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2008年5月30日 (金)

二酸化炭素削減

今地球温暖化を食い止めるために、温室効果ガスを削減しなければ成らないらしい。そのガスの代表は二酸化炭素。今後数十年間で今の半分以下に排出を削減しなければ成らない。どう考えたって無理だと思う。

目茶苦茶太って体重150Kgの人が100Kgに減量するのだって、経験知から見れば無理なのに、体重を75Kgまで減らせってなものだ。例えが良くないか。

今殆ど排出していないところも、排出の権利を持っていて、金のある工業国が金の無い第三世界から権利を買って、達成したことにするのかも知れないが、何かインチキ臭い。汚職が蔓延しそうだし、二重売りや空売りが頻発しそうだ。痩せた人から太る権利を買い取って、太っている人が、現状維持で事を済ませて居るような。

「私もう50Kg太る権利が有るのよ、だけど今は150Kgだから本当は200Kgでも良いの」見たいな摩訶不思議な話になりそう。

そもそも温室効果ガスを削減して温暖化を食い止められるのか、何か別の要因で温暖化していて、その結果温室効果ガスが増加していると言うことは無いとは思うが、因果関係は、大丈夫なのだろうか。

きっと色々な排出を規制しても二酸化炭素の削減は目標に到達しないだろう。今有る二酸化炭素を減らす方法は無いものだろうか、それも継続的に。

自信はないけれど、世界の大砂漠、例えばサハラ砂漠、ゴビ砂漠、タクラマカン砂漠、アタカマ砂漠、ナミブ砂漠、もっと沢山あるだろうけれど、こういう地域を先進国こぞって、技術と金を出して緑化して、植物の作用で気温を下げると共に、二酸化炭素を吸着すればよい。食糧の増産も出来る。

火星に人工衛星を送り込んだり、原子爆弾を作ったりしている暇はない。未来の人類、それもたった50年か100年先の我々の子孫に恨まれたり馬鹿呼ばわりされたりしないように、真剣にやった方がよい。

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2008年5月26日 (月)

杞憂

2008519日付けのニュース:日本とインドネシアの経済連携協定(EPA)で今年の夏に看護師、介護福祉士が500人程度日本に来ることが決定した。

2008523日付けのニュース:日本側の仲介機関「国際厚生事業団」が23日、病院や介護施設を対象にした説明会を開いた。参加者は予想を大幅に上回った。

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その内マレーシア、フィリピン、タイなどからも多数来日するだろう。

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私は大変申し訳ないことをしたと心から思っております。私が死なせてしまった斉藤さんには大変申し訳ないことをしたと心から悔やんでおります。何故かはよく分かりませんが、私は長い間斉藤さんから虐めに遭っていました。何時も私に対して見下した事を言っていました。私だけのことなら兎も角、家族の事や、国の事など色々言われました。それも二人きりの時だけです。他の人が居るときは、何時も良くやってくれている、みたいなことを話しているのです。裏と表では大違いです。

だからといって、人工呼吸器の管が外れているのを発見しながら、10分も放置したことは、良くないこと、いえ、悪いことだとは充分分かっています。

3年前に私は看護師として来日しました。最初の半年は日本語研修、日本の習慣などを勉強しました。自分の国とは大きく違うと思うこともあるし、人は基本的には全く同じと思うこともありました。勉強も仕事も大変でした。でも毎日が充実していて、楽しくやっていました。友達も出来たし、良い上司にも恵まれたし、あと少しで日本の国家試験を受けるところでした。日本人の上司はきっと受かるから、毎日しっかり頑張りなさいと励ましてくれました。勉強の指導もして頂きました。尊敬しておりました。彼の期待を裏切り、迷惑を掛けることになって大変申し訳ないと思っております。

今は留置されています。私がしたので当然の報いだと思っています。でも私の問題が私個人の問題から離れて、この制度そのものの問題だとか、外国人に大変な仕事である看護や介護の仕事を押しつけるのは間違いだとか、能力が低いいい加減な人達に日本での仕事は無理だとか、とんでもない方向に議論が沸騰してゆくのを見るのはとても辛いです。

又、日本と私の国との間で私個人の問題が民族的対立や経済的摩擦に発展しつつあり、とても悲しいです。お互いに補完しあって双方とも良いところを出しながら助け合うという原点を忘れて、感情的な対立をするのは間違っていると思います。看護される人や介護される人を置き去りにして、自分の利益を計るという意図を隠匿したまま、他人を攻撃したりお為ごかしなことをしたりするのは、折角軌道に乗りかけたこの試みをぶち壊して、患者さんや介護を必要としている人を犠牲にする悪い人だと思います。

近隣諸国がお互い補完しながら助け合ってもっと有意義な人生が送れるように成れば良いと思います。

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2008年5月22日 (木)

