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2007年12月27日 (木)

夢だったら

夢なら醒めないでいて欲しい、と言う夢は少ない。段々年が行ってから、追い掛けられているとか、墜落している夢は以前ほど見なくなったが。それでも気忙しい日々が続くと半覚醒の自分が、珍しい夢を見ているじゃないかと、話し掛けて、折角懐かしく楽しんでいるのだから邪魔するななどと、自分同士が話し合って目が覚めかけてしまう事が有る。運良く醒めなければ、若いときによく見た夢を見ている自分と、それに話し掛けている自分の両方を楽しむことが出来る。

全体としては夢を見ることがグッと減ったと感じている。若いときは夢に熱中できたけれども、今は夢を見ても、ああ夢だなあと感じているもう一人の自分がいて、昔ほど夢を楽しめなくなった。

時々夢なら早く醒めてって言うことが多いが、夢じゃないので残念ながら醒めない。

中学生の時、裏山にある自分だけの秘密の芝生の上に寝ころんで、空を流れて行く雲を見ながら恋を夢想した。つい昨日の様にも思えるし、現実の様に遙か昔にも思える。

高校生の時、海岸の防風林の中に寝ころんで松林を下から見ながら、潮騒を聞いて、将来の夢を空想した。あんなにたくさんの事を空想したのに、今はあの景色や潮騒の音はハッキリ思い出すのに、空想した内容はトン思い出せない。

少年は老いやすい。中年も又老いやすい。

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2007年12月23日 (日)

意味のない相似

何年か前に、草を毟っていたら、大きなムカデがでた。ムカデは丈夫である。足で踏ん付けた位ではビクともしないで、逃げてゆく。かといって目を離したら逃げられそうで、何かを持ってくる暇がない。逃げられたらまた出そうだし、そうすれば咬まれて甚大な被害が出るかも知れない。ハインリッヒの法則に従って、危険状態を解消するために、どうしても、やっつけてやりたい。兎も角踏んで、踏んで、踏みまくっていたら、ジッとのびていた。

その曲がり具合と連結状態が、背骨の骨格標本に似ている。何かゾクッとした。

急いで移植ベラを持ってきて、殺して埋めた。暫く意味のない相似が頭から離れなかった。

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2007年12月21日 (金)

○○ジジイ、○○ババア

12月初めの昼下がり、近くの緑道を散歩した。幅が広くゆったりしている。空は雲に覆われて肌寒い。歩いている人は前後見渡す限りで10人もいない。ベンチに座っている人は3人しか居なかった。早足で歩かないと寒い。遠くに自転車の鈴が鳴っている。段々背後から近づいてきた。その自転車は自分の横を通り過ぎた。追い越し際に彼はこちらを睨むように見ていった。通り過ぎると鈴が鳴りやんだ。と言うことはあの鈴は自分に対して道を空けろと言う意味だった。道は広いのだから勝手に先に行ってくれればよい。遠くから鈴なんか鳴らすな。追い越し際に睨むな。○○ジジイ。

散歩の後にスーパーで買い物をした。いつもの様に混んでいる。籠を取ろうとして取手に手を掛けたら、後ろからよたよた歩いてきたお爺さんが、自分の籠の下の籠を取ろうとして引っ張った。取れるわけ無いじゃないか。もう少し待て、あと5秒待て。無理無理引っ張った。籠ははじけるようにして浮き上がり取れた。こちらは前がテンになった。お爺さんは取ってからジロッと自分を睨んだ。○○ジジイ。

レジに並んでいたら、誰かの籠が自分の尻を押す。お尻齧り虫かと思ったが、そうじゃない。チラッと見たら、小柄なお婆さん。通りすがりかと思ったがそうじゃない。急いでレジに着きたいらしい。だからといって人の尻を籠で押すな。○○ババア。

レジを通ってやっと○○ババアから逃れて詰め台に辿り着いた。混んでいた。ちょっと待って、一人分が空いたので、そこに入って持参の袋に詰めていたら、太ったお婆さんが近づいてきた。悪い予感がした。隣とは狭くて一人が入れる隙間はない。そのお婆さんはとても太っている。にもかかわらず、お婆さんは詰め台に真っ直ぐ突っ込んでくる。狭いのに籠を乗せようと手を伸ばした。籠を置いたつもりで手を放した。籠は滑り落ちて真っ逆さまに床に落ちた。買った物がそこら辺に散らばった。ジャムの瓶が割れた。イチゴは逆さに落ちて潰れた。口をパクパクしているが何も言えない。○○ババア、天罰だ。

