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2008年2月 7日 (木)

村の信号機

自分が子供の時に、普段の行動範囲内には信号機は無かった。近くの街に出掛けたときに、見るぐらいであった。ある時、一人でその街に行って初めて歩行者用信号機という物を見た。人の形が浮き上がって見えるが、なんせ初めて見たのでどちらが進めでどちらが止まれか区別が付かなかった。赤が止まれで青が進めだろう、当然じゃないか、と言われそうだが、初めて見たのです、ちょっとボンヤリした田舎の子供が。

未だ生きているところを見ると、普通に渡ったか、信号無視したのだが、事故に遭わなかったかのどちらかだろう。

今は生まれた村にも信号機が幾つか有るけれど、要らない気がする。人も車も殆ど無いのだから、見栄で付けているのかなあ。信号機は付いたが、暮らしやすくなったとはとっても思えない。自分が小学生の頃より自動車の数は確かに増えた。しかし使うべき人間の数は激減した。

何年かに一回帰って、当たり障りの無いところを散歩するが、人と会うことは滅多にないし、子供が群れて遊んでいる光景はついぞ見たことが無い。

いっそのこと村は信号機を外して、サッパリさせた方が良いと思う。見晴らしは良いし走っている車の数は少ないのだから、みんな注意して運転するだけで十分だ。横断歩道のゼブラゾーンも取っ払った方がよい。ろくすっぽ人が歩いていないのだから、何処で渡ったって良いじゃないか。そして、昔のように学校の校庭を放課後も解放して、集落には広場を作って、子供も年寄りもそこに行ったら仲間が発見できるようにしたら良い。今より少し暮らしやすく成るだろうと思う。

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