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2007年10月31日 (水)

雨のホームレス

10日ほど前の雨の土曜日、茂明は床屋に行った。いつも通り9時の開店を目指して家を出た。少し歩くと本通りに出る。そこから街の商店街が始まる。近隣では比較的名の通った道路が二つ交差している。そこから駅方面はアーケードが始まる。

そのアーケードの端に、初めて見るホームレスが居た。特に詳しいわけではないが、街は小さくいつも見る人は数人しか居ないので直ぐ分かった。茂明と同じぐらいの年頃であった。体は立派で背丈は茂明より高かった。白いレジ袋を4つ持っていた。

アーケードの端であちらこちらを見ながら、何となく少し落ち着きがない。何か約束でも有るような感じ。待ち合わせをして、時間が少し過ぎた、雨だし、どうしたかなあ、と思って、時間を潰す場所も無いし、近くにお茶を飲める所も無いし、しょうがない、多分来るであろう方向を時々見るような、そんな感じ。

アーケードに入って傘を畳んで駅方面へ。いつもの床屋へ。30年ぐらい通っている。お店に入って、少し待ってから茂明の番になった。いつも通りに調髪して貰って店を出た。雨が少し強くなっていた。同じビルの中にある100円ショップを覗いてから、朝来た道を戻った。

先ほど居たホームレスが未だ先ほどの様な感じで居た。

家に帰って奥さんに話した。

「可哀相だね、どうしたんだろうね、傘上げようか」

「何か食べるものは無いの」

「ご飯類はないんだよねえ」

「何かある」

100円ショップの花林糖ならある、飲物と一緒に」

奥さんが直ぐ出掛けた。10分ほどで帰ると思ったが、20分ほど帰らなかった。もう居なかったと言う。暫く交差点の当たりを探したけれど居なかったという。

茂明がそこを通り過ぎてから直ぐ、商店会の見回りの人が交差点の近くの店の人から通報を受けて、追い出した後だった。言葉は丁寧だが、その人に店の前でウロウロしないように注意した。

雨の日のホームレスは、生きる勇気をちょっぴり貰えるチャンスを失い、茂明たちは、喜捨するチャンスを失った。ホームレスは雨の中を歩き去った。

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2007年10月27日 (土)

銀行口座解約

可奈子は和彦の気まぐれな送金は当てにはして居なかったけれど、何かの拍子に思い出して暫く物思いに耽る事が有る。別れてから4年が経った。つい最近のような気もするし、もうずっと昔の様な気もする。自分の事ではない気がするときもある。

あの時より子供も大きくなって毎日夜有った事の報告を子供達から聞くのに忙しい。毎日同じ様でもあり毎日新鮮でもあり、日々が風の様に飛んで行く。

可奈子の意志としては別に記帳しなくても良いのだと思っているが、新宿に行くとどうしても引っ掛かり心の中は葛藤している。公園に行くのだからと言い訳をして口座の有る銀行の方へ歩く。その銀行の玄関まで来ると、ここまで来たのだから、本のついでにと銀行に入りATMコーナーで記帳した。詰まり家を出るとき通帳を鞄に入れて出たのだ。その時だってどうせ記帳しないのだけれど、もし成り行きで傍まで行ったら、ついでなのだから記帳した方が良い、本当は別にしなくても良いのだけれど、と。

試すように今まで何回か電話してそれとなく無心した。大抵はそれから1ヶ月ほどしてから、頼んだ金額より少し多めに送金してくれた。最初はちょっと苦しいときだったが、使わなかった。今まで一度も使っていない。

気まぐれだけれど7月か12月に送ってくれることが多かった。今まで10回ぐらい送金してくれた。お互いの未練なのか。

記帳して振り込みが有ると一瞬ほっとする。暫くすると自分にちょっと苛立った。繋がりを求める自分に呆れた。

出会ったときから何となくボンヤリした予感が有った。はね除ければ予感は、はね除けられたのか知れないが、結局は予感通りの事をしてしまった。

淡い期待で記帳して振り込みがないと暫くの間はちょっと溜め息をつくだけであったけれど、最近は愛情が盛り返したのか落胆が大きくなった。

可奈子は最後の記帳をしてから3ヶ月後の6月に新宿に出た。朝鞄に通帳を入れた、公園の方に歩いていった。銀行の前を通った。中に入って口座を解約した。

7月に和彦が送金したお金は宛先無しで戻った。

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2007年10月24日 (水)

