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2008年3月 4日 (火)

核家族

この言葉は、戦後、特に60年代から急速に流布した様だ。実際の核家族は、都市部では江戸時代から相当一般的だったとのこと。田舎でも大農以外は案外核家族が多かったかも知れない。落語なんかで長屋に住んでいる人達は殆ど核家族だ。夫婦に子供が一人か二人、老人と娘か息子、老人と言っても当時のことだから50前後だったりするけれど、あと夫婦だけとか一人暮らしの登場人物が多い。テレビの時代劇でも長屋の住人は落語と似たり寄ったりだ。

大きな商家とか農家だと経済的包容力の大きさから大家族、つまりは3世代家族で子供が多ければ十人以上が一緒に住んでいて、そこに奉公人や作男が住んでいて総勢はもっと多いと言うことなのだろう。奉公人も作男も縁戚だったりすれば、まあある種の家族の構成員だろう。

核家族に否定的な意味も無いだろうし肯定的な意味も無いと思うけれど、何となく年配の人に取っては寂しさも含めてやや否定的で、若い人に取っては自由度が高くやや肯定的な感覚がちょっと前まで有ったように思う。

かなり昔人口について聞いた話で、核家族は、とても希望の有る言葉だった。これから発展する家族の核になる家族だ、と言う。

アメリカの西部開拓時代に幌馬車で西に向かう一団の中の1人の青年が或るところで離脱して開拓に入り、伴侶となるべき女性と知り合い家族を形成して、子供が増えて、開拓の土地が増えて、子供達が成長してその子供達が伴侶を得て、孫達が生まれて、孫達が又伴侶を得て、家族が拡大してゆく。親類も増えてゆく。移住した1人の青年とその伴侶の核家族が大家族に発展した。この二人は家族の核だった。

或る統計によると江戸時代の初期から現代まで日本の人口は10倍になった。この間約400年。増加率を大雑把に言えば、最初の100年で人口は2倍以上、次の150年で約12倍(たったこれだけ、財産の分割、零細化を嫌ってとか言う解説もあったけれど、社会が住みやすくて安定していると人口は増えないと言う方がよっぽど説得力が或る。)、最後の150年で、則ち幕末から現代までで4倍、都合概ね10倍。

人口大増加期は、核家族から大家族へ変遷して行き、人口停滞期は、大家族が“核家族”へ変移して行ったのだろう。

今は人口減少期らしいが、一人暮らしが多くなって行くのかなあ。生活を楽しんで1人だったらそれはそれで良いのだろうけれど、困窮していて1人になって行くというのなら、何か寂しい。人口の減少は或る意味必要かも知れないけれど、地味で豊かな生活を将来に見いだせるものだったら良いと思う。

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