« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年9月29日 (土)

麺類好き

自分は麺類が好きである。朝は週に2回程度スパゲッティを食べている。勿論自分で湯がいて、さすがにペペロンチーノは食べない。焼きそばはお湯を注ぐタイプで週に1回程度。ラーメンも週に1回程度。夏はソーメンや蕎麦を食べることも有る。小さな即席お湯掛け麺をスープ代わりに食べることも多い。

偶に近くに有るラーメン街道に行って食べている。長い間通っていた贔屓の店が突然移転してしまった。ある日行ったら蛻の殻、誠に残念。仕方がないので最近は南側から一軒ずつ攻めている。好きな味を探そうと思って。自分は味覚がずれているのか、世間の評判とはちょっと違う感想を持つ事が多い。この間は偶々行列の出来る店に行列が無くスッと入って食べた。自分の好みじゃ無かった、二度と行かない。

普通の味噌ラーメンが700円を超えるとそれだけで評価の基準がメッチャ高くなる。具が殆ど乗っていない塩ラーメンや醤油ラーメンが700円だったりすると、そこには二度と行かない。それから普通より量が少なめだと、それも厳しい評価。半ライスが150円でおまけにべちゃべちゃだと、もう二度と行かない。

味が薄いと、そこらに有るラー油、胡椒、豆板醤、唐辛子、醤油などグジャグジャ掛けて食べている。これは嘘。サッサと食べて地味に脱走。拘りオヤジとか若者に睨まれたら、出るときに塩を撒かれそうだし、次は無いと思うけれど、間違って入った次の時には毒でも盛られそうだ。

蕎麦屋にはいると、必ずセットものを頼む、キツネそば+カツ丼、たぬきうどん+親子丼。うどん、蕎麦の類は自分で作って食べることが多い。

パスタ類もよく食べているけれど、外で食べることは希だ。殆どは家で作って食べる。山盛り食べる。

自分は麺グルメかなあ、と思っていた時期も有るが結局は、自宅で食べると安くて、お腹が一杯になって、という経済上の理由じゃないか知らん、と思うに至った。好みも経済上の制約の上に成り立っている、当たり前だろうけれど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月27日 (木)

日本の夏

もうすぐ夏が終わりそうだ。寂しい。秋とか冬は嫌いだなあ。何が嫌いって、日が短くなるのが嫌い。それ以外は平気。寒い地方で生まれたから、と言うのは関係ないけれど、寒いのは平気、勿論暑いのも平気。

寒い冬を(精々東京の話だけれど)乗り切るのは簡単です。11月に入って、冷たい雨が降る時がある、その時に厚着をしないこと。それが、終わってその内木枯らしが吹く週末が有るだろう。その時に厚着をしないで、シャツにトレーナー程度。薄日の差す公園のベンチに坐って、午後から2時間ほど読書をする。結構体が冷えます。それを2、3回すればその冬は、寒さ知らずで過ごせます。兎も角急に寒くなったときに厚着をしないこと。

知り合いにシベリヤ抑留された人が居る。彼曰く、1年目の冬は故国に帰れないと思った。勿論寒くて死ぬと思った。2年目の冬はもしかしたら生き残って帰れるかも知れないと思った。3年目の冬は寒さで死ぬ気はしなかった。彼はその次の春に故国に帰った。

その逆に暑い夏を平気で乗り切るのも又簡単です。梅雨が終わって暑くなった最初の週末に、炎天下で下着が汗でビッショリになるまで軽い運動をする事、草むしりが良いが、関係の無いところの草をむしると、色々問題が有るので、有ったら自宅の草をむしりましょう。ココまでは誰でするがこれからが肝心だ。その汗が体温で乾くまで、風通しの良い日陰のベンチで休む、それを2、3回繰り返す。それを2週末続けて遣ればその夏はもう平気です。

知り合いに大東亜戦争で赤道を越えて戦った人が居る。病気にもなった、栄養不足にもなった、でも2年、3年いる内に暑さは平気になった。解放されて、祖国の土を踏んだのは嬉しいが、冬の寒さが身に応えて死ぬかと思ったと言っていた。

