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2007年6月26日 (火)

公衆電話で

携帯電話が猖獗を極めてでは無く、普及が進んでその分公衆電話が減った。自分は携帯電話を持っていないので、詰まり電話を掛けないので、若しくは掛けるところがないので公衆電話が減っても電話で不自由を感じることは無いのだが、困る人も多いと思う。自分は急な雨の時に雨宿りする場所が減ったのが残念に思う。

「駅に着いたら電話を頂戴」「電話が混んでいたから」という言い訳が効かなくなった。その他同僚と飲みに行って「電話する暇が無かったんだよ」とか「やっと見つけたら何人も並んでいて」等という古典的な嘘がつけなくなった。嘘をつく楽しみが減った。きっと奥様がご機嫌斜めの回数が減って、多分夫婦円満の家庭が増えて結構なことに成っていることだろう。考えすぎてはいけないけれど、携帯電話が無い頃は、連絡が無くてもそんなに心配もしなかったけれど、今は少し連絡が遅れると苛ついたり心配したりする人が増えたかも知れない。慣れない人は家庭の固定電話が鳴っても、お驚きはしないが、携帯電話が鳴ると驚く人も、子供や孫から携帯電話を勧められた人には多いかも知れない。

今でも有るかどうかは不明だが、確か昔新宿とかその他大きな駅の構内で電話が10台も20台も並んでいるところにNTTじゃない電話が有った気がする。今でも生き残っているのだろうか。一度も掛けたことが無い。論理的に行けばNTTより安かったのだろうけれど、例えば10円で10秒長いと言ったって、あんまり意味の有る数字とは思えない。駅の電話は「これから帰ります」とか「みっちゃん何時頃出た」程度の話だろうに。

家の者と待ち合わせるときなどに、仕事場の最寄り駅から家に電話を掛けることが有る。先日駅前の電話ボックスに入って小銭入れから取ってお金を入れようとして落としてしまった。デイバッグを背負っているし狭くて直ぐには拾えない。間が悪いことにちょっと足を動かしたときに小銭を蹴飛ばしてしまって、外に転がり出てしまった。100円硬貨だった。そしたら電話ボックスに入る前から傍にいた自分と同世代と思われる地味な風体の男がスーッと近づいてきてこちらを見てニッと笑った。こちらは体が電話機の方を向いていて、顔だけ外を見ている。その男はその100円硬貨を拾うと何事も無かったかの様に早足で歩き出し、人混みに消えた。こちらはやっとの思いでデイバッグに邪魔されながらもドアを開けてその男の方を見た。100円で「ドロボウ!」でも無かろう。ちょっとだけモザイク行動をしたが、諦めて溜め息をついて落とさなかった10円硬貨で家に電話を掛けた。「今落とした100円が人相風体の地味な男に拾われて、混乱して半歩踏み出したり、電話ボックスの中を見たりしている内にその男が居なくなって、意味が良く飲み込めなかった。ドロボウと言うほどのこともないし、テッシュ配りのお兄さんがこっちを見ているし、」で電話が切れた。言っていることが無茶苦茶で自分でも呆れてしまった。

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