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2007年3月 7日 (水)

毎日の電車

毎日見る他の人は何を考えているのか、ちょっと考えることが有る。自分は考えが考えを呼んで、次々とシーンが変わって行くことが度々だ。そう言うときはたまに電車を乗り過ごす。大抵は一駅で我に返って戻って来る。特快の時は、ちょっと距離が長い。自分では少し失敗感があるが、他の人がそんなことに気付く分けも無いので、謹厳実直(?)な感じで電車を降りて戻りの電車に乗る。たまたま同じ所に居た人で同じ事をして同じ電車で戻ったら、「ああどうも」と挨拶をする予定だが、未だ気付いたことは無い。

キョロキョロしていると、やや急ぎ足で降りた人が反対側の電車に乗り換えることが有るが、あれは何でしょうかねえ。自分の様に詰まらない、多分詰まらない考えで頭が一杯になり、忘我となり電車を乗り過ごしたのか。

いつもの電車でいつもの顔ぶれが幾つか有るが、話し掛けた事は無い。ちょっとした声のかけ方でもう少し電車の中も過ごしやすい空間に成りそうな気がする。○のもん○氏がテレビで紹介すれば、きっかけぐらいには成りそうだけれど。

ちょっと詰めて貰い時は、無言でゴリゴリと押す。降りたいときは、ズズっと押して降りる。席をちょっと詰めて貰いたいときもグニュグニュと体を左右に振る。軽い感じで話して、意が伝わればもっと住みやすいが。

まあみんなカボチャとジャガイモで、転がっているだけだと思えば、別にドウって事も無いけれど。でも全員自分以外はカボチャ、ジャガイモというのも、ちょっと寂しい物が有るなあ。かといって、挨拶をするのも今一馴染めるような気がしないし。

まあ止めて貰いたいのは、人の背中を鞄で押して、恐い顔で自分の顔を睨みながら無理矢理、乗る人降りる人。後ろに気配りしたくても、あちらこちら押さえられて、身動きがとれんのですよ、全く。あそれから、小学生が乗っているのに、無神経に押す人とか、降りようとしているのに、声を掛けてあげないとか。年寄りに対しても同じだけれど。

電車の中って色々考えますよね。だから面倒になって黙っているのか知らん。でもまあ臭い息ばっかり掛けないで。もうちょっと声を掛けて、もう少し楽に電車に乗りたい。

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