どうぞ遣ってみてください。夏冬共に効果が無くても、病気になっても責任は持ちませんけれど。

あ話が逸れた。日本の夏はなんと言っても蝉の声だ。日本中何処へ行っても、例え新宿でも銀座でも三鷹でも立川でも夏の暑い空気には蝉の声が満ちている。みんな慣れて、全く聞こえない風だが、日本の夏は暑い空気に蝉の声が満ちている。蝉の声が無かったら夏が来た気がしない。

今度何処でも新しい町に行ったら蝉の声が有るか意識してみると良い。蝉の声だらけだ。もう今年は間に合わないかも知れないけれど。蝉の声。何処か新しいところに行ったら先ず蝉の声。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月25日 (火)

小事件連続

今日は朝から小事件が連続した。

朝の電車の中で、後ろの人が携帯電話でブツブツずっと話をしていた。ラジオを聞いているので、話の内容は分からないが、何となく違和感の有る話の様な気がしていた。降りるとき人に押されてその人が見えたが、携帯電話ではなく独り言だった。俺も時々、何かを思い出して、アッとか言うけれど。

帰りにバスに乗り込んだら、買い物鞄の様な大きさの鞄を4つ持ってポシェットを袈裟懸けにしているお婆さんがいた。何となく身なりが良くない。降りかけに手伝いましょうかと声を掛けた。少しだけ間を置いた。返答は無かったが、顔で明確に断られた。気になってバスを降りてから、暫くして振り向いたら自分と同じ方向に歩いて来ていたはずなのに、もう背を向けて反対側に歩いていた。母親を思い出した。

駅の改札を抜けてホームに向かっている時、その通路の真ん中辺りに突っ立っている高校生らしい3人組の男子。その脇を通り過ぎてホームに降りた。ベンチに座ってコンビニで買ってきたらしい弁当を食べている初老の人。その人の傍を通り過ぎるときジロッと見られたのが分かった。ホームを進んでいつもの場所に向かっていると、傘ゴルフの若い男性とその連れ、ナイスショット、今時傘ゴルフか。迂回して進んでゆくと、シャドーボウリングの40才ぐらいの女性、アッ、6710のスプリットかあ。いつもの場所から喫煙所が見える。若い数人の男女が朦々と煙を上げている、外は雨で空気が湿っていた。

電車に乗り込んだ。次の駅でも乗る人が多く混んだ。気付いたら携帯電話を使用中の人に囲まれた。石垣の六方積みのように固められた。回りの六人が全員携帯電話を見ながら何か真剣風に操作をしていた。丸腰の俺は落ち着かない。少しの間だけれど本を出して読もうとしたが、気が散って読めなかった。目の前で棚に鞄を載せている中年の男性、鞄の紐が何回も垂れて、坐っている初老の女性の目の前に落ちる、その度に上げるがまたすぐ落ちて垂れる。2人とも無言。

最寄りの駅に着いて、歩いてくると歩道から少し下がった商店の入り口近くに有る一段高くなっているところに身なりが良くない老女が座ってペットボトルのお茶を飲んでいた。その隣に若い男性が、やはり何か飲んでいた。

俺はそこで急に思い出したことが有り、歩道の屋根を支える柱に寄りかかってメモを取った。そして朝持って出た水筒を鞄から出して未だ冷たさの残るお茶を飲んだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月23日 (日)

裸足の女(2)

今年の初夏の日曜日に近くの自然公園に散歩に出た。未だ猛暑の夏を予想した人は居なかった。

ゆっくり歩いて行った。もうすっかり初夏だ。眩しい。その小高い公園を巡り歩いた。ムサシノキスゲが斜面一杯に咲いていた。キンラン、ギンランも咲いていた。公園の中は新緑の匂いがした。もうハリエンジュの花はすっかり終わっていた。今年はその公園のハリエンジュの香を楽しむ事が出来なかった。1つ楽しみを逸してしまった。

公園の戻り比較的大きな交差点を渡ろうとしているとき、中年のオバサンとすれ違った。買い物帰り風だった。1箇所だけ自分にとって変だった。裸足である。もうちょっと観察したかったが、勢いで青信号を渡ってしまった。それ以来その人を見かけていない。

昔シルクロード上の或る町に行った。最初の朝、ホテルのダイニングに靴下を履いて行った。トレーニングウェアを着ていた。ボーイが目ざとく見つけて、履物はどうしたと言う。その夜サンダルを買って、次の日からそのサンダルを履いて朝食に行った。ボーイは自分の足下を見て安心した顔で何も言わなかった。