きっと自分も、あの年になったらああなるんだろうから、今からたくさんの事例を観察し、その作法を習得し、将来立派な○○ジジイに成れるように日々努力した方が良いかも知れない。また虚実ギリギリのサービス精神を発揮し、違う色のサンダルを履いて町を徘徊したり、真冬でも陽が眩しいときは麦藁帽子を被ったりして散歩に出るとか、何か一味付け加えた方が良いかも知れない。

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2007年12月19日 (水)

バイキング

北欧の船に乗ったバイキングではなく、レストランとかホテルでテーブルに乗った奴。

自分はバイキングが好きである。但し比較的価格が安い物と言う条件付きであるけれど。いつもバイキングに行くときは普段食べない若しくは食べる機会が余り無い物を発見開拓しようと思っているが、結果は違うことが多い。

慣れていて好きな物から食べて行く。段々お腹が一杯に成ってゆく。そうすると脳の方は段々鈍くなって行く、最初の意気込みは失せて行く。挑戦の気概は、バイキング如きで大げさだけれど、失われてゆく。満腹になる。もうどうでも良くなる。最初の意気込みは何処へやら。普段食べない物はやっぱり食べていない。最初に見て後で挑戦しようと想った物は、詰まらない物に見えている。結局いつも食べているような物ばかり食べてお終い。

普段とちょっと違う事と言えば、食事が終わった後に、ジュース類、コーヒーなどを何倍か飲む事。量も最初の意気込みと比べたら、少ない。自分が思うほどには全然達しない。

自分には勉強とか仕事とかもバイキングの様な物か。意気込みとは結果が全然違う。こちらは疲れてくると、段々どうでも良くなってくる。

教訓:お腹が空いているときに考えることと、お腹が一杯に成ってから感じることとは全然違う - なんか教訓にも成っていない気がする。

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2007年12月17日 (月)

遠視・近視

自分は遠視近視である。最近はもっと複雑になってきた。昔から左目は遠視で、右目が近視で、暫く前から両方の目の遠視度が酷くなって、左目は益々近くが見えなくなって、右目は近くも見えないし遠くも見えない。100円ショップの老眼鏡は左目に合わせると右目では文庫本が読めない、右目に合わせると左目では文庫本が読めない、因って本を読むときはメガネによって左目か、右目だけで読んでいる。内容が半分しか分からない。これは目のせいじゃないかも知れないけれど。目に合わせて作ったメガネだと両方見えるが、右左別々にクッキリ見えて、これ又読みにくい。

迂闊なことだが、気付いたのは15年ほど前だった。それまでは、左目が霞んでいるのは、長年悪い姿勢で、暗いところで本を読んだせいだと思っていたが、余りに酷くなって医者に行ったら、「珍しい、左目が遠視で、右目が近視」と言われ、その時分かったという次第。

普通の人より太陽の下では眩しいが、これはサングラスをすれば済む事だ。日常生活で特段の不自由はない。

(遠視+近視)x遠視で良いことも有る。夕方町の中を歩いている女性は殆ど超美人に見える。十人中一人ぐらいは、そうでもないかなあ、と思うぐらいだ。

実際の美人の比率は不明だし、好きずきによって変動が激しいだろうし、その時のタレントとか女優で売れている人や色々な方面で活躍している女性が美人の条件を変化させたりもするだろうけれど、超美人と必ずしもそうでない人の割合が101と言うことは無いだろうから、自分は恵まれた幸せ者だと思う。ワッサナー。

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2007年12月15日 (土)

車のマーク

初心者マーク、優しく見守って遣ればいいのに、煽る奴がある。きっと何かのトラウマが有るのだろう。

紅葉マーク、運転者は年配者、意味が分かっていない人が結構居る。姑の虐めに遭っている人は、このマークの車を苛める。

初心者マークと紅葉マークを付けている車が有る。1人で兼用の人も居るし、孫が初心者マークでお爺さんが紅葉マークの場合も有りそうだ。

車椅子の人が乗っている、ヤンキーが乗っている、暴力団が乗っている等色々な印が有る。

赤ちゃんが乗っている、犬が乗っている。この場合は別に運転者が乗っている。田舎者が乗っているのはナンバーが違う。

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2007年12月13日 (木)