中央線の新車両

毎日、中央線を利用している。これはJR東日本で東京と高尾往復している電車である。1、2年ほど前から旧車輌に混じって新車両が走っている。乗り心地は旧車輌より良いような気がする。吊り革も、前より良い気がする。それが吊り下がっている金属の棒も掴みやすい気がする。

もう将来の行き先が決まっているのか、通常中央線には不要なドアを開け閉めする押しボタンが設備されている。今は眠っているが、将来走る路線ではそれが目覚めてお客様の要望に応えられるようになるのだろう。

ただ1つだけ旧車輌より劣っているのでは無いかなあと言う点が有る。発車時にラジオが非常に聞き取りにくくなるのだ。多分モーターが回り始めるときに妨害電波が発信されてしまうか、そのシールドが前より良くないのでは無いかと、思っている。もしかしたら自分のラジオが古くなったせいかもしれないけれど。まあ本の短時間だからどうって事も無いけれど。

電車が2分おきぐらいに来るときは、前に発車した電車が次の駅に着く前に次の電車が来る。便利で誠に結構だけれど、運転士の方は、気が疲れると思う。中央線は水平的には少しデコボコが有るだろうけれど、中野と立川の間はほぼ直線だから前の電車が殆ど見えているわけだから。三鷹辺りの上空で電車を見たら、一度に何十編成も見えて、上り下りがフルスピードで走ったり止まったりする様子が全部見えて、手に汗握るのでは無かろうか。自分は気が弱いから、手に汗握るどころか冷や汗タラタラで、心臓ドキドキで聞かれていない事も白状して勘弁願いたくなる気がする。

事故で電車が止まり回復してゆく時もどんな感じで電車が運行再開して行くかを上空から見ていたら、それはそれで面白そうだ。

自分は電車マニアとは違うが、電車で旅行するのは好きだ。ビールも飲めるし、駅弁も食えるし、駅蕎麦も食えるし。何かつまみながら景色を見たり本を読んだり、居眠りをこいたり。

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2007年10月21日 (日)

伊勢の浜荻

ここら辺でシルバーシートとか優先席のことを、

広島市
内ではバスの場合は善意の席、市電の場合はゆずりあいの席と言っていた。もうコンセプトは疾うの昔に行き渡っているから、あれっとは思わなかったけれど、どの地域も最初は、孤軍奮闘していたのだろう。

我が市は、近隣に先駆けて歩行禁煙地帯、若しくは路上禁煙地区というものを設定した。主に駅周辺である。都内でも他の地域でも実施しているところは多い様だ。

我が市のマークは独自のものの様に思える。ちょっと分かりにくい。自分の知る限り

千代田
区のマークがもっともシンプルで分かりやすい。どんな事情が有るかは知らないけれど、これからは“難しい問題”を乗り越えて統一したらよい。意匠の問題で協力して実質的な決定と効果が早く地域住民に行き渡るように知恵を出したら良い。もしかしたら広い地域が連携してもっとも効率的に運用できるための協議会が活動しているのかも知れないけれど、自分は寡聞にして知らない。

もっともこんな事を行政が考えて指導しないと、危険な歩行喫煙が繁華街の雑踏で恒常的に行われている方が、よっぽど悲しい。自分も含めてどうしてこんなに野壺に嵌っちゃったんだろう。

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2007年10月20日 (土)

ゼンマイ・カラザ

子供の頃季節になると、近くの野山にワラビやゼンマイを取りに行った。今はもう良く覚えていないが、ワラビとゼンマイは微妙に時期がずれていた気がする。勿論重なって採れる時期が長いのだけれど、最初ワラビが採れてそれからゼンマイが採れたように記憶する。逆だったかなあ。

自分の田舎では、もしかしたら自分の集落だけか、自分達の仲間内だけか、自分の家族だけかも知れないけれど、男ゼンマイは固いと言って食べなかった。食べたのは女ゼンマイだけである。長じて生のゼンマイを売っているところを見るようになって、男ゼンマイも混ざって売っていることに気付いて両方とも食べるところが有るのが分かった。きっと加工して売っているものは、全く区別が無いに違いない。