キリタンポ鍋の食べ方

高校を卒業して働いている時、友達を連れて実家に帰った。秋田の人だったけれど、キリタンポを食べたことが無い、と言うことで真夏に特別に作ってもらって、実家の座敷で二人差し向かいで七輪の上のキリタンポ鍋を食べた。美味しいと言って準備したものを殆ど全て食べた。多分1泊して一緒に帰ったのだと思うが、一日何をしたのか記憶がハッキリしない。

また学生になって帰省している時、友達から電話が有った。遊びに来て貰った。東京から夜行の急行で来た。自分が当時毎度利用していた列車。寝台車も連結されていたけれど、何時も座席。昔風の木の枠で出来た、クッションの真ん中がプックリふくれている伝統的なボックス席。彼もそれで来た。駅に迎えに行った。

夜は、これ又キリタンポ鍋。幾ら秋田でも真夏はそれなりに暑い。座敷で二人差し向かいで七輪の上のキリタンポ鍋を食べた。ビールも飲んで夜は虫の音を聞いて寝た。

彼は23泊した。釣りに行って大きなのが釣れたのだけれど、糸が切れたり、放りだして置いた竿が魚に引っぱられて沖に行ってしまったり、小事件が起きて楽しかった。釣り以外にも何かしたのだろうけれど余り覚えていない。

働き始めて23年経って友達を連れて帰省した。勿論真夏。またまた暑い座敷で二人差し向かいで七輪の上のキリタンポ鍋を食べた。地元の温泉に行った。楽しかったのはハッキリしているが、他の時間は何をしていたのか余り覚えていない。

子供の頃は、1年に数回の大変なご馳走であった。今でもご馳走であるけれど、当時は普段が今より余程地味だったから、飛び抜けたご馳走だった。鍋に鶏ガラ団子が入っていて、子供は骨が丈夫に成るからと言って、23個食べさせられた。今でも晩秋に田舎から送られてくるセットにはその鶏ガラ団子が入っている。慣れている者に取っては懐かしい舌触り。キリタンポ鍋は何時も美味しく有り難く食べている。友達を呼んで一緒に食べることも有る。

肉も出汁も野菜も勿論キリタンポも全て田舎の物、あまりの美味しさに普段より多く食べる。子供の時の事や、高校を卒業して働いたときの事や、学生の時の事や、働き始めてからの事や、色々な時に食べたキリタンポ鍋の事が思い出される、そんな有り難い郷土料理キリタンポ鍋。

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2008年5月20日 (火)

WTIの騰貴

大雑把に言えばこの10年で原油価格は10倍に成っている。その間物価が10倍に成ったという事も無いし、石油製品が10倍になったと言うこともない。ガソリン価格は確かに約15倍に成ったけれど。給料は下がり気味だったし物価だって下がり気味だった。つまり原油価格とは関係なさそうだった。最近は景気が後退しているように報道されているが物価は上がっている。困ったものだ。世上では原油価格の上昇が関係あるような事を言っている、全く理解できない。

その場限りの連続のような報道、分析ばかりに感じられないように全体的な説明がほしい。

原油価格の上昇の為か、最近はバイオ燃料とか言って人間の食うトウモロコシからエタノールを作ってガソリンに混ぜて売っているらしい。ある評論家が『人間の食べ物で代替ガソリンを作らないで、人間が食べない別の作物から作るのが最低の義務だ』みたいなことを言っていたが何か勘違いしていると思う。

作物で直接間接人間の食べない物って無いんじゃないだろうか。また、直接食べる主要穀物より金になるとなれば、金に眼が眩んだ連中はそれを止めてバイオ燃料の原料作物に転作するだろう。

バイオ燃料のせいかどうかはよく分からないが世界的に穀物の値段が上がって、東南アジアの何カ国かでは米の値段が倍に成った、とテレビのニュースで言っていた。米を買って食べている貧困層はさぞかし困っているだろう。元々エンゲル係数が高いばかりではなく、第二エンゲル係数も相当高いだろうから、本当に困っていると思う。

最近テレビを見ていると良くWTIの価格が上がったと言っている。West Texas Intermediate の略で、実際の意味は高品質な米国産の原油のことらしい。ネットで調べたらアメリカ国内で産出される原油の6%位の量で、世界で産出される原油の12%ほどを占める。それがガンガン上がっている。そうすると、世界の原油も上がる構造に成っているとの事。俄には信じられないが、もしそうなら、WTI を買っている連中はOPEC じゃないかと勘ぐりたくなる。ちょっぴりの損を覚悟でWTI の先物をガンガン買って、あわよくば自分の原油が上がれば、何十倍にも成って戻るのだから、投資としてはローリスクハイリターンに見える。

砂漠の中でプール付きの御殿に住んで、金ぴかのロールス○イスに乗って、10本の指に何十カラットものダイヤやら、サファイヤやらの指輪を嵌めて、自分に当てはめれば、美味しい焼き鳥毎日10本食べて、本当のビールを飲んで、みたいなものだ。

