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2007年8月 7日 (火)

心配性・心肺症

自分は大昔受験をした時、特に心配はしなかった。あの答えはちゃんと書いただろうか、とか失敗したらどうしようかとか殆ど考えもしなかった。勿論結果が悪いことは幾多も有った。仕方がねえなあ、と思っただけである。暫くは力が抜けるけれども、過ぎた事は如何ともし難いし、そもそもそれを招来したのは自分であるし。

後年入札に参加することが、業務の大きな柱だったが、失格になったらどうしようとか、まけたらどうしようとかは受験と同じで殆ど考えなかった。精々考えたのは力不足若しくは読み違いで参加が出来なかったら嫌だなあと言う事。札を入れた後は、特段何も心配はしなかった。もう考えてもなんにも成らない。期日が来れば分かることだし、別に打つ手は無い。

と言うと自分は全く心配性じゃない様に感ぜられるが、逆である。全くの心配性である。

1人で家にいる。気楽、暢気で好きである。良く本を読む。歴史の本だと近くに年表と人名辞典を用意しておく。散歩にも行く。大きな雑貨屋?に入って新しい発見を期待する。簡単な料理(即席ラーメン+半ライス+卵焼き+漬物+大福)をしてテレビを見ながら、時間に因ってラジオを聞きながら食べる。中央線若しくは西武線の人身事故のニュースが流れる。やおら心配になる。家の者が轢かれてのではないか。

胸中に心配の黒雲がムラムラッと湧き上がる。脇からタラッと汗が流れる。額にジワッと脂汗が滲む。否そんなはずはない。時間的におかしい。少し安心するが、不調で少し休んでから移動したので時間が掛かったのかも知れない。台風の接近の時の流れの速い雲が心の中を流れる。心臓がドキドキする。息が荒くなる、だから心肺症と言う訳ではないが。そんなことはない。必死に否定する。時間と共に冷静になって、今までも何でもなかったのだからきっと今日も何でも無いだろう、と思う。段々振幅は小さくなって行くが、心配は止まらない。夜に成って家人が帰る。概ね予定通りである。安心する。心配したことはおくびにも出さない。

家人が色々話す。そうかそうかと言って聞く。時々質問とかする。心配したことは全く言わない。家人は「暢気で良いわねえ」と言う。

暢気なのだろうか。

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