小さい頃誰かが多分母か姉が、卵のカラザは食べないから、と言って丁寧に取っていたのだろう。食べられないものだとは思わなかったが、食べないものだと思っていた。少年時代の何かの合宿で卵のカラザを取らないで調理している人が居て、うん?と思ったが、その人は全然平気そうだった。気にしないところも有るらしい。今でもカラザは取って食べるけれど、少年時代の頃の様に丁寧に取ることはない。

聞いた話だけれど、タコの足の先端は毒があって食べられない、と信じて食べない人が有るとの事。最初は笑ったけれど、自分にもそう言う事ってきっと有るに違いない。単にそれに対立することを眼前で行う人が出現しないで気付かないだけ。

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2007年10月17日 (水)

蚊帳の中

小学生の頃、ホタルの季節になると良くホタルを取りに行った。捕ったホタルは虫かごに入れた。その中にアスパラガスが育って大きくなったものを摘んで入れた。細い線のような葉っぱばかりなので、いるところも分かるし、光っているのも簡単に観察できた。黄色の懐かしさを覚える光。光ったときの明るさ、消えたときの暗さ。入れては暫く眺めた。大抵は翌朝に家の庭に逃がした。朝は光っていない。不活発で地味な虫だ。

夜になると又近所の友達と取りに行った。ホタルの季節は夜に外を出歩いても黙認だったから、喜んで出掛けた。今に比べて、町は暗かった。各自懐中電灯を持って出掛けた。

母に危ないところに近づかないように注意されたが、もとよりそんな所には近づかなかった。ホタルは田圃の畦や小川の縁など何処にもいた。時に何十も小川の上を飛んでいることも有った。お気に入りの木が有るらしく、その木には沢山付いて明滅していた。

子供達の間ではヘビは夜目が光って二つ並んで光っているのはヘビの可能性が有るから手を出してはならない、とか、ある種の毛虫も光るから気をつけなければならないと言われていた。友達の中ではヘビに咬まれたり毛虫に刺されたりした子は居なかった。

いつも日中彷徨いている所だったから、特に危ないことは無かったが、滑って田圃に足を突っ込んだり用水に足を突っ込んだりしてしまう子は居た。それでその夜はその子に取って台無しである。濡れただけならどうって事もないけれど、泥だらけになったら、近くの小川に行って洗う。洗った後には誰かと一緒に帰った。

田舎は関東よりホタルの発生が遅かった。ホタルが出る頃にはもう蚊が家の中に入ることが多く、早い家では蚊帳を吊っていた。帰ってきて寝るときに蚊帳の中にホタルを23匹放すことが有った。ゆっくり波打って光りながら飛んだ。何処かに止まって光ることも有った。子供の事だから布団に入ると、少し眺めただけで直ぐ寝入った。

高校生位になると、ホタルの数は激減した。農薬や河川の汚濁が原因である。誰も気にも留めていなかった。20年ぐらいして又少しホタルは戻ってきた。景色も少し落ち着いた。その間に人々の生活様式は変わった。人口が減った。田舎は寂しくなった。自分達が子供の頃は、町に子供が溢れていたのに。里山に縦横に付いていた土むき出しの小路も全て草に蔽われてしまった。もう昔には戻れない。

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2007年10月14日 (日)

駅蕎麦の気持ち

旅に出る。1泊だったり2泊だったり、日帰りだったり。駅構内で立ち食い蕎麦、朝食も昼食も取ることが有る。早い、安い。量も味も十分満足している。少し足りないと思うときは、プラスおにぎり、いなりを食べる。コロッケも良い。もう少し食べたいと思うときは蕎麦カレーセットか蕎麦カツ丼セットを頼む。1回だけ魔が差して月見ソバとお握りを食べてから山菜うどんといなりを頼んだ事がある。食券は店の外だから、最初を食べてから食券を買って舞い戻った。店のオバサンが変な顔をしていた。一瞬似た人?忘れ物で戻ってきた?それとも何か?お腹空いていたし美味しいから、と言ったら、ニッコリして有難うございます、と口では言っていた。でもきっと誰かに話さずにはいられなくて、帰宅してから主人に、話して聞かしたんだろう。

今日は風采の上がらない小柄で痩せた顔色の悪い年齢不明のオジサンが、二時過ぎに入ってきて、間抜けな顔でボヤーとしていて、セットを二回連続で食べた~~。そのオバサンはこれをきっかけに当日のお客さんの話が色々弾んで、最初はウンウン聞いていた主人もその内生返事になって、ビールを片手のナイターに熱中、いつも通り。

