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2007年5月26日 (土)

ポスト

市内にはたくさんお化けのQ太郎のような丸いポストが有る。勿論色は赤。テレビでは田舎に行って丸いポストを見つけて「ワー懐かしいー」「四角いのより親しみを感じるー」みたいな話が有るけれど、ちょっと違う気がする。無害で人の良い思い込みをワザワザ毀すことは無いので、ポスト全体に占める丸いポストの割合を公表しなくて良いけれど。

友達に手紙を送るときや、懸賞の葉書を投函するとき、あの金属音のカチャンという音を聞くと、ああ送ったんだ、と言う気になる。自分は丸いポストにA4の書類を突っ込んだ事は無いけれど、折って入れる人も有るのだろう。郵便じゃないものを入れる人もきっと有るだろう。公表するとコピーキャットが出て量が多くなるに違いない。

四角いポストの上に空き缶が有るのを見かけることがある。一日に数回の取集(ポストに書いてある)の時に、清掃されているのだろう。郵便ばかりではなく空き缶も集めている。ご苦労様。

最近はこれは郵便では有りません、と記された『配達物』が有るけれど勿論“郵便受け”に入っている。一般的に認知された名前は何というのだろうか。新しいものが出来ても新しい名前が付くまでは暫く時間が掛かる。ここではユウビンモドキと命名しておきます。

九州の方で「赤ちゃんポスト」が設置されて賛否その他の意見がかまびすしかったけれど、初発は想定外(?)の事であった。その時にテレビに回答した設置者の態度は実に立派であった。反対派は益々べき論を主張して、彼らを追い詰めるだろう、現実を見ながら苦難の道を選んだ心ある勇気の人々の試みを潰しに掛かるだろう。少し「赤ちゃんポスト」の歴史と世界の動向を研究して発言した方が説得力が有ると思うけれど。

赤ちゃんを虐待したり殺したりしないで、捨てて欲しい。子供は親が有っても生けて行けるし、無くても生きて行ける。生きていればきっと何か良いことが有る。

巨大な「老人ポスト」とでも言った方が分かりやすい施設が増殖している。老人の比率が今後暫く増加するに従って施設も増えるだろう。設備が良くて景色も良いところに立地している。有る意味幸せだろうし、仕方の無いことかも知れない。老人となっても可成りの人は最後まで社会に貢献して家族に囲まれて生きてゆきたいと思っているように感じている。隔離されて老人だけの街で生きて、毎日品代わりの行事に参加させられるのは、自分はご免だ。

好きな本を読んで、疑問なことはネットでしつこく調べて、勝手に散歩して、出来れば畑をやって、友人とたまにはサケを飲んで、淡きこと水の如き交わりをする。

その内本当の老人ポストが出来るか?連れて来られる人も有るだろうし、歩いてくる人も有るだろう。ソイレントグリーンにはしないだろうけれど、最後は捕れすぎたイワシのように肥料にされそうで恐い、それはそれで最後のご奉公か、冗談だけれど。

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