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2007年7月30日 (月)

73学科1人で合格

街を散歩していると学習塾が有る。夜ボウリングの時に通る所では直ぐに学習塾だと分かる。建物の前に、自転車が異常に駐輪してある。それこそ盛り上がるように止めてある。大人用より少し小型である。スポーツタイプでギア変速が多段である。パチンコ店の周りにも自転車は多いが、全体的な感じが違う。パチンコ店はママチャリが多くやや草臥れている物が多い。

子供が学習塾でお父さんかお母さんがパチンコと言う事ではないだろうけれど、どちらも夜遅くまでご苦労様。

学習塾の前には~~中学校○○名合格、と言う一覧の張り紙がしてある。その近所の有名私立は字が特に大きい。小学校の子供が居て、その中学に入って貰いたいと思っていれば、親御さんは心が引かれるだろう。その張り紙は子供の勇気を鼓舞するにも役だっているだろうけれど、そのスポンサーたる親御さんにも向けられている。

自分もしっかり勉強すれば、自分の子供もしっかり勉強すれば、~~中学にきっと合格できるだろう、と言う一時の幻想。

優れた身体能力については、生まれ持った才能だと言うことに異議を唱える人は少ない。小さいときから例えばカケッコが早くて、その内何かのスポーツに没頭してその能力を発揮する。しっかり勉強する能力+優れた頭脳に恵まれている子は、小さいときから勉強が出来て好きだから成績も良い。ちょっとした違いだ。生まれ持った才能にそれ程の異同は無い。余り単一の事柄ばかりで計るのは止めた方がよい。

大阪の某高校で1人の優秀な生徒が幾つかの大学にわたって73学科に合格したとのこと。ビックリした。合格実績の事実上の水増しは或る程度避けられないだろう。自分がビックリしたのは、色々なからくりは有るだろうけれど、1人で73学科受験できる事。こちらの方がよっぽど異常な気がする。なるべく一回性ではなく、能力にあった所に行く可能性を高めるための方法だろうけれど。歩留まりをどうやって調整しているのだろうか。

何十学科も1人で合格するのも異常だし、何十学科を1人で不合格というのも異常。某医科大学の様に合格率を上げるために、医師の国家試験を受けさせても貰えない、といのも異常。何でそう言う学生が医学部で勉強しているのか、ちょっと考えるとゾッとするなあ。

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2007年7月28日 (土)

スキップの女

何かあって落胆したときは、心のバランスを取るために意識的に、時によっては無意識に、何か動作をする事がある。悲しいときに、肩を落として歩いている人ばかりではない。笑みを感じる顔で歩いているからと言って、楽しいことが待っている人ばかりでは無い。

電話中に相手がガチャリと電話を切ると、大抵の人は全く同じにガチャリと切ったりはしない。見ても全く何も見えないのであるが、耳から受話器を離して顔の前に回して、暫く受話器を見る。これは或る種の補償行動だ。

私は誠意を尽くしてご説明申し上げているでしょう、結果は必ずしもあなたのご満足は得られなかったかも知れませんが、私は出来る最大限の事をしました。そもそもこの問題はあなたの無知と怠慢から発生したことで、本来当方には非は無いのに、波及効果を恐れて、義務を大きく越えて対処させていただいている云々と言えないので、先方は見えないのに、一呼吸置いて腹立ちを押さえて別の方に解放するために、時間稼ぎをしただけなのだ。その逆も有るだろうけれど。

勝手に電話を掛けてきて、脈がないと見るとガチャリと切る人もいる。まあそう言う所の物は買わないが1番。

いつも通り夕方駅から家に向かって歩いていた。仕事が終わって家族が待つ家に帰るところなのに、深刻な顔をしている人が多い。彼らに取ってはそれが普通の顔なのだろうけれど、いつからそうなってしまったのだろうか。もっと楽しそうに家路に向かえば良いと思う。楽しいことを考えれば、顔も少しは楽しくなることが多い。他人が見ているから遠慮しているのだろうけれど、仮面で歩くことは無い。満面の笑みで歩かなくて良いけれど、少しは明るい顔で歩いてくれ。

隣の奥さんが反対側の歩道を歩いていた。23回スキップをした。買い物の帰りの様だ。

数年前、家内とちょっと行き違いが有って、散歩に出たことが有った。彼女も間もなく買い物に出た。街を彷徨いていたら、家内がスーパーに行くのが望見出来た。別々の行動をしていて見ることは滅多にない。彼女はスキップをしていた。自分は内省するものがあった。

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2007年7月26日 (木)

感度良好

友人に敏感な人がいる。

自分はずっと昔無線をやっていたことが有る。比較的向いていたので、良く聞き取れた。感度が良いが、明度が悪いという状態も有るけれど、感度が悪くて明度が良いと言うことは無い。感度が良ければ、経験で明度の悪さを或る程度克服できたけれど、感度が悪ければ、これは如何ともし難かった。

