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2007年10月12日 (金)

焚き火

高校生の頃、畑に行ってよく焚き火をした。秋遅くなると果樹の剪定枝が散らかっており、それを掃除しては大きな穴に入れて燃やした。

大きめの枝は手で拾って集めて、果樹の近辺に集めておく。小さな枝は特に気にしないけれど、竹の熊手で集めて箕に拾って、穴まで持って行きその場で燃やした。ゆっくり煙が立ち上った。遠くにも同じ様な煙がたなびいて、同じ様なことをしているのが知られた。少し風があると煙が体に巻き付いてきて煙たかった。

2時間もすると可成りの運動量になって寒いと言うことは無かったが、火に当たると気持ちよかった。箕で拾った落ち葉混じりの小枝を焚き火に投じると暫く煙っていて、その内小さな炎が出てサーと燃え上がるのを見るのは、何回見ても見飽きなかった。火が燃え上がると、暖かい。つい手をかざしてしまう。集めては燃やし、燃やしては集めたものを火にくべる。かなりの勢いで火が燃えた。煙も良く上がった。

帰り際になるともう焚き火に小枝はくべなかった。穴の縁に有る丸太に坐って火を眺めた。未だ火は燃えている。周りにある燃えさしを棒で炎の中に入れる。少し燻ってから燃え上がる。心が落ち着く。それを繰り返している内に段々燃えるものが無くなって行く。時々小さな炎が上がりその回数が減って行く。棒で集めてももう燃えるものは無い。小さな熾きが有るばかり。もう煙もない。もう危ないことは無い。

悩みも有ったけれど、その時は落ち着いた心で家路に就いた。自転車の事も有ったし徒歩のことも有った。徒歩は時間が掛かったけれど、その分余計心が澄んだ、静かで良かった。薄暗い小さな林を抜けてゆくときは、遠くの物音が聞こえなくて、自分の足音や息づかいだけが聞こえた。少しの間だけだけれど、ふっきれた気分に成った。

数千年前にあそこら辺でくらしていた先祖も、竪穴式住居の中で、火を焚いていたのだろう。子供達は母に抱かれて藁しべの中で眠っている。男は静かに薪を火にくべながら、炎を見ている。家の中は暖かい。男は燃えさしを火の中に押し遣る。少し燻って小さな炎が立ち上がり、パッと燃える。顔が火照る。暫く火を見つめている。心が落ち着く。夜が更ける。熾きが溜まる。周りに灰を掛ける。真ん中だけが赤く見える。朝まで消えないで熾っているだろう。子供達の寝顔を見た後、男は落ち着いた静かな心で藁しべの中に入って眠る。

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