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2008年2月 1日 (金)

縄文土器

小学生の時に学校で土器の事を習った。勿論その前から土器とか石器のことは知っていた。畑で土を掘っていると、石器が出て来たし、土器だって出て来た。友達と見せっこをしたこともあるが、そんなに熱心だったわけではない。学校で習って、俄然やる気になった。なんのやる気って?土器を掘る事です。ハッキリ言うと当時土器と石器と化石の時代別などと言うことには全然注意を払って居なかった。よけい勉強が出来た訳でもないし、賢い子がいて蘊蓄を垂れてくれたわけでもないし。

土器や石器はずっと昔の人が土に埋めた、と思っていた。その割にはみんな破片ばかりだなあと、ちょっとは疑問も有ったけれど、疑問もそこまで。化石は誰かが埋めたわけではなく、多分土砂崩れみたいなもので自然に出来たとは思っていたけれど。と言いながら、釣った魚を平べったい石に挟んで土に埋めたこともあるし、魚を干からびさせて、やっぱり平べったい石に乗せて埋めたこともある、きっと馬鹿だったんだなあ、今考えれば。

自分が生まれ育った地域は、縄文時代から人間が住んでいたようだし、化石が出る沼や川が有ったから、人間が住む前は海か池で魚が住んでいたのだろう。

化石も幾つか持っていた。隣の家には木が化石が10個ぐらい家の裏の祠に置いてあった。漠然と木が長い間土の中にあると石に成るんだ、と思っていたけれど、それ以上は考えなかったので不思議とも思わなかった。まあ、酷く馬鹿な子供とは言わないけれど、そこら辺のガキだったのです。

今でも自分が生まれ育った村に有るかどうかは不明だが、郷土資料館と言うものは、当時無かった。そこで二万年程前からの考古資料や千五百年ぐらい前から現代までの暮らしの展示が有れば、洟は垂れていた可能性は大だが、もう少し賢かったかも知れない。

暫く前に友人を訪ねて一緒にその町の郷土資料館へ行ったことが有る。縄文土器が圧倒的ボリュームで展示してあった。中々見応えが有った。再訪するつもりだ。

縄文時代の土器は何種類かに分けられるようだ、一万年ぐらい続いた時代だから当然だろう。あの派手な装飾の土器は中期頃のものらしい。中期というのは二千年位続いた。考古学的な見地に因らない勝手な想像によると、余程暮らし易い時代だったと思う。多分穀物やら木の実やらを栽培して、動物、魚介を獲って、木の実草の実、野草なんかも採って、暢気に幸せに暮らしていたのだろうと思う。気候も良かったのだろう。今と違って医者なんか居ないだろうから、酷い怪我や病気で簡単に死んだんだろうけれど、人並みに健康なら、自由に楽しく暮らしていたのだろう。きっと何十世代も仲良く暮らしていたのだろう。生活するための時間は少しあればいいのだから、土器作りの連中は、凝りに凝ってデザインを考え装飾を施し、あんな土器が出来たのだろう。仲間同士でも同じ集落同士でも見せ合い自慢し合い、時には数キロ、数十キロ離れた隣の集落に持て行って自慢したのだろう。もしかしたらコンテストだって遣っていたかも知れない。そんな想像を一瞬のうちに掻き立てた圧倒的な縄文土器の展示であった。

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