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2007年6月22日 (金)

床屋の鏡

いつも通勤で使っているバスの窓から見える床屋一軒。夕方その床屋にお客が居たのを見たことがない。椅子は二つある。いつも右側の椅子に主人が座っている。テレビを見ているようだ。何となく行きたくない感じ。お客が来たら、自分が座っていた椅子から降りてそれを勧めるのだろうか。入ったら相好を崩して、親しそうな挨拶をするのだろう、但しタメ口で。自分の苦手な情景が空想される。

30代初めの男性が一番端の椅子に座っている。もうじき終わりだ。職人が、合わせ鏡を持ってきて、後ろを見せた。旋毛の辺りが、少し薄くなり始めている。職人は前から気付いていたが、黙っていた。その人が終われば今度は自分の番だ。

この床屋にはもう長い間お世話に成っている。その間特に髪型の変更を伝えた事はない。流行が変わったようにも思えない。自分の髪型は伸びては2ヶ月分ほど逆戻りして、少しずつ伸びて又2ヶ月分ほど逆戻り、繰り返し、全体的に白いものが増えた程度。

声が掛かって自分の番に成った。鏡の前に坐る。想像より老けた自分。聞かれるままに簡単に答えた。職人が仕事を始めた。坐って直ぐだるくなって眠くなってきた。

さっきより床屋の中がうるさい。この床屋はサラサラと仕事をするだけで、簡単な問と答え以外は殆ど会話が無い。今日は今までにない雰囲気に成っている。職人の翻訳装置が壊れているようだ。業務用会話装置に組み込まれている中枢が壊れて、単純な感情からの発言がそのまま飛び出している。ギョッとして辺りを見回したが、お客の表情は全く変わらない。いつもの静かな床屋風景である、と言うことは壊れているのは自分の翻訳装置かも知れない。

「お客さん、最近白髪が増えましたね、ワカメ、コンブを食ったって駄目ですよ。黒豆茶は効果有ると聞いたことが有りますが、体質に因るでしょう。お嫌だったら染めるしか有りませんねえ」

「薄くなってきましたね。天辺なんかすっかり禿げて、まるで河童ですぜ」

「薄くなって髪の量が1割に成っても、禿げてしまって生えている面積が半分に成っても、料金は10割頂きます、それが温情ってもんです」

「縮れてその上亀の子たわしのようで、全く切りにくい髪だ、料金5割り増しを貰いたい」

「あなたは髪が多く長くて、その上ゴワゴワ、洗うのが全く大変です、その上、注文が多い、洗っている間だけでも静かに願います」

「あなた何考えて居るんですか、そのご面相で、その髪型は無理ってもんです。モデルはいい男ですから。その切り抜きはしまった方が良いでしょう」

「髪型も大切ですが、髪型と一緒に服装も直した方が良いですよ、顔は直らないでしょうから」

職人に「お客さん、髪洗いますよ」と言われて目が覚めたら、いつもの床屋だった。

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