考える-働く

良く働く者はよく考えている、多分。

それなりに働く者は、何も考えていない。

余り働かない者は、余り考えていない。

殆ど働かない者は、詰まらないことを考えている、私じゃありません、念のため。

全然働かない者は、間違った考えを持っている、無茶苦茶働く者も、多分、間違った考えを持っている、理由はそれぞれ違うだろうけれど。

考えた後で働く。

考えながら働く。

働いた後で考える。

考えないで働く、これが一番多いかも。

考えて働かない。

考えないで働かない、これも割りと多いかも、私じゃありません、念のため。

考えてか考えないでか、悪さを働く、晩年は衣食労完備の集合住宅に住むが、余り快適ではない、別名監獄とも言う。

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2007年12月11日 (火)

駅のAED

3ヶ月くらい前に最寄りの駅の改札の近くにAED(自動体外式除細動器、この場合、細動とは心室細動のことらしい、つまり心臓が普通には動かないで細動している、もっと分かりやすく言えば心臓が痙攣を起こしている状態)を発見した。それでいつも降りる駅には、有るかいな、と思って探してみたら、有った。設置基準は分からないが、一日当たり或る一定以上の乗降客が有る駅には設置している風。大抵の大きな駅には有るが、時々降りる無人駅には無かった。

AEDと言う言葉はテレビで紹介されて直ぐに覚えた。日本語の自動体外式除細動器と言うのは直訳っぽいが、ちょっと説明されれば意味が直ぐに分かり、漢字を使用している日本語の特質が出ていて、誠に分かりやすい。残念ながら長ったらしくて覚えにくい、特に新しい機材は当然の事ながら見慣れない熟語が有って、益々覚えにくい。日本語の漢字熟語の方は暫く定着しそうにないが、AEDはもうそれなりに定着したと思う。

もっと生真面目な人が名付けたら、意味から言って、簡易式自動体外心臓痙攣除去装置、ともっと長たらしい名前を付けたかも知れない。寿限無じゃないけれど、いざというときには、長たらしくて役立たない名前に成りそう。自分だったら救急除細動器とか救急拍動器という名前にしたかも知れない。

駅員はJRの場合、設置して有る無しに拘わらず、AEDの使用法とその周辺知識の訓練が有っただろうと、想像する。

自分が使う刹那が有るとは思えないが、そう言うことには、不謹慎ながら好奇心が有り、と言うか知りたがりでネットで検索してみた。直ぐに使い方を発見できた。使い方は簡単。また使う必要が有るか無いかはその機材が判断してくれると説明が有ったので安心した。

虚け者が(可能性としては自分を含めて)遣っちゃ行けない人に遣っちまいそうで、恐れていたのだが、どうもその心配は要らないようだった。

ネットの中には典型的な例として、サッカーをしていて、突然バッタリ倒れて~~と言うのが載っていた。

駅とか道路では、そんな分かりやすくないから、別の例を幾つか挙げて紹介してくれたらもっと分かり易いと思う。わざとやる奴は居ないだろうけれど、漫画的には貧血の人の胸をはだけるって事が有りそう。その時はご容赦って言うのも啓蒙しておいた方が良いかもしれない。ちょっと考えすぎか。

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2007年12月 9日 (日)

バナナの食べ方(2)

東南アジアに何回か出張した。調理用のバナナの空揚げを昼飯の代わりに食べた。香ばしい、甘みが有って美味しい。側に揚げパンのような物が有れば、それも買って食べた。後は水を飲んでいれば、それなりに過ごせる。

中央アジアのマーケットでバナナを買った。黄色の野菜果物は少ないし、その格好で遠くに有っても直ぐ見つけられる。無意識に探しているんじゃないかと思う。20本位の房で滞在中毎日食べた。

夏は暑いがあの寒い冬にバナナが生き残れるとは思えない。輸入品と思うがどこから来るかは分からなかった。南西アジアかから陸路で来るのかも知れない。今は国境が複雑になっているが、昔をもっと大雑把だっただろうから。流通経路がちゃんと有るのだろう。

バナナが生育する地域はそこらの空き地や庭先に株が幾らでも繁茂している。花が咲いているのもあれば、実が生っている物もある。熱帯なら年中収穫できる。まったく有り難い食べ物だ。そんな風景の側を通ると、どの株にどんな房が生っているか、ついつい見てしまう。