一緒に散歩していると、友人が時々耳鳴りがするとか、目眩状の気分になる。暫くの間、双方とも気付かなかったが、ある時はたと分かった。今流行の猫避け超音波だ。あれは反応範囲内に猫が入ると、実際は猫で無くとも動く物なら何でも、反応して変動する超音波を発生する。それが彼の耳鳴り目眩の原因だった。遠ければちょっと不快で、近ければ耳鳴り、命には別状は勿論無いけれど、又1つ彼には天敵が増えた。

暫く前に彼が家に来たとき、傍のテーブルタップの線に触って、「ワッ」と手を引っ込めた。感電したという。当方が触ってみたが全く何も感ぜず。彼が触ると感電する。確かに相当古いけれど、平気で使っていた。要するに彼は敏感なのだ。彼の忠告を入れて、そのテーブルタップは使わないことにして、別のもうちょっと新しいのをそこに使った。

彼は静電気にも人一倍敏感との事。夜家にはいるためにドアノブを掴もうとすると、青紫の放電が見えて、バチッと来て全身に電気が走るとの事。結構あれって忘れているときだから、ショックが大きい。冬は特に憂鬱だ。

もう察しが着いているでしょうけれど、彼は花粉症です。それもかなり重症で、1年の内56ヶ月ぐらい、鼻がグズグズしている。ある種の果物を食べると喉が痒くなったりひりひりしたりするそうです。マンゴウとかメロン、モモ、ブドウなどが酷いとの事。自分が好きな果物ばっかりじゃねえか。合掌

自分は静電気は暗いところでセーターを脱いだりすると、頭がセーターの中にある時、青紫のオーロラ風の光りがたくさん見えて、喜んでいるぐらいだけれど、鈍い。猫避け超音波は、耳元に置いても全く何も感じない。勿論花粉症ではない。

普通の人が平気で自分が駄目な物は樟脳ぐらいだ。これはこれで困った物だ。衣替え時に秋冬の電車の中は樟脳の匂いで満ちている。樟脳オヤジが傍に来ると次の駅で降りる。それでもくしゃみが止まらない、尾籠な話で恐縮だが下痢になる、頭が痛い。と言うことは自分はタンスの虫並みか。

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2007年7月24日 (火)

駆け込み乗車

自分は毎日電車で職場に通っている。階段からずっと離れた所で乗る。電車に乗っている時間は20分ぐらい。降りる駅では比較的階段に近い。偶々自分が降りる駅で開く側と自分が乗る駅の開く側は同じだけれども、途中駅は全て反対である。ドア側に押されてジッとしている。日によって、本が読めるぐらいに空いている時も有る。そう言うときは持っている本を読むことが出来る。少し嬉しい。

階段から遠いドアから乗るのは理由が有る。駆け込み乗車をしてくる人を見たくないからだ。駆け込み乗車が危ないとか、他人に迷惑だから止めた方がよい、と言うつもりは全くない。勿論その通りだろうけれど、それは自分の守備範囲の問題ではない。そんなことを言えば社会に無関心とか利己主義とか言われそうだけれど。駆け込み乗車した人が、自分にぶつかって危なかったなら、ぶつかるなと言うだけである。

1回しか見たことがないけれど、ずっと昔、電車に乗ってドアが閉まるのを待っている時、ボンヤリ、詰まりいつも通り、通路の方を見ていると、駆け込み乗車をしそうな人が階段を降りてきた。隣のドアに突進した。あいにくとても混んでいた。前からは入れそうにない。くるりと回って尻から入ろうとした。半分ぐらい入った。ドアが閉まりかけた。何とか乗れそうな様子だった。その時、車内の誰かそのオニイサンの背中を押した。たたらは踏まなかったけれど、普通に降りるようにホームに押し出された。電車のドアは閉まった。そのオニイサンは「エッ」ってな感じだったが、電車は発車した。そのドアの辺りから嬉しそうな「オー」というどよめきが起きた。

駆け込んで乗車出来た人は、他人の迷惑も顧みず安心したような表情を浮かべる。ちょっと悲しい、もう少し早く駅に来れんかったのかねえ。まあそう言う人は、今度は一本早い電車に乗ろうとして、駆け込み乗車をするのだろう。急いで何処へ行くんだ。

自分は大きな意味で行けば間抜けかも知れないが、普段の事では普通だと思っている。もし自分が駆け込み乗車をしようとして、目の前でドアが閉まったら、「小人の過つや必ず文る(かざる)」じゃないけれど、きっとしらを切るだろう。それは内側からドアのガラス戸越しに見ている人からすれば、可成りの間抜け面。かといって悔しいって言うほどの事でもないし。シラッとしていられる自信がついたら、やってみたい気もする。

