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2007年1月21日 (日)

開かずの人道踏切

自分は毎日踏切が開く時間を狙って家を出る。ちょっと電車が遅れると踏切が明く時間がずれる。どれぐらいずれるかは分からない。

自分が渡るのは人道的ではないが車は通れないので人道踏切と言われている。通れるのは人と自転車。通ってはいけないはずだがオートバイも良く通る。踏切の幅は3メートル程あるが鉄の杭が狭い間隔で差し込んであるのでリアカーも通れない。車椅子も通るのは大変だ。

近くには跨線橋も車道踏切も無い。そもそも道が余りない。畑が多い。植木屋の畑も多い。丁度駅と駅の中間ぐらいに位置している。

毎朝、この踏切では狂騒が繰り広げられる。踏切が開けば、10人ぐらいの歩行者、5~6台の自転車、1~2台の小型のオートバイが通る。踏切は直ぐに閉まる。次に開くのは何分後か誰も知らない。閉まって少しの間は遮断棒を上げて渡る人がいる。遮断棒に自転車の後ろの籠が引っ掛かってそれを上げてから通る人が居れば時間が掛かる。電車は毎日の事だけれど、遠くから警笛を鳴らしている。

電車の運転士から見れば、もっとも嫌な踏切の1つだろう。踏切が開いていないのは確実なのに、人が通る、自転車が通る。オートバイが通る。電車が通った後は、次の電車の通過まで、バラバラと通る人が絶えない。大部分の人は南側から北側に渡る。そんなことを繰り返している内、電車がブレーキを掛ける事態が連続して発生した。それでも遮断機が降りている時に渡る人達は全く減らない。かくいう自分もその一人だけれど。

踏切に警備員が派遣されて来た。南側1人、北側1人。日中は知らないけれど、自分が渡る朝と夕方は居るように成った。

数日間は遮断機が下りると渡る人は居なくなったが、直ぐに効果がなくなり、居て居無きが如しで、警備員の制止にも拘わらず、渡る人が続出した。全く以前と変わらなくなった。毎日警備員と無理矢理渡る人との攻防が続いた。その内、1つの噂が聞こえてきた。誰も居ないときに1人で無理矢理渡ろうとすると、警備員が南北から走り出てきて、その人を捕まえる。轢かれる少し前、北側の警備員が手を放して南側の警備員が引き戻すとの噂が流れた。そのために、怖じ気を震って目茶苦茶な遠回りをする人が増えたとのこと。

まあ新しい都市伝説だろうけれど、そう言う気持ちで見ると、警備員は二人とも、確かに恐そうだ。体つきががっちりしていて、力も強そうだ。拡声器で与える警告も丁寧ではあるが、断固としている。最近心なしか、踏切を渡る人が少なくなった気がする。警備員の効果が出て来たのかなあ。

そんなある日、いつものように踏切が開く時間に家を出た。いつも曲った所で一瞬見える電車が今日は見えなかった。踏切に辿り着いた。いつもは直ぐに開くのだが、今日は開かない。直前に開いたのか誰も居ない。もうこうなったら、いつ開くか誰も知らない。仕方がない。電車が通った後に警備員が油断した隙に渡ろうと思って、待った。上りが通った、下りの音は聞こえない。遮断機をくぐって渡り始めた。北側から警備員が飛び出してきた。ちょっと振り返ると南側の警備員も飛び出してきた。アッと言う間もなく捕まった。二人はグイグイとそれぞれの方に引く、自分は線路の上から動けない。電車はゴーゴーと接近する、警笛は狂ったように鳴る。電車は益々接近する。電車はもう目前に迫っている。冷や汗が噴き出して体が強ばる。恐怖で目が釣り上がる。息が荒くなって喉がカラカラに成る。電車の運転士の恐い顔が見えた。踏切の警報器は狂ったようにガンガン鳴っている。「ああもう駄目だ」「ワー」と声を上げて、手足をありったけ動かした所で目が覚めた。目覚ましが鳴っていた。

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