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2007年3月22日 (木)

杏の食べ方

近くの野川緑道を散歩した。杏の花が咲いていた。パラパラと咲いて寂しい。幽玄の感。やっと春めいた景色、枝垂れ柳も日ごとに薄い緑が増えてゆく。今の風情がもっとも自分の好みだ。

杏の花のすぐそばには、南向きのベンチが4基。座っている人が居る。横になって休んでいる人が居る。自分たちはその脇をゆっくり歩いて通り過ぎた。

数年前にそこを通り過ぎた初老の一団が有った。20人ほどであった。男女混合で散策のグループのようであった。近くにある早咲きの桜を見つけて、その近辺で昼食をとったようだった。杏の前を通り過ぎたとき、誰かが「サクラ?」確かによく似ている。その年は派手に咲いていた。サクラになりかけたが、誰かが目ざとく名札を見つけて、杏に落ち着いた。ベンチに座っていて聞こえてきて、少しハラハラした。

ここ数年は採る機会に恵まれていない。もう機会は巡って来ない気がする。数年前までは何回か実を採る機会が有った。手が届く範囲にかなり生っていた。採る人は居なかった。上の方に有る杏は熟した。風の吹いた翌朝早く行くことが出来れば、いくつも拾うことが出来た。草の上に転がっているのを拾った。サツキの下に転がり込んだのを拾った。思わぬ遠くに転がったものを拾った。熟した杏を楽しんだ。

自分が育った田舎には杏の木があった。良く食べたものだ。待ちきれなく少し色づいただけで食べた。少し塩を付けて食べるとそれはそれで美味しい。子供の味。そのうち少し力を入れると綺麗に二つに割れる。上の方が薄く赤く日焼けして、全体が黄色く少し弾力が出れば食べ頃。子供にとっては大きく感じた杏。田舎の景色とともに有る味。

当時季節になると杏が店先に出回っていた。こちらで見たのは23度だけである。その度に求めて食べたが、昔の味ではなく、酸っぱいものだった。品種が違っていたのだろうか。がっかりしたけれど、見つければまた買うと思う。

今は熱帯の果物や乾燥地帯の果物も、比較的安価で手に入る。季節が逆な地域から季節違いの果物も沢山来ている。特段意識もしないで買うことも多い。自分が子供の時には、全く考えもしなかった事だ。有り難いことではあるけれど、身近だった果物が無くなった。杏なんか、昔たくさん有ったのにどこへ行ってしまったのだろう。寂しい気がする。

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