上手く乗れたら、それはそれで、「ああ良かった」と小さい声で言いそうだ。階段を走り息が少し荒いのに何事も無かったかのようにしているほど体力も無いし。こんな事をじくじくと考えている自分は小心者です。

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2007年7月22日 (日)

丸い青空

子供の時に、学校から帰ると裏山に遊びに行った。1人で行くことが多かった。自分には秘密の場所が有った。背丈の倍ぐらいの笹の広い野原が雑木林の中に有った。誰も傍には居ないし、居るはずも無いのだが、慎重に人気が無いことを確認した。小路を辿って最後は藪を踏み分けてその入り口に辿り着いた。笹原の根元に小さな空隙があった。その中に潜り込むと2メートル程で笹の生えていない幅30センチほどの小路が有った。その小路を時々曲がりながら辿ると直径3メートル位の笹が全く生えていない草原が有った。その周りの笹は背丈が少し低かった。

その秘密の場所には嬉しいときも嫌なことが有ったときも行った。寝ころんで上を見ると丸い青空。季節によって、虫の音だったり、小鳥の鳴き声だったり、蝉の声だったり、風の音だったり、様々な音がした。自分はそこに寝ころんで、丸い空を見ながら様々な事を空想した。少年の時のたわいのない空想ばかりだった、多分他の少年の空想と余り変わらなかったと思う。

自分が横たわる円形の草原、取り囲む笹、丸く青い自分だけの空。寝ころんで空を見ていると、月がその丸い空を通って行くことが有る。その月はどう考えても自分1人の月。月は益々少年を1人の世界に押し遣る。鳥が通ることも有る。鳥だったらあの子の元に飛んで行ける。夏から秋にかけては、良くトンボが通った。群のトンボがズンズン通るのは、傷んだ少年の心に勇気を与えた。秋遅くなると、ススキの白い穂がフワフワと数限りなくゆっくり流れて行くことがある。無心にあくことなく眺めた。

その内いつしか訪れることも無くなり、自分は高校を卒業して家を離れた。田舎はあれ以来殆ど止まってしまったから、あの秘密の場所は未だそのまま有るかも知れない。ただ、今はそこまでの雑木林の中が藪になって通れないだろうと思う。もしかしたら、あの通い慣れた自分だけの秘密の場所も今は分からないかも知れない。

大人になると色々な物を失う。失った物はもう心の中に浮かばないから失ったことさえも気付かない。寂しい大人に成ってしまった。

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2007年7月20日 (金)

英会話の

ずっと昔英会話の勉強をした。自分は小型のカセットテープレコーダーを何台か買った。長い間酷使すると、弱ってきて、絡んだりしてその他色々不調が出てきて、使いづらくなり、その内使用不能に成ってしまう、『博物館』行き。歴代のテープレコーダーが、棚に並んでいる。一念発起新しいのを購入。当時は未だ一世を風靡した最終兵器の様な小型番は無かった。あれより一回り大きかった。その内発売されたがとても高価で自分は買わなかった。段々その価格も下がり自分の所にも回ってきた。全く便利に使った。小さく故障は少ない。

胸のポケットに入れて、電車の往復は数年間いつも英会話のカセットテープを聴いていた。音楽を聴きたい要求は全く起きなかった。テープは何十本も有ったけれど、それぞれ何十回も聞いた。本当は回答したり、声を出して繰り返したりしなければ成らないのだが、電車の中では、単に聞くだけ。傍に居た人にはどう言う風に聞こえていたかは定かではないが、自分が聞かないときに傍で英会話のテープを聴いている人が居て、特段の音は聞こえなかったので、多分騒音は発信していなかったものと見なしている。

最近出て来たアメリカ由来のハードデスク型プレーヤーの一般的名称は何というのか、寡聞にて存じ上げないが、超小型デジタル音楽プレーヤーとでも言うのか、それともぶら下げ型~~とは勿論言わないだろうなあ。

それが流行る前はCDプレーヤーというのが流行っていたが、発売最初はソフトが無いとか何とか言っていたけれど、プレーヤーの台数が少し増えたら、ソフトは爆発的に増加したらしい。自分の所はカセットで止まっていると言う訳では無く、CDプレーヤーまでは進んだけれど、それ以降は停滞しっぱなし。カセットの時代が長かった。

今外国語会話を勉強している人達は、どう言うプレーヤーを使っているのだろうか。カセットの時代は止めたり、ちょっと巻き戻したりして、しつこく聞いていたけれど、CDプレーヤーではそんな使い方は向かなそうだし、超小型~~は、益々向かなそうだし。やはり外国語を勉強している人達は、カセットテープでガチガチ押して止めたりちょっと巻き戻したりしながら聞いているのだろうか。それともそう言う方法はもう使われていないのだろうか。全く分からん。時代から少しずれたかも知れない、特に直す気も無いけれど。