裸足のオバサンとすれ違った瞬間にそんな昔のあの町の事などを思い出した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月21日 (金)

中古車

10年ほど前に中古車を買った。或る金曜日に指定の駐車場に納車された。土曜日に朝早く、駐車場に行ってみると、自分が買った軽自動車がそこに止まっていた。ずっと前から止まっていたように止まっていた。思わず笑みがこぼれた。自分の車が自分を待ってそこにいつも止まっている。ワクワクする感覚。

中学生の頃、自分の自転車を買って貰った時の感覚に似ている。自分だけの自転車。学校から帰るとその自転車に乗って村の中を探検して回った。木枯らしが吹いて、雪が降り始めると数ヶ月のお休み。ぼろ切れで丁寧に拭いて油を差すところにタップリ油を差して、小屋の片隅に大きな布きれを掛けて仕舞った。

早速家族で買い物に。免許を取ってからは相当年月経っているので、運転することに対しては大して感慨は無いけれど、自分だけがそのキーを持っていることは、何か嬉しい感じ。正確には家内もスペアキーを持っているが、免許が無いので、運転することは無い。買い物に行って、適当に戻ってきて車の中で待っているときに使う。冬は寒いだけだから、日当たりに止まっていれば車の中で待っていることも平気だけれど。夏は暑くて中に居られたものではないから、そう言うことは無い。

2年前にその中古車も騒音が激しく、クーラーも効かなくなって、その他もろもろガタが来て、新しい中古車にした。最後にディーラーに置いてきたときは、傷ついた友人を見舞って病院を出たときの感じ。物だけれど、ちょっと後ろ髪が引かれる気がした。走れるかどうかという点では未だ走れたわけだから。

今は新しい中古車に絶好調でお世話になっている。最初に自分が契約した駐車場に配車されて見たときの気持ちでいつも車に乗るようにしている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月19日 (水)

クールビズ(2)

国会でクールビズの提唱も良いけれど、国会内では実効は無さそうである。坊主にくけりゃで提唱者の政策に反対している連中は関心無く、従来通りの服装である。

冷房の温度を28℃に設定何ぞしないで24℃で良いから、今年の様な8月に丸々宿舎から最寄り駅まで歩いて、公共交通機関を利用して23回乗り換えて国会まで歩いて通えばきっと何か少しは悟るところが有ると思うぜ。

どうしても勤め人は上司よりラフな服装はしにくいものだ。高級乗用車や高級事務室にいる確率の高い人達や上級官庁、上司など率先して気候に合った服装を継続してくれれば、自然に服装はそうなって行くと思う。今夏のように強烈な暑さもその内季節が移って涼しくなれば、議論も中途半端で服装も中途半端で、又来年になれば1から議論の遣り直しって事になりかねない。

石油が下がって省エネの必要性が相対的に下がったら、省エネルックは直ぐに忘れ去られたように。モデルが悪かっただのデザインが悪かっただの批判した人々がいたように記憶しているけれど、基本である季節にあった、仕事に適した服装という論議が曖昧だったように思う。

真冬の霙の中、若い女性が素足にミュールを履いているのを見ると、眉を顰めるオジサンが、真夏に背広を着て汗を拭きながら駅に向かっていたことを忘れているようなものだ。

夏はアロハシャツ、冬はパーカーなどが良い。休みはシャルワーカミーズも愛用している。バロンでもトレーニングウェアでも良いと自分自身は思っている。特段の儀式の時だけは少し窮屈でも我慢する。真夏でも棺桶の中にいるときは、アロハシャツでなく経帷子で我慢する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月17日 (月)

無責任

たまに遅い時間に電車で帰る時が有る。運が悪いと隣に坐った人が酔っぱらい。自分も酔っぱらいだったりする時も有るけれど。もう少し運が悪いと、そいつが居眠りしてこちらに寄りかかってくる。遠慮しないで押し返す。広く空いていれば、親切にゆっくり手足を伸ばして寝せてやる。

もっと運が悪いと、酔っぱらいが、独り言を始める。愚痴だったりすると、一瞬同情するが、これが油断ならない。キッとこちらを見て、説教を始める大胆な奴がいたりする。大体言う事は同じだ。「酒を飲んでも飲まれてはいけません。酒は体に悪いからほどほどに。飲んでも良いが他人に迷惑を掛けてはいけません。社会道徳を守りましょう」もっともだけれど、グズグズの酔っぱらいからは聞きたくない。