運に恵まれたからと言ったって自分だけが豪奢な生活をするってどんな気分だろう。きっと「人間は助け合う」生活がいい気がする。

おごれるもの久しからず、かどうかは知らないけれど。

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2008年5月14日 (水)

エンジのトレーナー

高校生の時、或る夕方学校から20Km位離れた田舎の観光地をフラフラ歩いていた。何かちょっと暗い気分だった。帰ろうと思って駅方面に向かっていた。狭い道路で自分を追い越した車がちょっと先で止まった。窓を開けて顔を出した。自分より10才ぐらい上と思われた。当時は結構なオジサンに見えた。奥さんらしい人が横に乗っていた。

「何処まで帰るんだ?」

「○○まで」

「そばを通るから、乗ってゆかないか」

一瞬躊躇した。危険を感じたからではなく、話し掛けられるのも何となく面倒だし、1人で列車に乗って、外の景色を見ながら何となく憂鬱な気分で居る方が良い気がした。思い直して乗せてもらった。

「何しに来たんだ」

「ちょっとフラフラと」

後は会話らしい会話は無かった。彼はそれ以上は何も聞かなかった。主要道路から外れて、集落の道路に入る時、道案内をしただけ。その人は奥さんとは時々小さな声で話をしていた。特段の内容ではなかった。こちらには話し掛けなかった。家から少し離れたところで降ろして貰い後は歩いて帰った。

それから1ヶ月ぐらい経ってから、県庁所在地に有る球場に行った。夏の甲子園野球大会の県予選の準々決勝の応援。自動販売機で買った飲物を飲みながら歩いていていると、その人と会った。全く驚いた。曖昧な笑みでお辞儀をした。

「元気でやっているか」

「はい」

「今日勝と良いがなあ」

「はい」

「俺も応援に来た」

それ以来何十年も全く会っていない。名前も知らない。当時の顔も全く記憶から消えた。彼も自分の顔は覚えていないだろう。

彼に会った時、自分は2回とも学校のエンジのトレーナーを着ていた。左胸には校章が印刷されている。大きく学校名が入っているわけではないけれど、学校の色のエンジ。

彼はあらぬ時間に寂しい観光地を歩いている後輩にちょっと手を差し伸べた。

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2008年5月 8日 (木)

シナチクの食べ方

今はメンマとも言う様だが、自分がシナチクと付き合うようになった頃には、シナチクとは言った気がするが、メンマと言う言葉は余り流布していなかったように記憶する。

シナチクというのは日本側からの呼び名で、メンマというのは中国での呼び名の日本語読みかも知れない。(追記: ネットを見ていたら、“日本でメンマという呼称が広まったのは昭和40年代で、メンマの名付け親は食品商社の会長との事。麺類に入れる麻竹であることからメンマ(麺麻)と名付けた。似た名前の商標がり商標登録が出来ず、それゆえ誰でもこのメンマと言う名称を使うことができ広まった。”何かちょっと予定調和みたいな話だなあ)

自分はシナチクが好きである。と言ってもラーメンのトッピングで増量して貰うと言うことはない。一緒に食べに行った人のシナチクを取るだけである(嘘)。

ずっと昔、昼食で時々行っていた店があった。今はそちら方面に行くことが無いので、消息は不明である。その内、気が向いたら行ってみようと思う、ついでに店が有ったら、昼食を取ろうと思う(思いつき)。

その店に入ってカンターに座ると、中年のオジサン達が数人働いていているのを見ることが出来た。当時自分は未だ若かった(オニイサン)。オジサンのウェイターは明るい感じの人だった。中の人達は、生真面目そうに働いていた。その中の1人で、見た目がちょっと恐いオジサンが大きなフライパンで良くシナチクを調理していた。そこで食べたシナチクで自分はシナチクが好きになった。余りに美味しいので、麺類以外を食べるときは、頼んで小皿に貰って食べていた(ご飯のおかず)。その内正式メニューになって掲示された。それで何かを食べるとき、「~~とシナチク一皿」と注文が出来るようになった。メニューに載ったら頼む人が多くなって前より多く作るように成ったらしい。きっと美味しいから、自分の様に頼んで小皿に貰う人が多かったのだろう。

未だにあそこのシナチクより美味しいシナチクに巡り逢った事がない。あのシナチクオヤジはどうしているかなあ、普通で言えばもう引退して暢気に暮らしているだろうなあ。

今でもスーパーに買い物に行って、袋詰めのシナチクを見ると、ジッと見てしまう。高いから滅多に買わないけれど。安売り店に行くと大袋で調理したシナチクが売っている。食べきる前に腐ってしまうから、大袋は買わないけれど、小袋は良く買って食べる。ご飯の上にザザッと掛けて、醤油を少し垂らしてシナチクご飯。納豆が好きな人が納豆ご飯を食べるノリだ。食前にちょっと飲むときも肴にシナチクが嬉しい。弁当にも56本シナチク。