ずっと昔、友達と沖縄旅行をしたときに、島バナナを食べた、美味しかったけれど。輸入品の何倍も高かった。ちょっと不思議な感覚に囚われた。

昔、友達にバナナ1100円論を話したことが有る。バナナを栽培輸出している地域は、貧乏な地域である。輸入消費しているところは、金持ちの地域が多い。貧乏な地域からバナナの恩恵を長年に渡って受けているにも拘わらず、貧乏な地域の直接バナナを生産している農民(多分農業労働者)の生活はそんなに向上していないようだ。バナナを消費している豊かな地域が、1100円で買っている計算に成るような各種方策をして、バナナを生産している地域の人々の生活向上に資する。諸般の事情で不可能に近いと思うけれども、何かを突破口として、せめて子女の教育や、乳幼児の死亡率の低下、病気の人達の受診率の向上など、を目標に何か始めるべき時期では無いか、と言うものである。

同じ時代なのに地域が違うと格差が非常に大きい。

バナナが好きでよく食べるけれど、口には甘く美味しいけれど、心にはほろ苦く考えさせる食べ物である。

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2007年12月 7日 (金)

バナナの食べ方(1)

今は、子供の時ほどの有り難さは無いけれども、バナナはよく食べる。今でも子供の時に好きだったように好きである。週に1回程度スーパーに買い物に行って、45本の房を買ってくる。我が家では年中食べる物の1つである。テーブルの上に長い間不在と言うことが無い。釣りに行く時も2本位持参してちょっとお腹が空いたときに食べる。家で食べるときは、子供の時にバナナを食べる時の晴れがましさを思い出すことは無いが、釣りや1人で長距離散歩の時に1人静かにベンチに座って鞄から取り出して食べるときは、時に黄色のバナナが見えた瞬間に、子供の時のあの感激が思い出されるときもある。近くを通った人は、にやついたオッサンを見て、怪しからんと思うだろう。

中米で3週間ほど仕事をしていたときにも殆ど毎日12本夕食の前後に食べていた。いつも夕方ホテルに戻るときに路上で買っていたが、その日は見つからずに、翌朝見つけて十数本の房を買い、車のトランクに一日中入れて置いたら、熟しすぎて、半発酵状態になった。固そうなのを選んで23本だけ食べた。後は食に堪えなくて捨てた。今でも勿体ないことをしたと思っている。俺のバナナ。

働いていた場所の近くにバナナ農園が有った。切った大きな房を吊して運ぶケーブルが設置されていて、そこに引っかけられた真っ青で大きな房が運ばれているのを見た。子供の時に見たらその時の何十倍も感動したに違いない。ああ言うのが、日本に来て、熟されて店頭に並ぶ。

東南アジアの田舎で、お客さんから昼食に招かれる。嬉しいことだ。自分はまあ大抵の物を嫌わず食べるので、困ることは余りないが、その時は食欲をそそる物が無かった。やや下手物に属する物ばかり。まあそれなりに食べたがお腹が空く。あいにくその日は、早朝から移動していてろくな朝食も取っていなかった。幸いなことにニッパ椰子の屋根で出来た、その吹き抜けのレストランの片隅にはバナナの大きな房が下がっていた。聞いたらお客さんは幾ら食べても良いとのこと。これ幸いとバナナが好きだから、と言って数本食べた。

マダガスカルの片田舎に出張していたとき、熱中症になり2日休んだ。その間水を飲んでジッと寝ていた。腹が減ったら買ってあったマンゴーとバナナを食べていた。その後、同僚が同じ様な症状で体調を崩した。自分は町にバナナを探しに行ったがあいにく見つけられなかった。それを聞いた施主が伝を頼って、バナナを発見し大きな房を持って見舞ってくれた。同僚はそれを食べて回復した。自分もお裾分けに預かり、暫くそのバナナを食べた。

バナナは美味しい。それを持って来てくれた施主の気持ちは我々に勇気を与えた。

バナナ、バナナ、我が愛しのバナナ、バナナの話は尽きない。

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2007年12月 5日 (水)

ザル

我が家にプラスチックで出来たボールとザルのセットが大小合わせて幾つか有る。笊は水を通して野菜や木の実、素麺などを通さないから誠に便利で重宝して使っている。台所に無くてはならないものの1つだと思う。

自分は関東出身ではないので、葬礼の中に笊転がしという風習がる事は知らなかったし、今でも行われているかは知らないが、謂われを知っている方が居ればご教授願いたいものだ。見たり、聞いたり、遣ったり、謂われを知っている方は、どうぞ教えて下さい。