しょうがないのでその人をあやして寝かしつける。丁度この電車は大月行きだ。ゆっくり良い夢を見て下さい。大月まで行っちゃう人の8割はこれじゃないかと思う。中央線じゃなく東海道線の方だったら、丁度この電車は沼津行きだ、となるのかなあ。快速ムーンライトながら、大垣行きならもっと面白い。指定席券が必要だが、チャンスが有ったら遣ってみたい。

安倍首相が辞任の意向を伝えると、多方面から特に反対派から「無責任、辞めるのだったら参院選直後に辞めるべきだった」と声を上げた人が多かった。参院選直後から辞めろ、辞めろと言っておきながら、いざ辞めたら無責任というのはどっちが無責任かしら。失敗は政策ではなく、偶々駄目な大臣が連続しちゃっただけのようにも思えるし、辞めちゃうと責めどころが無くなって、言葉を失い、辞めたのは無責任で怪しからん、と言う。参院選の結果は民意だとうけれど、先の衆院選だって民意だろうし、間接的とは言え、それで首相を選任したのだから。彼らの言っていることは、中央線の酔っぱらいの話?

インド洋のガソリンスタンドは利益が上がらないから、廃業しろと行っておきながら、外交的に発言した事が、主が変わっては、発言の信頼性が疑われるから、無責任で怪しからん、とも言っている。何が言いたいのか、やはり酔っぱらいの言か。あっちは相当混乱している様だ。だからいつまで経っても駄目なんじゃないかと思う、あちらこちら矛盾だらけの話ではなく、熟慮して全体として整合性の有る話をお願いします。

「べき」というのは、取り返しの付かない過去の事について責めているわけで、誠に見苦しい。何か悪事をはたらいたのなら償わなければならないけれど、反対派に取っては良いことをしたのに、ガンガン責める。どうなっているのかねえ。自分にお鉢が回ってきそうになってビビッているとしか思えない。

更迭された大臣達と同じ金銭の問題が全くないのなら、率先して領収書を添付して、政治資金の使い道を公開して欲しいものだ。

与野党どっちでも、政敵でも同じ日本国民を代表しているのなら、仲間として、好敵手として、激励する人はいないのかねえ、罵詈雑言をしたり顔で言う奴は多いねえ、相手は自分の国の首相だろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月12日 (水)

安倍首相辞意

残念であった。 

信頼を欠くような金銭問題続出で、大臣が連チャンで更迭。参議院選での大敗。衆議院では三分の二を与党が占めているのだから、突っ張れば十分突っ張れたのに。開き直っちゃいけないと思うけれど、ちょっと考え方を変えて、大敗の件は、自己の利益を計る人は駄目よ、と言うお灸ぐらいに思えば。サイレントマジョリティは何でしょうかねえ。

個人的には音叉の様に共鳴する部分が有った気がしたので、残念でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月10日 (月)

奥多摩でBBQ

先月、仲間とBBQをした。奥多摩の河原に集合。朝から結構の人出で有った。仲間の1人が青梅なので良い場所を確保した。当日は予想以上に暑かった。今夏は特に暑い。ブルーシートをL字型にして上と南側だけのテントで日陰を作った。にもかかわらず強烈な暑さで準備している間にみんな汗だくに成った。ビールを飲みながらその何倍も汗が出て、10時頃には体がベトベトになった。むき出しの脛と腕は蚊に食われたり、虻に刺されたりブユに食われたりで血だらけ。短パンTシャツのママ流れに入って、体を洗い冷やした。上がってタオルを腰に巻いて、着ていたものは木々の間に渡したロープに干した。翩翻とひるがえった。肉が焼ける頃には乾いて着ることが出来た。

ニワトリと言うことにした肉は網の上で焼いた。ヒツジと言うことにした肉は脚やリブなど適当な大きさにして大串に刺して直火で焼いた。前夜からタレに漬けたり、塩を塗したり、タンドリーソースに漬け込んでおいた。辺りには食欲をそそる匂いが立ち上った。一部は朦々と煙った。串に刺してウナギの丸焼きと言うことにした奴も中々の焼け具合になった。

