酷だ。折角釣ったのだから食べれば良い。食べないなら海に戻せばよい。食べなくて海に戻さないのは吝嗇だ。側の釣り人がカサゴを釣って自分がゴンズイを釣れば踏みつけて針を外すのは嫉妬。駄目な根源、吝嗇と嫉妬。

自分は海に戻せる魚を海に戻している。戻せない魚は供養している。食べられる魚は食べている。良く岸壁に放置されている魚は、クサフグ、時々食べる、干物とチリ鍋、毒が有るので多くは食べない。ヒイラギ、干物、刺身の時も有る。メゴチ、煮魚、干物。ベラ、刺身、煮物。コメジナ、供養。コトヒキ、シマイサキ、干物。イワシ、塩焼き。キタマクラ、供養。クロダイ、干物。ハオコゼ、供養。

大型の魚は手に入らないが、毎晩のおかずには事欠かない。天候の悪いときは保存してある干物を炙って酒を楽しむ。

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2006年12月 6日 (水)

筍と菊の花

今年の春先、顔振峠方面へ行った。昔は良くそちらの方に行っていた。今は年に23回程度行くぐらいである。適当に地図を見て、その時の気分で距離を決めている。弁当持参の時も有る。途中コンビニで買う時もある。街を通過して歩く時は、食堂に入ったりもする。

その日は弁当持参であった。久方ぶりにその駅に降りた。少し歩くと札所のお寺が有ったので、参道を登ってお参りをした。特に何かを願ったわけではない。小さなお寺でも木々は比較的大きい。自分はそんな静かな所が好きだ。多分昔からそのお寺はそこに建っていた。村の人達が営々と守ってきた。きっと何かを願った人も居た。子供の病気の平癒を願った人も居た。

途中に迷いそうな道は無い。ブラブラと春の暖かい日を浴びながら、ゆっくり登った。沢筋が有れば、ちょっと入り込んで山菜を探したが、目的のものは見つからなかった。ずっと昔来たときに、小さな沢で、群生しているのを見つけたことが有る。最近は何処も沢の水が少ない気がする。山が以前より水を蓄えなく成った。

昼近くにベンチを見つけたので、そこで休んで弁当を食べた。たくさん水を飲んだ。暫くそこに座っていた。春の日射しは眩しく熱かった。

少し登りのきつい曲がり角を曲がって行くと、小柄な80代の老人に話し掛けられた。初め言っていることが良く飲み込めなかった。近づいて話を聞いた。タケノコを持て行かないか、との問いであった。売っている風では無かったが、出し抜けで少し黙っていると、続けて言うには、道路際の斜面に有る竹を間引きして清掃をしていると、タケノコが採れるので、食べて貰おうと思って声を掛けたとのこと。有り難く頂いた。手頃な大きさのタケノコ2本。その老人とは23分話をして先に進んだ。後から考えてみると、もう少し話をすれば良かった。タケノコを貰って貰えて嬉しかった、と言っていた。顔は本当に嬉しそうであった。こちらも彼の顔を見ていて気分が良かった。彼の生きてきた道を少し感じた気がした。彼は少し勇気を持って話しかけただろうに、もう少し辺りさわりの無いことを聞いて、少し話が進んだら、昔の事を少し聞いて見れば良かった。彼も自分ももう少し心に残る話が有ったかも知れない。

それから半年、近くを散歩しているときの事。そちら方面へは久しぶりだった。大きなホームショップを覗いてちょっとしたものを買っての帰り道、有るお宅の庭先で呼び止められた。60代の男性である。庭仕事をしていた。菊が庭の片隅に乱れて咲いていた。彼は清掃しながら、菊を片付けていた。菊の花が適当な大きさに切られて束ねられていた。菊の花を持って行かないかとの事。有り難く頂いた。捨ててしまえば、草ゴミ。ちょっと小さな勇気を出して、少し話をして、菊の花。

暫く自分の家でその菊の花は咲いていた。花を呉れた人の親切な顔を何度か思い出した。

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2006年12月 4日 (月)

今年貰った物、形のないもの編

1.       上の階からから水漏れ:1回、自分は水難の相ありだろうなあ。今まで通算だと20回は軽く越えている。今の場所でもジャジャ漏れがあり、照明と内装が駄目になって、遣り替えて貰った。前に住んでいたところでも、まあよく水漏れが有った。二人とも原因は自分ではなく機材の方と言い張るし、直ぐ引越すると言うし、似ている。二人が上下階に住んで同時に水漏れが有ったら、どんな事態に成るのか。