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2007年7月18日 (水)

選挙のご案内(1)

もうすぐ参議院議員選挙だ。我が家にも選挙のご案内という黄色の葉書が来た。投票に行くと「~~さんですか」と人定尋問を行う元だ。ウィといつも返事をしているけれど、耳が遠かったり緊張したりして、返事がいちてんぽ遅れる人は、選挙管理委員会の人や立会人の人にジロッと見られて居るんだろうなあ。未だ住所はどちらに成りますか、とか生年月日はいつですか、と言う質問を受けた人を見たことは無いけれど、そう言う人も来るのだろうきっと。その黄色の紙と違う人なら、トレーニングをしてきているだろうから、そんなことには成らないけれど、本人なのに、そう言うところに行くと妙に緊張して、どもって、しなけりゃ良い言い訳をして益々疑われる人なんか居そうで、1回見てみたい。きっとそう言う人は、大きく分けると二つになると思う。二度と行かないタイプ、行かなければそんな目に遭うことは無いわけだから。もう一つは義務感が強くてそれでも行くタイプ、益々緊張して、いつも不審に思われて選挙が有ると聞けば、もうその日から憂鬱の始まり。

友達のその又友達に1回も選挙に行ったことが無いと言う人が居るらしい。その人は、自分より少し年上。少し風変わりとは聞いているが。友達の話によると、その人は選挙権は、一家に一票で良いと思っているか、一家に一票しか無いと思っているらしい。どちらも信じられないが。何十年も一回も行かないと言うのはそれはそれなりに凄い物だ。

自分は選挙にはいつも行っている。街が喧噪から解き放たれて、ちょっと良い街に見えるし、投票場内も地味で親切で良い雰囲気だ。好きな場所の1つである。昔の不在者投票、最近は期日前投票とか言うらしいが、それも良くする。日曜日は用事があるからとか言う事ではないが、何となく。指定投票所より市役所が近いと言うのも理由かも知れない。選挙結果を見ると、自分はずれて居るなあと思う。入れた人は殆ど当選しない、最下位というのも時々ある。そう言う意味では被選挙人は自分に投票を呼びかけない方が良いかも知れない。落選を誘発してしまう。

選挙は天候に因って投票率がかなり違うとニュースで言っている様だけれど本当か知らん。国政選挙なら様々な天候の所が有るだろうから、天気と投票率が正しい相関関係に有ることがデータを示して証明して欲しい、意味は無さそうな研究だけれど。それとも論戦が若しくは候補者が若しくは選挙人が低次元で投票率が低いとなったら、現実的だけれど相当悲しい。それでも投票率を上げたかったら、くじ引きで何かを与えると良いかも知れない。例えば東京デズニーランドの入場券、ハワイ旅行、1000円の商品券・・・投票所の出口で出口調査なんかしないで、ガラポン(正式には新井式回転抽選機と言うらしい)を置いといて、投票した人は、1回抽選が出来る。外れ無し(勿論ポケットティッシュ)。少なくとも暫くは世界中の話題を掠いそうだなあ。

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2007年7月16日 (月)

じゃないですかあ

「私ってお嬢さん育ちじゃないですかあ」

『お嬢さん育ちって自分で言うかあ、どんな家だったんだよう、あんたみたいなお嬢さんができた家は、それともお嬢さんの意味が違うのかい』

「私って歯が悪いじゃないですかあ」

『その年で歯がわるけりゃ、どうしようもねえだろう。子供の時ちゃんと歯磨いていたのかよ。それに今時珍しい出っ歯だし。』

「固い物食べられないんですよ」

『その割りにはフライドチキンやナンコツバリバリ食ってんじゃねえか、スイカ食ったらもっと凄いだろうなあ』

「私って食わず嫌いが多いから」

『言うのは勝手だけれど、そういう風には見えないぜ。こちらはあんたが食わず嫌いだ、全く』

「知らない人と一緒だと遠慮しているように見えるらしいんだけれど」

『全然そういう風には見えません、キッパリ。遠慮が無くなったら、どう言う風になるかも、恐いけれどちょっと見てみたい』

「私は楽しいんだけれど、人からは暗いとか思われるんですよ」

『全然思いません、暗く成るのはこちらの方です、今日は外れです。まさか人見知りするって言うんじゃ無いでしょうねえ』

「私って人見知りするじゃないですかあ」

『出たあ、悪い予感が当たったあ、あんたが人見知りじゃ、こっちは引き籠もりだあ』

「私って暗いところ苦手じゃないですかあ」

『そんなの知りません、どう言う意味ですか。何か特別な意味が有りません?それはともかく、暗いところからあんた見たいのが出てくるのは、こちらだって苦手です』

「私って寂しがり屋だから」

『えっどう言う意味?』

「同じ方向みたいだから、途中まで一緒に帰りませんか」

『拙い、送られ狼に捕まりそう』

「何かしちゃ駄目よ」

『それはこっちの台詞、何とかして脱走しなくちゃ、貞操の危機だあ』

年寄りにも若者にも、女にも男にも、田舎の夜も都会の夜も、危機をハランで更ける。ゴーン。

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2007年7月14日 (土)