焼けたところで長老が「みなさん食べましょう」と宣言。焼酎のウーロン割り、ジュース割りも追加された。たらふく食べ飲んだ。昼過ぎには殆ど出来上がってしまい半分は日陰で昼寝、半分はイモリと水草を取りに行って大収穫。

元気な連中が、ひも付きのビニール袋に入れて、道行く人々に売った。三十数袋完売。飲物代が出た。肉類は自家調達なので少ない費用で十分楽しめた。ここ数年の我々の真夏の楽しみ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月 8日 (土)

鹿戸

台風5号の時に、宮島に行った。勿論安芸の宮島、厳島神社。ワザワザ台風に向かって行かなくとも。予約していたところに台風が来たので有りまして、台風に向かっていったのではありません、念のため。時折強い雨が降って、合羽も傘も持っていたけれど、靴はグチャグチャに濡れた。

朝は高潮で場所によっては床に冠水したところも有ったらしい。到着した昼前には潮が引いた。回廊の下にチョコチョコ動くもの有り、蟹。何カ所かで立ち止まってじっくり見た。動くものを見ていると、心が刺激されて様々なことを思い出す。色んな事を思い出しながら、ゆっくり歩いた。

宮島には神鹿あり。潮の引いた海底を歩いたり、小川の中を歩いたり、勿論街の中を歩いたり。動物に近づかれるのは苦手だ。敬して近づかなかった。落語の鹿政談じゃないけれど、お互い間違いが有っても嫌だし、これは宮島ではなく奈良の話だったか。

大抵の動物、食べるのは平気だけれど、近づかれてジッと見られるのは苦手だ。犬でも猫でも鹿でも人間でも勿論ヘビでもゴキブリでも。

宮島の公衆トイレには鹿戸が付いている。その他鹿に用件がないところにも付いているらしいが、確認できなかった。鹿は体で押して戸を開けて入ることは出来るらしいが、引いて入ることは出来ないので、引いて入る鹿戸を付けておくと、鹿は入れない。人間のお手洗いに神鹿とは言えお互い顔を会わせるところではないから、良いことだ。いつの時代から有るかは不明だけれど、清盛の頃だって多分公衆トイレは有っただろうから、その内誰かが思い付いて取り付けたのだろう。神鹿は敬してもせめてお手洗いにいるときは気兼ねなく、先人の知恵。

島の中をグジョグジョの靴で歩き回りながら、シカトする、と言うのはこの言葉も関係有るかと思った。調べてみたら、特段関係は無く、「鹿(しか)の十(とお)」で、花札の十月の絵柄の鹿が横を向いているから → 無視すると俗に言っていたのが広まった、とネットの辞書に書いてあった。自分としてはちょっと不満が残るけれど。

ちなみに田舎に居るときは、シカトすると言う言葉は知らなかった。こちらに出て来てから知った、それも相当時間が経ってから。シカトされていたからかなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月 6日 (木)

自転車1人2台

自転車で良く出掛ける。遊歩道も通ることが出来る。自分は自転車派だ。と言っても乗っている自転車はママチャリの内装三段変速。色は銀色、黒い前籠。

パチンコに行って、駐輪場に止める。何時間止めていても平気である。スーパーに行って商店街のカギの掛かる2時間無料の駐輪場に止める。出るときに自分のブースの番号を機械に入力するとガチャンと外れる、いつも安心する一瞬。2時間越えると有料になる。近くの八百屋に行って店先に止める。5分ぐらいのもの。スーパー銭湯に行って駐輪場に止める、大抵入り口の傍にあって便利だ。2時間ぐらい止めているなあ。この間家の近くの郵便局の前を通ってゆっくりポストに近づいて懸賞葉書を投函しようとしたら、郵便局に入ろうとしたオバサンにこんな所に自転車を止めてはいけません、と注意された。

家から駅までの間に自転車がたくさん止めてある。歩道が狭くなって通りにくい。年寄りは自転車に突っかかって転んでいる。余所見して歩いていた子供がハンドルに頭をぶつけて泣いていた。車椅子のお姉さんが自転車に絡まって中々脱出出来なかった。女子高校生らしい人が自転車を取ろうとして他の自転車がドミノ倒しになった。長く止めてある自転車の前籠はゴミだらけ。

