« 電車で釣り | トップページ | 越後屋(2) »

2007年6月10日 (日)

卵石

自分は巨人大鵬卵焼きの時代に小中学生時代を過ごした。卵は好きでよく食べる。回転寿司の卵焼きもよく食べる。職場で他人の弁当を見ていると、毎日のように卵が入っている人がいる、自分を含めて。国内で卵は年間に400億個消費しているそうだ。大変な量だ。全部消費者が殻をガッチャリ割って食べているわけではなく、マヨネーズや菓子の材料などにも成っているけれど。養鶏の人達のお陰で卵を食べることが出来る。

ホテルに泊まってビュッフェ形式の朝食の場合、自分は何気なく卵料理を探している。卵焼き、目玉焼き、温泉卵、スクランブルエッグなど、何種類かの卵料理が有ることが多い。それらを少し皿に取って、ゆっくり安心して朝食を食べる。珍しいものが有ればちょっと取って食べてみるけれど、いつもの卵、その他いつも食べているものが良い。

自分は、農村で育った。当時近所の家は鶏小屋を持っていて鶏を飼っているのが普通だった。多いところは数十羽飼っていた。自分の家にも多分二十羽ぐらいは居たと思う。鶏小屋は地面の上に直接立っていて、壁は板や藁、金網などで出来ていた。小屋の中には仕切られた部屋の様なものも幾つか有った。中には藁が敷いてあった。

時々、鶏に餌遣りをした。穀物飼料は袋から開けて餌箱に入れるだけだったから簡単である。何か摘んできた若しくは人間が食べた後の野菜クズを刻んで与えることもあった。ダイコンの葉っぱが多かった気がするが、余り覚えていない。シジミ貝の殻を粉砕して与えることも有った。飛び散らないように麻袋に入れてトンカチで叩いて粉砕した。鶏はよく食べた。卵の殻に成るんだから、と言われたが、卵はいつも真っ白か赤卵で、黒いシジミの殻が卵の殻に混じっていることはなかった。

田圃の畦道に坐って、側に来るバッタを捕まえてビンに詰めてそれを与えることもあった。鶏はよく食べた。バッタは幾らでも捕れた。稲の葉っぱも相当食べられたのだろうけれど、後のように夕方風が止まった時に農薬を撒いてその近辺全て白くなると言うことは無かった。

毎日と言うことも無かったけれど、籠を持って卵を採りに鶏小屋に入った。楽しい行事である。いつも幾つかは採れた。雌鳥が温めていると、そこに手を入れて採ることもある。慣れると卵が有るか無いかが概ね分かるようになった。そこら辺から卵石(たまごいし)を掴んで、雌鳥の下に手を差し込んで卵を採り、卵石を代わりに置く。雌鳥は目をグリグリさせてゴゴッと鳴いた。大きな抵抗はしなかった。卵は暖かい。雌鳥は騙されて卵石を温め続ける。卵は大抵仕切られて部屋のように成っているところに有った。偶に小屋の隅の方の地面にぽつねんと産み落とされているのも有った。本当に効果が有ったがどうかは知らないが、鶏小屋の中には卵石が幾つか有った。一種のデコイである。卵と一緒の格好で一緒の大きさである、色は白。良く見つけたと思う。遠くから見たら区別が付かない。

段々鶏を飼う人も少なくなり農村じみた景色も急速に変化して行った。卵石も全て打ち棄てられただろう。田舎で誰か持っている人が有れば見てみたい気がする。数十年前の卵石を掌に持ってちょっと握ってみたい気がする。

|

« 電車で釣り | トップページ | 越後屋(2) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 卵石:

« 電車で釣り | トップページ | 越後屋(2) »