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2008年10月26日 (日)

大盛の食べ方

先日、昼食を兼ねて散歩に出た。近くの散歩道、野川綠道を下った。広い道路との平面交差の少ない良い散歩道だ。日射しを浴びたいときは、川の北側の遊歩道を、日陰を歩きたいときは南側の遊歩道を歩く。

その日は暑く小一時間も歩くと喉が渇いてきたが、ドリンクバーの為に我慢。喉がカラカラとなって、少し咳き込んだ。持参の飴を嘗めて凌ぐ。その日朝はいつもより軽く朝食を済ませていたので、かなり空腹を感じた。

目的のファミレスに着いて日替わりランチとサラダバー、クーポンを持ってきたドリンクバーを注文。「ランチは同じ価格でご飯が大盛に出来ます」直ぐ大盛に変更。注文の料理が来るまで、喉の渇きを癒し次々に飲物を持ってくる。サラダバーではお腹に溜まる方の食べ物を取る。そうこうしている内に料理が来る。スープもお代わり自由で、用意してある3種類を次々に貰う。料理を食べ始めると思ったよりご飯が多く、サラダバーからおかずになりそうなものにドレッシングを多めにかけて持ってくる。ご飯が喉に突っかかりそうになると、全然合わない感じの飲物で流し込む。みそ汁が有ればよいのだけれど、スープは洋食っぽい物だけ。それでもまあ食べることは楽しい。ちょっと多かったなあと思っても結局は全部平らげた。後はゆっくり飲物を飲む。

斜め横の席に3人の家族連れが来た。両親と20代後半の娘。サッサと食事をして、自分達より早く帰ってしまった。何気なしに見るとメインのおかずも残っていたが、付け合わせはそれぞれかなり残っていた。ご飯に至っては、1人は殆ど手を付けて居なかった。1人は半分ほど残っていた。1人は三分の一ほど残っていた。あーあ。

食事を終わって来た道を帰った。ドリンクバーで沢山飲んだのに、家に着くなり、コーラをコップ一杯飲んだ。ドリンクバーでもう一杯コーラを飲んだからと言ったって、これは避けられないんだよね。ファミレスで最後はちょっとイラッと来たけれど、自分達に取ってはちょっと贅沢な楽しい昼食であった。

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2008年10月24日 (金)

フルーツの食べ方

トロピカルフルーツ:

白い砂浜

アンダマン海に沈む夕日

椰子の木陰

二人は雑談を楽しむ

白いテーブルと白い椅子

テーブルの横には大きな日傘

爽やかな風

低い波の音

遠くから風に乗って微かなけだるい地元の音楽

大きな器にたくさんの氷

綺麗に剥かれた熱帯の果物

マンゴー、マンゴスチン、パパイヤ、ライチ

温帯の果物:

紅葉の燃えるような高原

遠くの山脈に沈む夕日

四季咲きの薔薇

二人は雑談を楽しむ

ログハウスのウッドデッキ

幾つかの四阿

冷たい風

鳥のさえずり

広々とした景色

セーターを着た二人

ガラスの器に盛られた温帯の果物

リンゴ、カキ、キウイ、イチゴ

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2008年10月20日 (月)

トマトの食べ方

トマトが好きだ。季節の内は毎日のように食べている。どう言う加減かは知らないが、ある時期になると味がしなくなるので、そんなことが数回続けば、自分にとってその年のトマトのシーズンはお終い、値段も高くなるし。

今はミニトマト系の種類が多い。大きい系のトマトは珍しくなった。外房の直売を見て回ると時々大きいのが売っている。喜んで買う。ヘタの方がギザギザでかなり青っぽい。今主流の桃太郎より原始的な味だ。昔の事が思い出される。

小中学生の頃、よく1人で23キロの道のりを歩いて、家の畑に行った。自動車が通れる道、リヤカーが通れそうな道、歩けるだけの道、田圃の畦道。時間や天候、何かヘビが出そうな日。その日の気分でそれらを組み合わせて通った。

開けた草原を歩いていると荒野にぽつねんと1人の感。林の中の小路を歩いて人に会うことは殆ど無かった。

木陰の路や林の中を好んで歩いた。それでも額に汗をかいた。畑に着く頃には喉が乾いた。トマトの畝に行って適当な物を1個取って食べた。続けて23個食べることも有った。時には家の誰かが、取って井戸水に浮かせてある冷たい物を食べられることもあった。真夏のトマト。

外房でトマトを食べると、そんな昔の事を思い出すことが有る。今田舎の子供達も、家の畑に行ってトマトを食べるなんて事が有るのだろうか。

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2008年10月16日 (木)