半年ほど前に家の直ぐ近くにファミレスが出来た。繁盛しているようだ。いつも店の入り口に自転車がビッシリ止めてある。450台止めてある。絡んで身動きできないようになっていることもある。駅に比較的近いので駐車場は狭い。数日前に友人と待ち合わせた。友人は何とか駐車場に車を入れることが出来た。自分は勿論歩いていった。昼食を取った。暫く雑談と言うことでドリンクバーも頼んだ。暑い日だったのでよく飲んだ。店の中は昼食時にも拘わらず余り混んでいなかった。お客は自転車の台数の半分もいない。1人で2台乗ってきたか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月 4日 (火)

香水とお握り

夕方の立川駅。北側へ流れる人南側に流れる人が、23列ずつ交互にコンコース一杯に広がっている。2人並んで歩いてきた若い女性とすれ違った。1人はお握りを食べていた。リスが両手でドングリを食べるように掴んで食べながら歩いてきた。高級そうな香水の匂いと海苔と昆布の佃煮の匂い。本人は慣れて違和感は無いのだろうけれど、かなり強烈な香水の匂い、それとお握りの匂い。

古代国家では香を焚き込めて、お握りを食っているのは居なかったろうし、そんな人とそうでない人が一堂に会する事って有りえんだろうなあ、革命の時以外は。

何か心の病が有るのか、街で長い間路上生活をしていて、全く気力を無くした或る人達は服が垢に染まって黒光りしている。そんな人とすれ違うと何とも言えない酸っぱいようなゴミが饐えた様な臭いがする。

古代国家でも落ち溢れちゃう人って居ただろうけれど、早い内から働きかけがあり、今ときっと様相は違っていただろう。決定的になった人とそうでない人は場所と時を共有しなかったに違いない。

自分は日中汗だくで働いている。時々自分の汗の臭いがする。夕方になって顔と手を洗って、作業着から普段着に着替えて駅に着き電車に乗る。傍に来た人はきっと汗臭さを感じているのだろう。

古代国家では殆どの人が汗だくで働いて、みんな同じ臭いだから特に臭ったと言うことはきっと無かったに違いない。今の人がタイムスリップしたら相当臭いだろう。向こうの人が。石鹸やら香水やら整髪料の匂い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月 2日 (日)

おぼろ昆布売り

岩海苔、乾燥ワカメ、おぼろ昆布等は切らしたことがない。防湿のブリキ缶にいつもゴチャゴチャと入っている。海草類はよく食べる。これとは関係ないだろうけれど未だに髪はフサフサである。白髪は相当混じっているが。禿げる気配は微塵も無い。

海辺に遊びに行って土産物屋を覗くと各種の海草類がある。街では殆ど見かけることがないノゲノリなどを見つけると、つい買ってしまう。ついでに物色していて時々家に在庫が有るのに忘れて買ってしまう事がある。家に戻りブリキ缶を開けると、同じ物が有ってガックリする。麺類や汁物に入れて好んで食べている。ちょっと水に戻して醤油を掛けてご飯に載せて食べることもしばしばだ。

子供の頃には、行商の人が今より沢山いた。冬になると自分の家にも、おぼろ昆布売りの小母さんが来た。大きな茶箱のような箱を背負ってきた。上がり框に腰を下ろして、横に置いた荷を解き、量り売りした。家ではいつも荒っぽいおぼろ昆布を買った。何種類かの加工した昆布が有ったけれど、特別の事が無い限り、薄く幅広の折りたたまれた高級そうなおぼろ昆布を買うことはなかった。どれぐらいの金額だったかは覚えていない、多分2300円だったろう。もしかしたらもっとずっと安かったかも知れない。

その小母さんは1月に1回程度来ていた。母と世間話をした。楽しげであった。お互い昔からの知り合いだったのだろう。あの町から嫁いだ人かも知れない。自分にとっては遠い所だったが、隣町の人だった。多分世間話をしてお互いに知っている人の安否を尋ねたり噂話を確認したりしていたのだろうと思う。当時母より幾つか上だった。存命なら元気で居て欲しい。もしかしたらもう鬼籍に入っているかも知れない。

田舎から折に触れて食べ物が送られてくる。段ボールの隅に昔と同じおぼろ昆布が入っている事が有る。年老いた母が入れたものだ。自分の好みを知っている。有り難いものだ。小さい頃から食べていたものは、昔の情景も思い出させてくれる。今住んでいる都会のスーパーに売っているお上品な物とは違う。いかにも手作り風の不揃いで屑っぽいおぼろ昆布。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »