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2007年6月16日 (土)

洗濯板

ずっと昔寮にいた頃、作業服は定期的に洗濯してくれた。それ以外は自分で洗った。広い洗面所の片隅に二槽式の洗濯機が有って、それを使った。大した量でもない時は洗い桶と洗濯板を使って洗った。特に違和感は無かった。寮に入る前に洗濯機も有るから、と説明された事が妙に印象に残っている。ちょっと進んでいる見たいなニュアンスだった。日本中に二槽式の洗濯機が行き渡りつつある頃だったと思う。

その前は一槽式で手回しの脱水機というか搾り機が付いていた。今昭和の暮らし等と銘打った展示施設に行くと年代毎に区分けの中に、そんな懐かしい洗濯機を見ることが有る。あの一槽式の洗濯機を買った人達はきっと時代の変革を感じていたに違いない。あの頃はあの生活が輝いて居ただろうに、今は古色蒼然としてある種の感慨が有る。

単槽式で全自動洗濯機が出て来たときは、節水とか余暇の増加とかその新型の洗濯機とは基本的に関係のない議論が沢山あって面白かった。今は多分、節水、節電、節時間など行き着くところまで行っているのだろう。乾燥機が付属しているタイプも多い。一見余暇が増えたように見えるが、服が増えたし洗濯する回数が増えて、洗濯に費やす時間が増えていたりして。

民宿の風呂場に洗濯機が有れば昔はコイン式だったように記憶するが、今は洗剤も置いてありますので自由に使ってください、となっているようだ。

労働と時間を節約する道具が増えて結構なことだ。その分幸せの可能性が増えた気はするけれど、実際の幸せが増えたかというとそんな気はしない。キッチンドリンカーが増えていると言うのは聞いたことが有る。それでも冬に冷たい水で洗濯をしなくても良いのは、それだけで十分価値が有る。

今でも探せば荒物屋に洗濯板は有るのだろうか。あれで洗濯をすると、色々思い出されて物思いに耽る事が有ると昔友達が言っていた。表は洗濯板で裏は物思い板。あの人は今どうしているかしら、満開の桜の下の散歩、夏祭りの夜、冷たい木枯らしの夕べ、と。洗濯と共に帰らぬ事どもが思い出される。

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