ゆっくり食べようと思っても、気が急いて食べている内に早くなって、良く胸焼けを起こす。食べた後、予防に水をがぶ飲みする。たまに熱い塩辛いのダブルパンチで、発車時間が迫り、冷たい水を氷ごと山菜蕎麦にぶち込んで食べる。見つからないようにそっと遣るけれど、離れていて見ちゃった人は、ギョッとしてやっぱり誰かに、多分友達に話して聞かすんだろう。

曰く、今日は年齢不明の服装をしたオチビで目の細い、鞄に背負われているがに股のオッサンが、カウンターに伸び上がり気味で蕎麦を食べていて、氷水をぶっかけてからニッと笑ってガツガツ食って、出際にコップ2杯の水を飲んで、敷居に蹴躓いて転びそうになって来た電車に走り込んだんだぜ。

朝と昼は喜んで食べるけれど、夜は食べなかった。

昔普段の生活で夜家に向かうときに駅蕎麦を食べている人を見ると、何となく悲しかった。ホッカ弁を買っていって家で食べればよいのに。落ち着いた所でゆっくり食べれば良いのに。その日の業を終わったのなら、安息が必要だ。

今は平気である。特に旅行中そのまま野宿モードかサウナ宿泊モードに入って行くときは、流れが中断しない方が良い。食べた後町を彷徨いて適当な所に潜り込んで、旅の空で様々な事を思って寝る。駅蕎麦に狭苦しい気持ちを押しつけることは無い。何でも食べてしまえば、体は満足するものだ。

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2007年10月12日 (金)

焚き火

高校生の頃、畑に行ってよく焚き火をした。秋遅くなると果樹の剪定枝が散らかっており、それを掃除しては大きな穴に入れて燃やした。

大きめの枝は手で拾って集めて、果樹の近辺に集めておく。小さな枝は特に気にしないけれど、竹の熊手で集めて箕に拾って、穴まで持って行きその場で燃やした。ゆっくり煙が立ち上った。遠くにも同じ様な煙がたなびいて、同じ様なことをしているのが知られた。少し風があると煙が体に巻き付いてきて煙たかった。

2時間もすると可成りの運動量になって寒いと言うことは無かったが、火に当たると気持ちよかった。箕で拾った落ち葉混じりの小枝を焚き火に投じると暫く煙っていて、その内小さな炎が出てサーと燃え上がるのを見るのは、何回見ても見飽きなかった。火が燃え上がると、暖かい。つい手をかざしてしまう。集めては燃やし、燃やしては集めたものを火にくべる。かなりの勢いで火が燃えた。煙も良く上がった。

帰り際になるともう焚き火に小枝はくべなかった。穴の縁に有る丸太に坐って火を眺めた。未だ火は燃えている。周りにある燃えさしを棒で炎の中に入れる。少し燻ってから燃え上がる。心が落ち着く。それを繰り返している内に段々燃えるものが無くなって行く。時々小さな炎が上がりその回数が減って行く。棒で集めてももう燃えるものは無い。小さな熾きが有るばかり。もう煙もない。もう危ないことは無い。

悩みも有ったけれど、その時は落ち着いた心で家路に就いた。自転車の事も有ったし徒歩のことも有った。徒歩は時間が掛かったけれど、その分余計心が澄んだ、静かで良かった。薄暗い小さな林を抜けてゆくときは、遠くの物音が聞こえなくて、自分の足音や息づかいだけが聞こえた。少しの間だけだけれど、ふっきれた気分に成った。

数千年前にあそこら辺でくらしていた先祖も、竪穴式住居の中で、火を焚いていたのだろう。子供達は母に抱かれて藁しべの中で眠っている。男は静かに薪を火にくべながら、炎を見ている。家の中は暖かい。男は燃えさしを火の中に押し遣る。少し燻って小さな炎が立ち上がり、パッと燃える。顔が火照る。暫く火を見つめている。心が落ち着く。夜が更ける。熾きが溜まる。周りに灰を掛ける。真ん中だけが赤く見える。朝まで消えないで熾っているだろう。子供達の寝顔を見た後、男は落ち着いた静かな心で藁しべの中に入って眠る。

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2007年10月10日 (水)

虫相撲

家の近くに縁台を大きくしたような木の台が有った。そこの庭の持ち主が作った物だ。子供達は良くその上で遊んだ。

未だ小学生の頃、夏休みの閑なときはそこで遊ぶことが多かった。梅や桜、欅の大木に囲まれた広場の様な庭。子供達のたまり場、木の台がその核。いつも子供達が遊び回るものだから、地面には草も生えず、表面がつるつるした土。

その日はカブトムシ、クワガタ、オウゾウムシを各自何匹かずつ捕まえてきた。これらはドングリ系の木の樹液に集まる。いつもの原野山林のクヌギやコナラの木を回って歩けば、運が良いと沢山採れた。蝶やスズメバチも樹液に集まる。特別刺激しなければ刺されることはない。スズメバチが何匹もいるときはクワガタが居ても、ソロソロ後ずさりして別の木に向かった。カブトムシがいると他の虫が少し離れていることが多かったが、いなければみんな同じ所に顔を突っ込んで樹液をなめていた。カナブンもいた。暢気な良い景色。蝉の音も全山に響き渡っていた。

その日はオオゾウムシで虫相撲を遣ることにした。一匹ずつ出して取っ組み合わせる。全然迫力がない。そもそも殆ど動かない。下手をすると死んだふりをする。黙って動かない時も有るが、手足を縮めてコロンと寝転がるときも有る。それでも暫く見ていると突然一匹がとても昆虫とは思えない辿々しい足取りで歩き出す。それで一計を案じ接着剤で10センチほどの紐を双方の背中に貼りつけて、放って置く。暫く見ていると片方が動き出し、土俵から出ていった方が勝ち。両方とも全然動かないときはマッチを擦って両方に近づける。慌てて逃げ出すがゴロンと転がって足が焼け焦げる奴もでる。そう言う奴の足は千切ってしまう。最後は足が2本ぐらいしか残らない奴もいる。もう役に立たないので、近くの小さな池にポンと捨てた。

相撲も飽きたので、それぞれ手に持って、直接長い鼻で戦わせる。無理にやると、頭が回って、千切れてしまう。その日は結局、10匹位居たオオゾウムシが全て悲惨な運命を辿り。池に捨てられた。

小学校も高学年になったら、我々はそんなことは止めちゃったけれど、スモウベヤでは、ずっと遣られてきたし今も遣っているらしい。そんなことをしている連中は他にも沢山居るんだろうなあ、多分ご大層な理由は付いているんだろう。黙祷。

スモウベヤの件は目茶苦茶処分が甘いと思う。将来に禍根を残す気がする。最低限ヘヤは潰して理事長は辞任だろうなあ。国技を標榜するなら、もっと自己に厳しくなけりゃ。

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2007年10月 8日 (月)

公衆便所

道の駅は、この十年ぐらいで、もっとも大きなヒットの1つだと思う。よく利用している。旅行先に有れば取りあえずビールじゃないけれど、取りあえず入って売っている物を物色する。大抵農産物を買う、腹が減っていればお土産用の饅頭とかお菓子を買って食べる。移動する前にお手洗いも拝借する。大抵は綺麗で広い。身障者用のお手洗いも全部に有る様だ。

いつもの散歩コースの1つである遊歩道で工事をしていた。何が出来るのかなあ、と通る度に見ていたらお手洗いが出来た。その内1回利用してみようと思う。夜は比較的暗いところだが、街灯が新設されて煌々と照らされているようだ。

大きな公園には幾つもお手洗いが有るが、小さな公園には無いことが多い。これからは作ったらいい。小さな公園なら身障者用の大きなお手洗いを1つ作ってみんなで利用すればよい。

普通の街中にもお手洗いを作ってゆけばよい。側にベンチやテーブルのある小さな広場が有ったら尚良い。そこを中心に小さなコミュニティが形成されるかも知れない。公民館や集会所とはちょっと違う通りすがりの型で行くことが出来る場所。

56年前に九州の或る小さな温泉観光地に行った。売り出し中で活気はあったけれど、商魂を感じただけであって残念だった。公衆便所を探すのは一苦労だった。

数年前に近畿に有る小さな観光地に行った。行く先々で綺麗な公衆便所が有った。自分が利用したところは全て水洗便座であった。黒く塗られた昔風の町並みに水色の西洋朝顔が咲き誇る街も印象深かったが、全体に考えられた心地よさが心に残った。

南向きの瀟洒な建物じゃなくても良い、敷地の中の北西の角の木立の中に地味に建っていて良い。清潔で機能的なみんなのお手洗いが増えれば、もっと良い町が出来そうな気がする。

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2007年10月 3日 (水)

ナメクジ

ナメクジは苦手だ。嫌いな虫() の代表だ。あいつの場合何処を見ているのか分からないので益々不信だ。

我が友人にナメクジを飼っているのが居る。とても正気の沙汰とは思えない。いつも水槽をジメッとした環境に保のはそれなりの工夫が要ると言っている。(勝手にしろ)新鮮な枯れた木がいると言っている。(わけわからん)餌は花弁や新芽の柔らかいものと言っている(自分の想像とは違っていた)夜行性で夜薄暗いところで観察するそうだ。(ゾッとする)あのヌメヌメッとしたところが何とも可愛いと言っている(気が知れない)夜一緒にビールを飲むらしい。(相方としては最低としか思えない)白っぽい半透明の卵を産んで塊を作って綺麗らしい。(とてもついて行けない)貝無しのカタツムリらしい。(甲斐無し!)ナメクジにオスメスは無いらしい。(さもありなん)2匹いるとそれぞれオスメスの役目をして双方卵を産むらしい。(怪しからん)

彼の言に因れば、ナメクジはテレポーテーションが出来るらしい。夜薄暗い水槽の中の一匹をビールを飲みながらジッと見ていると、そこからスッと消えて、10センチ位先にスッと現れるのだと。毎日は観察できないが、1週間に一回ぐらいの割合で観察できるとの事だ。当方は全く信じられない。彼は真顔で力説していた。どう言う顔で彼を見たらよいか少し悩んでしまった。

ナメクジ如きで友達づきあいを止めるのは大人げないが、少し引いてしまった。

自分は今何も飼っていないが、昔ちょっとの間サンショウウオを飼っていたことが有る。小さい奴らは共食いをした。大きい連中は小魚をパクッと食べた。そう言えばその頃、彼女に振られた。

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2007年10月 1日 (月)

何にもしない広場

帰宅の途上、少し時間を潰したい。特に都合の悪いことが有るわけでは無い。暗い気分という訳でもない。ただ何にもしないで、誰とも関係なく暫く静かにしていたい。本の230分で良いからボンヤリしていたい。

街を徘徊すると景色が変わって、見慣れた景色だけれども、落ち着かない。景色が変われば、注意しないと危ない。忘我になると今度は別の意味で危ない人になりそうだ。

野良仕事や山仕事は疲れて休むと言うのも有るけれど、何か暫くジッとしていて暫く静かにしていても不自然では無い。勤めている人は、休んでいるときも、1人でジッとしているところはない。別に人生について内省したり、何か考えたりする訳じゃない。単に暫く静かにしていたい。

大抵の人は酒を飲んで帰宅する習慣は無い。そもそも酒を飲んでゆくほど小遣いが無い。コーヒースタンドに行くのも嫌だ。もっと有り体に言えばただジッとしている場所が欲しいだけで、お金を使いたくない。その前にコーヒーを飲む人でも、あんなコーヒー臭い所には近づきたくない人がおおいと思う。

カメラ店で時間を潰すことも出来る。100円ショップで時間を潰すこともできる。買う気はないわけだから、店の人に失礼と言うほど上品でもないが、見ると見ないといけない。黙って暫く時間をやり過ごしたい。

街にはベンチが無い。

現代は暫く静かにしていたい、きっとそんな人が多い。

そんな人の為になんにもしない広場。

背もたれの有るベンチと椅子が幾つかある。微妙にずらしてありことさら気を遣わなくても、お互いを意識しないで、暫くジッとしていられる。出来れば木が何本かあり、出来れば生け垣が有り、出来ればタバコが吸えて、出来れば北西の角にお手洗いが有り、真ん中に水飲み場があり、出来れば静かで、出来ればパーゴラがあって日陰を作り、出来れば街灯が有って夜も利用が出来る・・・まあ要するに普通の小さな公園です。

現代人に小さな公園を!飢餓地帯に食料を!辺境の子供達に教育を!

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