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2007年7月10日 (火)

セロリの食べ方

子供の時には食べたことが無かった。あの独特の強い香りで食べられなかった、と言う意味では無い。見た事が無かった。多分田舎には無かったと思う。その内テレビでサラダとして丸かじりの宣伝が流れて知るようになった。食べるのは茎でそれも繊維質の少ない元の部分の様だった。知るように成ってからも、暫く食べたことはなかった。初めて食べたのはいつのことかハッキリは覚えていない。中学生の頃だと思う。多分サラダで当時流行っていたフレンチドレッシングを付けて食べたのだろう。

こちらに出て来て、安いし栄養も有りそうだし時々買って食べた。今と違ってもっと大きな塊で売っていた。一株で売って居たようにも記憶する。最初の内は、元の繊維質で無い所を食べて後は捨てていた。勿体ないなあと思って枝の方も葉っぱも刻んで汁に入れたり、即席ラーメンに入れたりして食べるようになった。十分違和感なく食べることが出来た。それで捨てるところが無くなり、安心して食べられるようになった。その内刻んで牛肉と炒めて食べると独特の美味しさが有る事が解り、気に入ったおかずの1つに成った。今は葉っぱを最も好んで食べている。23枚むしってみそ汁や即席吸い物に入れて食べるのがお気に入り。

旅行していてトムヤムクンやカイチャウ(オムレツの1種)を初めて食べたとき、上にパラパラ置かれているのはセロリの葉っぱだと思った。品種はちょっと違う様だったけれど。後でその葉っぱはパクチーと言う事で、セリ科ではあるけれど別の属であることが分かった。英語で言うとコリアンダー。この葉っぱを好きならば一連の料理が美味いし好きになれるけれども、駄目ならもう食べるものは相当制限される。

嫌いな物を食べる事はないけれど、嫌いだと思い込んで食べないことも多い気がする。「食べたことは有るんだけれど好きに成れないんだよね」っですまさない方が良いことも有ると思う。その地域の人が食べていて美味しいと思っていれば、よそ者でもちょっと慣れるとそれなりに美味しく食べられるものだと思う。アレルギーがあるとか、親の遺言で食べないと言うのはそれはそれで良い。単に自己差別化か自己上品化かの意図で「だから来たくなかったんだよ」みたいな人は、こちらからお断り。

確か大伴旅人の歌の中に、利口ぶって酒を飲まない奴は好きになれない、良く見れば猿のようだ、って言うのが有った気がする。こんな所で千年以上前の人と共感してしまった。

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