70才無職

自分の友達に70才を過ぎた人が何人か居る。その内の1人、Aさんとは数年前に知り合った。年に23回一緒に軽く飲む。静かに飲む人で自分とは馬が合う。彼は今有職か、最近電話をしていないので不明。勿論有職と言っても勿論僧職でも無いし学識豊かと言う意味ではない。賃金を貰える仕事に就いているか、と言う意味である。

自分とは相当違った職歴である。ちょっと弟子についてみたい気もするし、ご免被った方が良い気もする。もっと若いときに知り合っていたら、もっと面白いことが起きたような気がする。

一緒に釣りに行って一日ノラーとして釣っていると気が休まる。夜待ち合わせて焼鳥屋の隅でポツリポツリと話をしながら飲むのも気が休まる。

彼はもう一般的に言うところのお爺さんである。彼は偶々小遣い稼ぎに仕事をする。働いて疲れて、そして軽く飲むのが楽しみの様だ。自分はあの年になったら多分あんなに働けるとは思えない、体力もさることながら気力がない気がする。要するに面倒くさいのだ。自分はラジオが好きだから、四六時中イヤホーンでラジオを聞きながら、ボンヤリ過ごしそうだ。ブラブラとその辺を彷徨いて、ベンチが有ったらどっかり座って、持参のお茶を飲んで、誰に気兼ね無くプカプカタバコを吸って流れる雲を見ている。社会に特段の迷惑も掛けないけれど、貢献も全くしない。自分は駄目だとは思わないけれど、傍目から見れば、ボヤッーとした駄目爺さんになって、グダグダと暮らすだろうと思う。

ニュースを聞いていると、人の紹介に幾つか要素が有るようだ。職業の紹介は特段の場合を除いては止めた方がよいと思う。平たく言えば、警察官が火を付けたとか、消防署員がドロボウをしたとかを除けば、これもちょっとかなあと思っているけれど。

30代、40代の離婚した女性の職業を紹介するときは、差別感を感じる事が多い。放送局側は事実を伝えているのだから、と言う傲慢が有るように思える。ワザワザパート従業員と言う必要が有るだろうか、現在結婚していれば主婦ですまされるような感じなのに。

70才を越えたお爺さんを紹介するとき、ワザワザ無職と断ることはない。お婆さんにも主婦とか言わない方が良い。65才を越えたら会社の役員を含めて自営業の人を除けば殆ど無職だぜ。70才を越えて、農業だったり漁業だったり何かの職人だったりするのは田舎じゃざらだけれども、家業が無くサラリーマンだったならもう殆ど無職。

国会議員も65才を超えたら次の選挙に立候補出来ないようにすれば、社会はもうちょっと変わるかも知れない。健康で意欲がある人に真剣に職場を提供する気になるかも知れない。但し、責任を取らないで裏で悪さをする人が増えて、今より悪く成るような気もするけれども。

自分は爺さんに成ったら無職に成ると思うけれど、ワザワザ無職って紹介されるは気分が良くない、職を求めているみたいじゃ無いか。自分は職は求めていない、多分。嫌がる潜在者がたくさん居る気がする、のけ者にするなよって。

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2007年7月12日 (木)

盛っ切り

昔商店街に有る事務所で働いていた事がある。斜向かいに酒屋が有った。最近の様に酒屋がドンドン廃業してゆく時代じゃなかった。午後から店は段々忙しくなって、店にお客は頻繁に訪れる。配達も多かった。夕方になると、詰まり事務所で仕事が終わり、帰る頃に成ると、酒屋には何人もカウンターで飲む人が有った。盛っ切りである。外から目立たないコの字型のカウンターがあった。焼き海苔、蒲鉾、サキイカ、ピーナッツなどを食べながら、男達が立ち飲み。殆どは常連で静かに飲んでいる風だった。まあ多分12杯飲んで帰るのだろう。自分は入った事は無かったが、今考えると、何かあった日に一杯引っかけてから帰ると気が休まったかも知れない。