たこ焼きの食べ方(4)

たこ焼きって日本の食い物と言うより大阪の食い物という感じだ。噂では関西の方では晩飯の代わりに食っているらしい。ご飯とたこ焼きとみそ汁の定食も有るらしい。それはそれでいい気がする。

ご飯は多分国産だろうけれど、後は輸入品っぽい材料が多い。たこ焼きの小麦は北米、具のタコはアフリカ近辺の海、味噌の大豆は北米と中国、紅生姜も中国っぽい。マヨネーズの卵と鰹節は国産の気がする。それでも卵を生むニワトリの餌は北米や南米産っぽいし、カツオを捕る船の燃料は中東だし。斯くして日本の食糧自給率は40%。

自分は粗食なので、自給率が向上して結果として日本全体が粗食に成っても何ら不満はない。美食家の人達は、買って食べられるなら、受給率を上げる意味は無いと思って居るだろう。

勿論、たこ焼きも中国製で冷凍のものが売られている。原材料の原産国は中国?所で輸出国の中国での食糧自給率は?飢えている人は居ないのだろうか、ちょっと気になるなあ。日本は戦前飢餓輸出していたと言うし。

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2008年10月14日 (火)

たこ焼きの食べ方(3)

田舎に居たときに見たことも無かったのに、こちらに出て来て学園祭の時に、同好会でたこ焼きの屋台を開くことになった。どう言う風の吹き回しでそうなったかは覚えていない。飛ぶように売れた。最後はタコを小さく切ってナントカ凌いだ。売る方も買う方も、学生特有のまあ一種のヒステリー状態。タコが小さくなってからも味見したけれど、とても美味しかった。

予想よりたくさん売れた。たこ焼きには楊枝を付けないで、割り箸を付けていた。途中で割り箸が不足してきた。何時も食事に行っている学校の近所の食べ物屋に行って、オジサンに割り箸を数百本分けて貰った。友達と2人で交渉に行った。快く分けてくれた。アレッと思うほど安かった。

祭りが終わって道具を返して清算したら、これ又予想以上の利益が出た。同好会で発行していた文集の制作費に充てた。

何年か前に母校の近くを散策し、割り箸のオジサンの店が有った辺りも探してみたが、全く様子が変わっていた。ご存命なら相当のジイサマになっているはず。息子さんが跡を継いで、偶には店に出て来て学生と話をしていると良いけれど。

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2008年10月 8日 (水)

たこ焼きの食べ方(2)

この間お好み焼きを家で焼いて食べた。たこ焼きの粉もあったし、タコも有ったのでついでにお好み焼きの鉄板で材料だけたこ焼きという物を作って食べた。

なんと言ったら良いんだろうか。当たり前だけど味はまあまあたこ焼き、食感は全くお好み焼き、不味くは無いけれど、たこ焼きを食った気はしなかった。たこ焼きはあの丸い格好でないとあの味は出ないと実感した。たこ焼きにとって形は味の内。

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2008年10月 2日 (木)

たこ焼きの食べ方(1)

田舎に居た頃は、たこ焼きという物を知ってはいたけれど、現物を見たことはなかった。こちらに出て来たら、縁日にあるのは勿論、そう言う物を食べさせてくれる店が有るし、お祭りには付きものって感じ。街中に有るのは大きさが、昔のままの様な気がするけれど、祭りで見られるものは、ここ10年ばかりで巨大に成ってしまった。とても一口で食える品物ではない。たこ焼きは一口でそれも楊枝で刺して食えるのが眼目の1つだったと思うがなあ。

何でもそうだけれど、有るものが進化し始めると、当然の帰結なのかそれとも異常な方向なのか解らないけれど、本来の主旨とは関係なく、大発達というか大進化を遂げる事がある。

ポケットベル(本来は登録商標らしいが普通名詞化した)は暫く地味に利用されていたが、大発展を遂げて、多分本来の目的とは違う子供のオモチャになってそれから滅んでしまった。

その前後に出て来た携帯電話は滅んでしまったりはしないだろうけれど、昔は事務所から離れた比較的お偉いさんと連絡を付けるための物だったけれど今は小学生でも持っている。多機能化し携帯「電話」という名前はもう相応しくない。「携帯電話で改札を通る、携帯電話でキオスクの支払いをする」こんな日本語で意味がチャンと通じるって変だと思う。

たこ焼きは大発展して、滅んだりしないで、ちょっと空腹な時のお手軽食べ物で残っていてほしい。

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