2.       お説教:度々、する方としては愚昧で怠惰なる者どもを自分が導かなければ、誰がする、位の気持ちだろうけれど、毎度軸が振れる話を感情を高ぶらせながらお話し頂いても、学習的無気力が助長されるばかりで、返事も鈍り勝ちになります。この間、夜遅く電車に乗っていたら、隣の人にしきりに話しかけている人がいた。相当酔った人が、彼よりは少し若い感じの人に、仕事のやり方を教え諭している風だった。難しい仕事で遅くなり疲れ切っている所だろうに、自分だったら次の駅で降りて、別の車両に行くかも知れない。でも後2~3駅なら、それまで黙って居るかも知れない。仕事は楽しく、酒はもっと楽しく。

3.       ピアノの『曲』:夕方聞こえて来るのはまあお互い様。平日の午前中連日というのは、何か問題が進行中の様で心が騒ぐ。今はよい機材があり、ヘッドホーンをして聞きながら弾けて他人には聞こえない様に出来るらしい。ピアノが大邸宅の独占物だとは思わないが、集合住宅ではそれなりに考えた方がよい。ショパンのように弾けとは要求しないけれど、他人の家からその『曲』が自分の家に聞こえてきたときのことをちょっぴりは考えた方が良いと思う。ピアノを本人と他人の両方の責め道具にしちゃいけないと思う。

4.       元気:友達とBBQをした。赤ちゃんを連れてきた若い友人がいた。赤ちゃんは可愛い。他人の赤ちゃんでも可愛い。話が弾む。若い人と話すのは好きだ。彼らもちゃんと年金が貰えように、戻りに神社にお参りをした。賽銭を100円も入れた。大分昔自分はそんなに親しくない誰かの家に誘われてゾロゾロと行ったことが有る。そこで彼らの披露宴の写真や赤ちゃんの写真を延々と見せられて、閉口したことが有る。10枚は良いけれど、500枚は止めましょう。誉め言葉も質問もそんなには有りません。

5.       憂鬱:たっぷり、話すのも憂鬱。

6.       天の恵み:去年より少し足りないくらい。相手が天だから不満を言ってもしょうがないけれど。

7.       愛情の籠もった笑顔:数知れず、と言いたいね。夜のお菓子ならぬ、夜の笑顔。ちょっと怪しい雰囲気が有って良いね。愛情の籠もった笑顔で人に接することにしました。

8.       友達からの連絡:借金の申し込みではなく、釣りの誘い。東京湾の魚が俺を待っている、外房の魚も俺を待っている、相模湾の魚も俺を待っている。

9.       会社の倒産:さっぱりしたけれど、貰った物じゃないか?

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2006年12月 3日 (日)

今年貰った物、加工品編

1.       アンパン:2回、買ってもよく食べる。漉し餡、粒餡、白餡、どれも好きだ。日本人の大発明の1つだと思っている。今風に言えば、和洋のコラボ。熱い牛乳とアンパン、好きな朝食の1つだ。ずっと昔、会社で残業の時に出たアンパンを持ち帰り、駅で寝ている自由人にあげたことが何回か有る。自分は未だ駅や公園で貰ったことは無い。

2.       天津甘栗:2回、昔少し遠くに出掛ける時、駅構内で何回も買った。特急の中で食べた。旅行、特急、天津甘栗、三題噺みたいだが、旅の気分が出た。今は100円の袋菓子、鍋で煎って売っているのは買わなくなった。

3.       缶コーヒー:5~6回、自販機には何十種類も有る様だ。なるべく多様な好みに合わせるようにしているのだろうけれど、ご苦労様な事だ。缶は熱くて持てない位なのに、何故飲むのは平気なのだろうか、家で飲むコーヒーは掴むのは平気だけれど、飲むときは熱い。去年の今頃だったか、新宿中央公園のベンチでボンヤリしていたら、ドカジャンを着たオジサンが隣に座って、缶コーヒーを奢ってくれた。手配師だった。仕事、仕事で楽しみも苦労もそれぞれ。

4.       山菜の缶詰:1回、山菜採りは好きだからよく行く。食べられる野草は多い。貰ったタケノコとフキは大事にしまっておいて、感謝して食べた。これらは野草より野菜に近い。

5.       カップラーメン:1回、即席の袋麺も含めてよく食べる。これらも大発明の1つだと思っている。発売開始の頃から食べている。袋麺はキャベツと卵を入れて食べる事が多い。

6.       ジュンサイの瓶詰め:1回、茹でてホンの少しの酢を入れてあるだけなのに、一年ぐらいは全く鮮度が失われない、不思議な食べ物だ。もしかしたら何年も平気なのかも知れないが、実験したことは無い。自分は大きい方が好きだが、価格は小さい方が高い。大きい方は吸い物で、小さい方は酢の物で食べる。