事ほど左様に、シナチクは好きだけれど、筍はそれ程でもない(並)、でも筍掘りは好きだ、それも人里離れた急斜面に有る奴(危ない)。

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2008年5月 6日 (火)

バランス鳥

世の中は自分では気付かない色々な力が働いていると思う。まあ当たり前と言えば当たり前だけれど。

昔住んでいた所の隣人で23年は、会えば挨拶をする程度だったのだけれど、ちょっとしたきっかけで、結構仲良しになり、それ以来引っ越ししてからもそれ成りに交際している方が有る。先方が年上だから普通で行けば先方が順序よく亡くなり、こっちが順序よく亡くなり、そんな交際が有ったことはみんな忘れ去られるのだろうけれど、まあ普通ですよね。昔の貴族じゃないのだから、何かの形で手紙や日記が後世に伝わる心配も無いし。

何年も職場の近くで見かける人が居た。勿論挨拶もしないし、興味もないけれど、時々見るからお互いに顔を知ってしまう。そんな中、滅多に行かない近所のスーパーで買い物をしていたら、レジの所でバッタリ会って、近所の人だと知って挨拶をする。誰にもこんな事は有るだろうと思う。何かの力が働いたのだろう。

街の中を歩いている色々なカップルが居る。美女と野獣みたいなのが居るかと思うと、美男とどう贔屓目に見てもオカチ○ンコの組み合わせ。美男美女の組み合わせもあるし、その逆の組み合わせもある。まあ大抵はそれなり同士の組み合わせで結構だけれど。

「ナンデ?何で?なんで?」見たいな組み合わせって結構あるように思う。多分一時的な気の迷いか、美的センスの絶妙なる配合からか、眼の付け所が他人からは忖度できない所にあるとか、理由は色々あるのだろうけれど。何か平均化するバランスを取りたがる力が働くのだろう。つまりバランス鳥がその二人を掴んで一緒にしたのだろう。

美男はオカチ○ンコを目指し、美女はブサ○クを目指す。間違って美男美女の組み合わせだのに子供はそうでも無かったりする、バランス鳥。

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2008年5月 2日 (金)

即席麺の食べ方(2)

出張編

ずっと昔パキスタンでは持参のカップ麺を食べた。24個入れ一箱を持参した。滞在が短ければこれで十分だけれども、長いと無くなってから長い。無くなってしまえばもう入手する手だては全くないから、食べたいとも思わない。長くいると段々食べ物はどうでも良くなって行くのが分かる。贅沢な人は知らないけれど、疲れ切って空腹なら、食べやすく単純な味なら大抵美味しく食べられる。土地の人が長い間食べているものは、大抵比較的早く慣れてそれなりに食べられる物だ。自分が食べる物は日本での生活を基準としてこうでなければ成らない、と思っている人は違うだろうけれど。

ホテルで朝食を食べる気がしない時に、サイトに行ってからお湯を沸かして朝食として食べた。偶には夕方食べた。巡り合わせで昼食を取られなかったときには重宝した。1人で薄暗い部屋でフォークでズルズルッと食べた。侘びしい気もしたが、食べて空腹が満たされれば、さっきの暗い気分は飛んでそれなりに満足した。

サウジアラビアではアメリカ風のスーパーに何十種類もの袋麺やカップ麺が有った。1個か2個買ってきては味を試して結局は23種類に収束して、食べる物が決まった。1週間に45個の割合で食べた。勿論卵もネギも何も入れないで食べた。多分卵は売っていただろうけれど、ネギが売っていたかどうかは覚えていない。休みの日に疲れてベッドの上でボンヤリしていてもお腹は減る。お湯を沸かしてカップ麺を食べる。少し足りない分は、買い置きのビスケットとコーラかミルクを飲みながら食べた。それでその日の食事はお終い、という事も有った。夜中に空腹を感じても面倒くさくて、チョコが有れば少し食べてそのまま寝た。

普段編

未だに即席麺はよく食べる。朝パンを一枚食べて少し足りないなあ、と思えば、袋麺を半分に割って、あり合わせの野菜を少し切り入れて煮て、ズルズルッと、体も温まり良い。

スーパーにあれだけ並んでいると言うことは、何処のお宅でもそれなりに食べているのだろう。日本の大発明の1つだと感心する。

即席麺が自分にとって疏食なのか、贅沢食と言うことは無いだろうけれど、普通食なのかはさておいて、この何十年もお世話になってこれからもお世話に成るのは確実だ。

初心忘るべからず、感謝して美味しく食べよう、そんな大袈裟な事でもない。好きなだけである。

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