今はスタンドバーとか言って、小綺麗で小さな飲み屋が有るようだ。現代の1つの出会いの場だったりするのだろう。若い女性が居ることも多いらしい。自分は入る気はしない。

昔風の盛っ切り屋は今でも何処かに生き残って居るのだろうか。自分は1人で酒を飲むことは滅多にないが、有ったら、ちょっと立ち寄ってみたい。何かちょっと多分、少しだけ心境の変化を体験できそうな気がする。見ているだけじゃ分からないことも結構あるから。1人で飲むとちょっと物思いに耽りそう。

高校生の頃、列車通学をしていた。冬になると時により列車が遅れた。峠で吹雪きって事。今と違って小出しで30分位遅れるみたいなことを34回放送される。今だったら駅員に詰め寄る、みたいな事だろうけれど、当時は今より余程暢気だった。それが乗換駅で起きると、駅から遠くにも離れられないし、ボンヤリして過ごす事が多かった。下校の時だと、間が悪いと腹は減るし、寒いしで、今考えると、深刻そうだけれど、当時は特に考えもしなかった。お金があるとき駅に隣接したうどん屋に何回か入った事が有る。はっきりは覚えていないがうどんは560円だった気がする。そこに居る大人達は盛っ切りを飲んでいた。自分も2回飲んだことが有る。防寒着を着ていたかも知れないけれど、どう見たって高校生、鞄ぐらい持っていただろう。今だったら通報されたことだろうけれど、当時は特に何も起きなかった。

うどんを食べてお腹一杯になって、盛っ切りを飲んで酔って、頭はちょっと痛かったけれど、心は軽く待合室に戻り、運良く座れれば、うつらうつらして列車を待った。列車から降りると、外はチラチラ雪が降り、空は暗く、空気は冷たい。風が吹いている。家に着く頃には勿論醒めていた。北国の田舎の青春もそれなりに悩み多けれど、今考えると暢気で楽しかった。心は当時のまんまのつもり、年は行ってしまった。

そう言えばあれ以来盛っ切りを飲んでいない。散歩の時にでも見つけたら、入って一杯飲んでこよう。

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2007年7月10日 (火)

セロリの食べ方

子供の時には食べたことが無かった。あの独特の強い香りで食べられなかった、と言う意味では無い。見た事が無かった。多分田舎には無かったと思う。その内テレビでサラダとして丸かじりの宣伝が流れて知るようになった。食べるのは茎でそれも繊維質の少ない元の部分の様だった。知るように成ってからも、暫く食べたことはなかった。初めて食べたのはいつのことかハッキリは覚えていない。中学生の頃だと思う。多分サラダで当時流行っていたフレンチドレッシングを付けて食べたのだろう。

こちらに出て来て、安いし栄養も有りそうだし時々買って食べた。今と違ってもっと大きな塊で売っていた。一株で売って居たようにも記憶する。最初の内は、元の繊維質で無い所を食べて後は捨てていた。勿体ないなあと思って枝の方も葉っぱも刻んで汁に入れたり、即席ラーメンに入れたりして食べるようになった。十分違和感なく食べることが出来た。それで捨てるところが無くなり、安心して食べられるようになった。その内刻んで牛肉と炒めて食べると独特の美味しさが有る事が解り、気に入ったおかずの1つに成った。今は葉っぱを最も好んで食べている。23枚むしってみそ汁や即席吸い物に入れて食べるのがお気に入り。

旅行していてトムヤムクンやカイチャウ(オムレツの1種)を初めて食べたとき、上にパラパラ置かれているのはセロリの葉っぱだと思った。品種はちょっと違う様だったけれど。後でその葉っぱはパクチーと言う事で、セリ科ではあるけれど別の属であることが分かった。英語で言うとコリアンダー。この葉っぱを好きならば一連の料理が美味いし好きになれるけれども、駄目ならもう食べるものは相当制限される。

嫌いな物を食べる事はないけれど、嫌いだと思い込んで食べないことも多い気がする。「食べたことは有るんだけれど好きに成れないんだよね」っですまさない方が良いことも有ると思う。その地域の人が食べていて美味しいと思っていれば、よそ者でもちょっと慣れるとそれなりに美味しく食べられるものだと思う。アレルギーがあるとか、親の遺言で食べないと言うのはそれはそれで良い。単に自己差別化か自己上品化かの意図で「だから来たくなかったんだよ」みたいな人は、こちらからお断り。

確か大伴旅人の歌の中に、利口ぶって酒を飲まない奴は好きになれない、良く見れば猿のようだ、って言うのが有った気がする。こんな所で千年以上前の人と共感してしまった。

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2007年7月 8日 (日)

割り箸

今自分はお弁当を食べるときに割り箸を使っている。高校生の時には、適当な塗り箸を使っていた。最初は弁当箱に付属していたプラスティックの箸を使っていたが、その内ケースに合う適当な箸を使うようになった。何かの拍子で歯が折れるほど箸を咬んで、何回か箸を折ったことが有る。