7.       魚の缶詰:2回、沢山あるのでと言う理由、有り難く頂いた。面倒くさい時や、粗食の日は、これをギュギュと開けてご飯を食べると良い。自分は缶詰が好きなので、何個かは買い置きしてある。昔と違って、開けるのも簡単だし、指を切るような事も無くなった。昔好んで食べたクジラの大和煮の缶詰が早く復活して欲しい。あの煮こごりが特に好きだった。

8.       レトルトカレー:1回、ずっと昔発売されたレトルトカレーは自分の好みではなく、長い間食べなかったけれど、最近は比較的好んで食べる。未だ家庭用のカレーの缶詰って有るのかなあ、一頃贔屓にしていたのだけれど。

9.       ステンレス製のボール:1回、意味は未だに理解できない。高台が付いている。本体には水切りほどでは無いが穴が明いている。ミカンを買ってくると入れている。バナナを買ってくると、切り離して凸面を上にして一本ずつ立て掛けている。重宝している。

10.    薫製:2回、チーズ、ゆで卵、ソーセージ。フライパンに入れてチップを焦がして作ったのだろうと思う。そう言えば、ここ何年もスモーク缶を使っていないなあ。

11.    麩菓子、花林糖:一袋の中からお裾分け、垣根を挟んで二人で3時にしてお茶を飲みながら食べた。

12.    その他各種:儀礼答礼、何かを思い出すきっかけ。

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2006年12月 1日 (金)

今年貰った物、海産物編

1.       かすべの干物:1回、もしかしたらかすべだけで、干物の意味があるかも知れない。子供の頃、生のかすべ(エイ)は見たことが無かった。かすべと言えば、全て干物だった。料理に手間が掛かるけれど、今でも自分の好物である。昔飛島に行ったら、ちょっと血が滲んだかすべが道端に靴下のようにして干してあった。

2.       ムシガレイの干物:1回、ちょっとしょっぱいけれど、サッと炙って酒の当てに飯のおかずに。今まで何回か貰った。その人が郷里に帰った時の土産。

3.       アジの干物:1回、その人は誰かから貰った。食べきれないと言う事で、2匹貰った。焼いて早速食べた。目玉は抜いたけれど、勿論頭も食べた。

4.       昆布:2回、北海道土産、冷蔵庫に保管して長期間食べた。自分は昆布が好きだ。出汁に使ったときも、その昆布を食べる。それとは全く関係なく、自分は髪の毛は濃い。

5.       イカの塩辛:1回、子供の時は食べなかった。あの色匂い形、食べ物の様な気がしなかった。今は好物である。自分が釣ったイカなら作っても食べる。

6.       ゴリの佃煮:1回、自分で買っても時々食べる。弁当のおかずにもたまに詰めている。子供の時は戸棚に箱入りであった。薄い木のトロ箱で、中に厚い油紙に包まれていた。昼に親たちが不在なら自分で好きなだけ出して、ご飯も自分で装って食べた。ゴリの佃煮の他に筋子の塩漬けも同じ様な箱に入って有った。これも自分で適当に出して食べた。汁が残っていれば、それを食べたかも知れないが、多分水を飲んでいたと思う。子供の頃自分はお茶を飲む習慣は無かったように記憶している。

7.       生のアジ:1回、友達が釣りの帰りに少し分けてくれた。その日は自分は都合が悪くて行けなかった。食事を始める所だった。中断して、タタキにして食べた。新鮮で思いやりのアジは美味しかった。

8.       棒鱈:1回、そのままむしって食べても美味しい、少し炙って食べると直美味しい。しっかり水で戻して煮て食べると、子供の頃の事を思い出す。何かの行事の時に食べた。芭蕉の頃は、貧乏人の食べ物だったらしいが、今は高価な食べ物で、中々買う機会が無い。

9.       海苔の佃煮:1回、黒っぽい緑色。暖かいご飯にこれを載せて、お茶だけで食べた。

10.    乾燥岩海苔:1回、島根県産。みそ汁、うどん、ラーメンに入れて頻繁に食べている。

11.    ちくわ:1回、両手で押さえていると見通し明るい。このテンプラがテンプラでは一番好きかも。ニンニン。

12.    エボダイの干物:1回、久しぶりに食べた。独特の美味しさが有る。10年ぐらい前に、東京湾で何を釣りに行ったかは忘れたけれど、エボダイも釣れた。自分は勝手に南の方の魚だと思っていた。

13.    オセッカイ:度々。

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