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2007年3月26日 (月)

パチンコ

もう何年もパチンコに行ったことが無い。もっとも頻繁に行っていたのは145年前だ。朝開店と同時に入って閉店まで居たことも何回も有る。今考えてみると、立派だと思う、何処が?

その前は空腹になればその時点で止めた。食事札を出すなんて、どういう人だろう、と思っていたのに、一日に二回も出して、そのどういう人に成っていた。

パチンコは孤独を楽しんだり癒したり。少なくともパチンコをしているときは、様々なことを暫くの間忘れられる。忘れたからと言って、事態が改善するわけでは無い。ホンの少しの間忘れるだけだ。でもまあ、暫く忘れているとなんかどうでも良くなる事も有る。どうでも良くなっても、通常事態は悪化することは有っても改善はしていないけれど。

パチンコで蔵を建てた人は知らないけれど、パチンコでお店を手放した人は知っている。きっと孤独を愛する人だったのだろうなあ。

その頃スロットを一回だけやってみたことがある。自分でもぎこちないのが分かった。隣に座った青年が、ちょっと良い?と言って、自分のスロットを見ながら押して止めた。3回やって、2回当てた。「こんな感じで」「どんな感じか全く分からなかった」どうも回転の絵柄が見えているらしい。世の中には凄い人も居るものだ。出して貰ったコインを遊んで店を出た。

毎週行っていると、毎週来ている人が多いのに気づく。もっとやることは無いのかねえ、外は天気が良いぜい、と思うが、先方も同じ事を思って居るのだろう。知り合いに成ったりしないで、黙っているのが一番。

パチンコ店では、人の顔は横顔だけ。街中ですれ違っても、正面からなので、どこかで見た顔だなあ、と思ってもパチンコ店で見たのを思い出すまでに時間が掛かる。別に挨拶をするわけでは無いので、困ることも無いけれど。もしお互いに認識しても、黙っているのが一番。

そういえば遙か昔、高校生の頃、パチンコ店で先生に会った事がある。お互いに知らん顔をしていた。勿論学校でも知らん顔をしていた。黙っているのが一番。

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