当時は今ほど割り箸を使わなかった。自分は外食も余りしなかったので、割り箸を使う機会は少なかった。偶に折り詰めとか食べる機会が有れば、割り箸を使ったように思う。勿論頻度は少なかった。

今割り箸を巡る環境問題が時々話題になっている。自分は外で食事をして、割り箸で無いのは好みでは無い。金属製のナイフとかフォークには余り抵抗がないが、プラスティックや安ものの塗り箸が出ているところは嫌いだ。余程の事が無い限り、二度と行かない。

割り箸の使用を止めれば、森林の伐採が減少する、洪水が減る、砂漠化が止まる、だからプラスティック製の箸にする、これは環境問題の解決の一助です、と言うのはまやかしのような気がする。何か怪しい。プラスティックは化石資源だから、どう考えたって有限だ。二酸化炭素も増えそうだ。ついでにダイオキシンもでそうだ。もう少しデータを検証してからやった方が良い様に思う。

日本の疲弊した林業を飯が食える産業にするためには、間伐材を利用し労働に見合った価格で取引すれば良いと思う。自分の短い経験でも奥多摩の林は自分がこちらに出て来た頃より荒れている。長い間山菜を採りに行っているので肌で感じる。倒木が放置されている所が多いし、間伐が適宜行われていない所も多い。悲しいことだ。

時に買う400円の弁当が405円になっても、日本の間伐材で作った割り箸付きなら、自分は喜んで買う。大きな弁当チェーンとか、外食産業の連合会とか、日本中に店舗を展開している会社が、道を付けて、何処かの森林組合と提携して間伐材の利用を進めて行けば良いと思う。これなら環境にも産業にも貢献しそうだし、消費者も納得できるような気がする。森林はしっかり手入れすれば永久に使える資源だ。どうしても、弁当は400円で、日本の割り箸より、何処産でも安い方が良い、と言うのであれば、それはそれでしょうがないけれど、防腐剤とか漂白剤とかたっぷり入って居る可能性の有る事を覚悟した上の方が良い。

割り箸には賛成しかねるけれども、何となくプラスティックの繰り返し使っている箸がお気に召さない方は自分の箸を持参?

店も国産割り箸、輸入割り箸、プラスティック箸、前橋じゃなかったマイ箸とか成るのだろうか。店舗の前に掲示するようになったりして。

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2007年7月 6日 (金)

誘導用ブロック

今選挙が近づいてきている。駅には政党の人達や、各種団体が数人のグループで幟を立て、ビラを配り道行く人に呼びかけている。自分はなるべく貰って読むようにしている。大変参考になる。こんな事を言っているようじゃ、投票する気になれんなあ、と言うのが多いけれど。止めて貰いたい言い回しも幾つか有る。

「朝から大きな声でお騒がせして申し訳ありません」「お忙しい中、お聞きいただきありがとうございました」など。本気で言っているのかいな、と思ってしまう。

駅に来ている人達は、自分を含めて、毎日大体同じ電車に乗っているのだから、演説している人達の前を通るのは10秒、20秒の事だ。まともな話でもこれでは中身なんか分かりゃしない。あざとい言い回しで、印象に残るように話している連中に投票する気には成れないし。

某野党は年金が不明の件を追求するらしいけれど、確かお偉いさんが昔、厚生大臣をやっていた気がする。その時何か決断して、凄いなあと思った様に記憶しているけれど、追求なんかすると、藪蛇じゃ無いかしら。当時だってこの問題は有っただろうから。それとも内部抗争の手段?そうだったら我々は良い面の皮。権力闘争の為では無く、彼らがよく使う国民の為にしっかり働いて欲しい。

貰った印刷物を読むと、と言うより見ると、福祉の事、生活の事などの訴えが多い。どの団体も実際の中身はそんなに変わらない気がする。その割には意見を出し合ってよりよい方に協力して進もうと言う感じは全くしない。揚げ足を取っての非難合戦。と言うことはやっぱりこれも単なる権力闘争の一環?そんなに落ち込むことも無いか。

数日前に駅から出てバス停に向かおうとしていたとき、遠目に一本前の電車で来た風の白い杖を持った人が誘導用ブロックを頼りに歩いていた。その近くに78人の団体が幟を立てて手分けして数人がビラを配って、1人の人が演説をしていた。盛んに年金の事、福祉の事を話していたが、その白い杖の人に駆け寄り、声を掛けた人は居なかった。着流しの何とか侍だったら、“残念!”と言ったことだろう。

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2007年7月 4日 (水)

