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2008年6月27日 (金)

ウグイの食べ方

「つきば」と言っていたが、多分「付き場」という意味だったと思う。自分が生まれ育った田舎を流れている全長数十キロの小河川に作った人工の産卵床。砂利が川原から河床まで万遍なく敷き詰めていて、水の深さは数十センチ。そんなところに木の柵を川下に向かってハの字型に作って川の流れを速くして、そこに砂利を上手い具合に敷いてそこに魚を誘引する。

何日かに1回河床を直していた。長い木の柄の先に丈夫な鉄枠に囲まれた金網が付いている、金魚すくいの親玉みたいな奴、名前が有ったのだろうけれど記憶に無い。

父親が産卵床を作ったり直したりする時には、特長と言っていたが、胸まで一体となっている長靴を履いていた。付いていって川原の日陰に座って、ジッと見ていたものだ。河床から砂利をすくい上げて、適当なところにザーと撒いていた。大人になってから相当な重労働だったろうなあ、と想像できた。

飽きればそこらを彷徨いてイタドリを食べた事も有った。当時は余り活発でなかったから、興味が引かれるままに遠くまで行ってしまうと言うことは無かった。

夜になると「行くか」と言うことで投網、懐中電灯、叉手網などを持って出掛ける。家から出て間もなく川の土手に出てそこにある小路を歩いて行く、暗いところは電灯を使うが、晴れていれば星明かりや月明かりで十分に歩けた。15分ぐらい歩いて付き場の土手に着いた。少し前から電灯を消して、静かに川原に降りる。そろりそろりと水際に近づいて、エイヤーと投網を投げる。ちょっと風を切る音がして、大きな鉛の連なりが水に落ちる音がする。

もう電灯は付けて良いのだが、全体が見えなくなるので付けなかった。投網をゆっくり引っぱり、徐々に窄めていって、魚を袋網の中に入れてゆくようにする。大漁の時は魚が投網の手元側の細くなっている方まで、登り上がってきて直ぐ分かった。

魚がばたつく投網を川原に持ってきて魚を網から外す。小さいのはヒヤレ、30cmより多きいのはナカト、若しくはナカド、40cm以上のはヒゴロと言ったと思う。どれも婚姻色で赤黒の線が鮮やかだった。叉手網に集めて、適当な量になれば、木で作った大きな生け簀に入れた。1回に560匹も捕れることもあった。魚が夢中に成っていて、一回目の投網で逃げなく、もう一度投網を打つこともあった。そう言うときは大漁で楽しかった。

大部分は売った。時々食べた。

大きいのは焼いてから、鍋物の出汁兼具として、小骨の多い魚だったけれど、骨離れは良く自分は好きであった。みそ味で豆腐ネギ、時にはジュンサイなどを入れた。塩焼きでも食べた、淡泊な味。

小さいのは甘露煮、長期保存が利くので1回作れば暫く食べられた。頭も背骨も皆食べられた。小学校から帰ってきて家に誰も居なければ、自分でご飯を装って、中ぐらいの魚を一匹その上に乗せて、朝の残りのみそ汁もお椀にとって、1人で食べた。昼食が終わって、水瓶から柄杓で水をゴクゴクと飲んで、遊びに出掛けた。

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