ざる蕎麦みたいに、笊を使っているからと言う単純な中立なものも有るけれど、ザル何とか、という言葉にはロクなのが無い。ザルは不名誉な役があらを与えられて気の毒だ。

国会じゃ良く笊法を作って居るようだ。効果が無いばかりか、不平等を助長して前より悪くなりそうだ。

そこらの爺さん、爺さんだけとは限らないが、笊碁を遣っている人も多そうだが、これは無害だし、個人的な楽しみだから良いけれど、揶揄の言葉の接頭辞に使われてこれも気の毒。

笊耳というのは言い得て妙だが、ザルは水を汲む道具じゃないのだから、勝手に例えに使わないで欲しいと思っているかも知れない。尤も笊の方も笊耳で気にも留めずに居る、人間で言えば大人かも。

会社で見ていると、ザルを使って素麺をこしているのか、水を汲んでいるのか、迷うことが有る。素麺をこしているのなら、黙っていなければ成らないけれど、水を汲んでいるのなら、道具を替えた方が良いよ、と教えて上げたいけれどジッと見ていても不分明なことが結構ある。

まあ先方から見たらこちらは落ちこぼれのザル人間だろうけれど。

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2007年12月 3日 (月)

襟を立てて

最近めっきり寒くなってきた、らしい。当方はそんな気がしていないのだけれど。コートを着ている人が増えた。真冬の感じのコートを着ている人も見かける。冬になったら、きっと極寒の服装をするのだろうけれど。当方はフリースの上着を着ている。風が吹かない限り寒い気はしない。木枯らしが吹くと、風が通ってゆき寒いので、フリースの季節はおしまい。

風も無いのにコートの襟を立てている人が多い。何かのファッションなのだろうけれど、それで背を丸めて歩くと、何か侘びしい。カサブランカのボギーは、あれで格好良いけれど、普通の人は普通の格好の方が良い気がする。襟の外側にマフラーをするのは、今は寒くないけれど、寒くなったら直ぐ襟の内側に出来るように準備しているのだろう。無用に長いと思われるマフラーをしている人も居るが、邪魔だろうし、色んなものに挟まれそうで危ない。ブラウスの上に厚いコートを一枚と言うのもなあ。

そんな話を雑談でして居たら、その内の1人が何かを急に思い出したらしく、「襟を立てて人の話を聞くべきだよ」と言った。当方は「座布団一枚!」と言ったが、受けなかったので、本人は言い間違いに気付かなかったらしい。

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2007年12月 1日 (土)

江戸時代のチョンマゲ

もう江戸時代の人は1人も居ないから勝手に欠席裁判を遣るけれど、江戸時代の人は何を考えて、チョンマゲを結っていたんだろう。日本の恥とは言わないが、あんな奇天烈で且つ維持するのが面倒で実用性に欠ける髪型を何百年も遣っていたなんて、全く信じられない。

田舎の人も、子供もそれなりにあんな髪型をしていたのだろうけれど、実際どれぐらいテレビの時代劇に出てくるような比較的サッパリした手入れをしていたのだろうか。誰も言い出さないから成り行きでズルズル遣っていたのだろうけれど、考えてみれば気の毒なことだ。

時々日本に来た外国人も見慣れるまでには相当の時間を要したと思う。支配者が奇天烈な格好をしているのはそれなりに意味があるだろうけれど、全く現実的な生活に不釣り合いな髪型に付いて悩んだ人も多かったに違いない。ただ言い出せなくて渋々従っていたのだろう。

だから明治になって断髪令みたいなものが出て、そんなに時間が掛からないでチョンマゲは日本から絶滅した。相撲その他は違うようだけれど。

みんなきっとチョンマゲには飽き飽きしていたのだろう。勿論、反対やら一揆やら起こったのだろうけれど、それを上げて相当多数はチョンマゲを愛好支持していた、と言うのは違うと思う。その人達のその他の主要な政策に反対だから分かりやすいところを捕まえて反対していたと自分は思う。

それは例えば、話がちょっと飛躍するけれど、今はどうか知らないが昔は原水禁と原水協があった。どっちがどっちかは覚えても居ないが、どちらかが本家から脱退してものだ。これは自分に言わせれば、彼らは原水爆禁止はどっちでも言い訳で、自分の主張を通そうとしているだけで有ろうと言われても抗弁はし難いと思う。

皆さん、おれ、おれ詐欺、最近は振り込め詐欺、お為ごかし、色々な政党やら団体やらの怪しげな主張、目先の言葉に騙されないようにしましょうね。勿論この話も有る意味色々怪しいので、騙されないように。当方は皆さんに色々、喜捨や投票を依頼している訳はないので、そんなに怪しくは無いと思っていますが。

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