職業不詳

警察の発表で使われる場合には、特殊な意味が有るようだ。何をして生活をしているか不詳という意味ではない。まあ平たく言えば、社会の福祉に合致しない“仕事”のみを行っている場合は“職業不詳”と言っているようだ。職業:詐欺師、ドロボウ、強請、たかり、とは発表しない。表向きの仕事があれば、そちらの方は紹介しているようだ。会社員とか不動産業とか露天商とか建設業とか。

つい最近まで、ニュースなどを見ても特に何も考えないで、見過ごしていたが、はたとこれは何じゃと思った。不詳なら調べてから発表すれば良い、と言うことは不詳なんかじゃなくて、詳細について分かったから、指名手配若しくは逮捕したけれど、有罪が確定するまでは、推定無罪であり人格権の問題で“不詳”などと発表しているのだろう。

世の中に解説のテレビ番組とか、用語解説の事典とか数多有るが、不詳:つまびらかでないこと、はっきり分からないこと、くわしくは分からないこと、そんな解説が氾濫している。分かりやすく実態を説明して欲しい。

選良の「善処します」とは『余りにごもっともな指摘なので、何にもしませんとはいえませんから、「善処します」と言いますけれど実効有ることをする気も予算も有りません、悪しからず』

内の家内は別の意味で職業不詳かも知れない。

曜日に因って色々違いが有るので、煩雑だから適当に説明する。7時頃から9時頃まで近くの事務所の清掃。その足で小さな地元のスーパーに行って弁当作りの補助。昼過ぎに帰ってきて、掃除洗濯など一般的家事を済ませる。夕方焼鳥屋に行って仕込みの手伝いから始まって、洗い場厨房とこなして、深夜に帰宅。パートタイマーのようだけれど、総労働時間は、並のサラリーマンより長い。雇い主は何処も保険を払ってくれないから、会社員とも言い難い。主婦の一面は持っているけれど、そう紹介するには抵抗が有る。

全くの休みは友達と会ってファミレスでランチとかその後一緒に散歩、カラオケ。それがないときは9時半に家を出て、10時からパチンコ。沢山出た時は夕方には帰る。全く駄目なときはもっと早い。一進一退が続くときは夜10時半の閉店まで店に居る。至って元気。一箇所から貰う金子はそれ程多くは無いが、我が家の収入の過半を占める。職業不詳。

世の中にはこんな人は結構ざらに居ると思う。田舎には農業漁業お店のパートをやっている人は沢山いる。

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2007年7月 2日 (月)

ニョロニョロ

78年前、外房の大きな分譲マンションの近くを散歩した。マウンテンバイクの練習場が有った。その日は走っている人は居ないようだった。オートキャンプ場が有った。ちょっと中を覗いてみたい感じがして門の所に近づいたが、部外者立ち入り禁止のような事が書いてあり、Uターンした。尤もな事だろうけれど、ちょっと残念だった。事務所が有れば案内を貰いたいと思ったが止めた。実際オートキャンプに行くことは無いだろうけれど、想像したい気がしたので。

海岸線が見えるダラダラ道、国道から少し入った道、とても田舎な雰囲気。大きな分譲マンションが見えて、位置関係が解り国道の方に戻ろうとした。一緒に居た家内を左側に誘導して行こうとしたが、ドンドン右側に行く。道なりだとそちらだから。でも駄目な理由が有る。自分は少し前に藪の傍を大きなニョロニョロが匍って居るのを見つけたから、近づきたくなかったし、口に出すのも嫌だったから。とうとう口に出した。家内も飛び上がったが、こちらもゾッとした。

数年前に野川緑道を散歩しているとき、数人の人がコンクリートの土手から何かを見ている。覗いている方向から察するとろくな物ではない。仲間には入らず通り過ぎたが、ちらと横目で彼らの視線の先を見ると、やっぱりニョロニョロがのたうっていた。誰かが一撃を食らわせたのだろう。

一昨年だったか野川に掛かる橋を途中まで渡ると右側に蔦類が繁茂していて、その上側にニョロニョロが居た。幅2メートル程の人道橋なので本当は近づきたくないのだが、万やむを得ず渡った。その後何人も渡ったが、気付いていない風だった。あれは幻か、そんなことは無い。

相当前に研究室を見せて貰ったときに、中に居た研究員の1人が小さなビンを指差したので、顔を近づけて見たら小さなニョロニョロが解剖されて、心臓がドキドキしていた。こちらの心臓は止まりそうに成った。飛び退いたので、嫌いなのが分かったのだろう。「私も嫌いよ」とニッコリしてケロッと言われた。飛びかかって首を絞めた、と言うのは嘘。

会いたいものにも時々会うが、会いたくないものにも時々会う。最近この比率をちょっぴり良い方に変える方法を思い付いた。自分には未だそんなに効果は出ていないようだけれど。

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