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2008年11月30日 (日)

剪定

昔リンゴその他の果樹の剪定を手伝った。晩秋から真冬にかけて行う。寒いところでの作業だ。最初の内、手や顔が冷たい。暫くすれば、力の入る仕事だから、寒いと言うことはない。剪定した枝は、時々穴に集めて、燃やす。

剪定は微妙な所が有って、何年も経過を観察しないといけないから、上手になる為には年期が居るけれども、それなりに8割ぐらいでよければ、勘のいい人ならそれ程難しいことではない。上手い人から少し習って、教本を読んで、思った7掛けぐらいで切るのを止めれば大過はない。切らないでおけば、必要なら後で切れば良いけれど、切った枝を元に返すには何年か掛かる。

街を歩いていると、公園や遊歩道の植え込みや樹木に手が入れられている。これらは果樹ではないが、見た目は兎も角せっかくの物が台無しになっていることが散見される。勿論予算の都合だろうけれど、もう少し何とか成らない物だろうか。花が咲かないサツキやドウダンツツジを見るのは辛い。植えっぱなしの芝生を見るのは辛い。雑草だらけの小川を見るのは辛い。

テレビには、乗っている枝や掴んでいる枝を切り落としているのじゃないか、と言うような事をシラッと言っている人が居る。バランス感覚が悪いとしか思えない。評論家や政治家には向いているかも知れないが、少なくとも植木屋と果樹農家には向かない。

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2008年11月28日 (金)

12,000円が貰えたら

金持ちのお坊ちゃまが某国の首相になって、景気対策で消費拡大を目指す「定額給付金」を国民全員に支給するらしい。予算は2兆円。昔有った地域振興券と同工異曲だけれど金額は約3倍。政策の是非、景気に対する効果はさておき、もし12,000円が貰えたら、どうするかと言う話。

一応自分としては、外食を23回する、本を23冊買う、博物館に23回行く等と言うことは絶対しない。勿論貯金もしない。

花瓶とか置物とか半永久的に残って眼の前に置く物を買う。それに札をぶら下げて定額給付金で之を購入、~年~月~日、金~円、首相は~。この政策が善政か衆愚政策か悪政かを長い間考えられるようにしておく、と言うのは冗談。

実際は自分にとっては悪銭同様、どうせ身に付かないのだから高い価値を持った使い方をしたい、と言うことで有効な所に寄付をする。寄付先は途上国の子供達に教育支援、食糧支援、健康支援などを行っているまともなNGO

自分にとっては、何日分かの生活費だとしても、まあ有り体に言えばたった12,000円、されど、途上国の子供達とっては人生を左右するかも知れない12,000円。

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2008年11月24日 (月)

本当ですか

一昔か二昔かとにかくかなり前に、会話で聞き手の方が「ウッソー」と「ホントー」の二語しか言わないと言うのが有った。暫くして攻守所を変えても、やはり聞き手の方は「ウッソー」と「ホントー」の二語しか言わない。実際は違うんだろうし、見たことも無いけれど。かなり親密で共通体験について語り合っているのなら、次々に情景やら、感想やらが、出て来て相互に1つの場面を作り上げてゆくという会話が成立するだろうけれど、赤の他人で単独体験を相手方に話して聞かせると言うことなら、「ウッソー」と「ホントー」だけで十分だ。聞いている方だって、機械的に反応しているだけであり、次に自分が何を言うかを考えているだけだから。

オバサン達の道路での立ち話も全く同じで、お互いに一言一言に頷き有っているけれど、1人は会社でいかに自分の亭主が偉いかを延々と話し、特に相手の亭主の肩書きが自分の亭主より低いと、肩書きを連発し得々と自慢話を語って、ついでに自分を優位な物と見なして勝ち誇る。別の1人は子供の自慢を共通の友人の子供と比較して褒めそやし、やっぱり自分の優位性を示したがる。2人でも3人でも状況は全く同じで、長い間、道路の脇で立ち話をしているが、話題に全く共通性は無い。

自分はそう言う話題の才能が欠如していて、殆ど何も言えない。立ち話の場面に巻き込まれることも殆ど無いけれど、そう言う機会に恵まれたとしても「はあ、はあ、そうですか」と言うばかり。

何か話をしているとき相手から、実は意味のない単純な合いの手なのだけれど「本当ですか」と言われると、「本当です」と言うことにしている。

「ウッソー」と言われると「私は生まれてこの方、一度も嘘を吐いたことが有りません」と言うことにしている。

よって奇人変人扱いされている、多分。よって話し掛けてくる人は希だ。

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2008年11月20日 (木)

全面勝訴

ちょっと話題になった裁判の結審の日、支援の傍聴人が裁判所から出て来て、「全面勝訴」「不当判決」などの幟の様な物を出して外に居る取材陣その他不特定多数に示す。自分の意見が通れば「全面勝訴」で自分の正当性を声高にクドクド説明する。通らなければ「不当判決」と言って強く裁判官を詰るというステレオタイプは兎も角。

後「一部勝訴」というのも見たことが有るが、その他はどんな表示が有るか今後注意して見ていこうと思う。「保守反動」なんて言うのも有りそうだ。

裁判所の近くの文房具屋さんで「全面勝訴」とか「不当判決」とかその他解りやすい幟を各種準備しておいて、原告被告冷やかしなどのご要求に応えられるようにして置けば、便利で結構な事ではないか。上記の他、当面「無罪」、「有罪」、「死刑」、「無期懲役」、「玉虫色」などが有れば良いと思う。

裁判が終わったらそれぞれの立場の人がバラバラ出て来て、裁判所の広場で、それぞれ幟を立てて、説明したり、討論会を開いたりするように成るかも知れない、なんて。

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2008年11月18日 (火)

冬の鳥、ツバメ

昔、東南アジアで働いたことが有る。仕事からの帰り、街を歩いていた。地上は暗くなり始めていた。空は未だ明るい。何気なく上を見ると、夕日に照らされている高層ビル。黒い点のような小鳥が沢山飛び回っていた。数十羽から数百羽の群れ。数日間は特に気にも留めないで居た。

郊外から車で街のホテルに戻るとき、注意してみると高い空に例の鳥と同じと思われる鳥が数十羽群れて飛んでいた。その内、気になって現地の人に聞いた。最初は小鳥、つまりコウモリではないと言う意味、もう少し突っ込んで聞いたら、ツバメだと言うことが分かった。

日中は目立たないから、夕暮れ時だけ集団で居るかも知れないし、塒に帰る時に大きな群れになるのかも知れない。ここではツバメは冬の鳥。冬と言っても日本の9月か10月の気候。日本などの温帯で1~2回の繁殖が終わって子供達を引き連れて故郷に帰り、冬を越しているのだ。産まれたところが故郷なら、日本などの温帯が故郷で熱帯は旅先なんだろうけれど。

自分達は連日多忙で疲れ気味、ツバメはヒラヒラと空高く飛び回っている。春に5000キロ飛んで温帯アジアで繁殖し、秋に又5000キロ飛んで、冬を熱帯で越す。

「空の鳥を見よ、蒔かず、刈らず、倉に収めず。されど、天の父は、これを養い給う」

翻って、我々は、あくせく働いて、色々考えてやっと生きてゆく。

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2008年11月12日 (水)

星のかけら

中学生の時、流れ星というか隕石というか星のかけらを作った。作り方は至って簡単。塩の塊に飯粒を適当に押しつけて、それに少し土を塗って、薪ストーブの上で焼きながら、みかんの皮の汁を垂らし、焦げさせなから焼結。大きさは親指の半分ほど。

それを学校に持って行って、友達に良い物が有るからと言ってこっそり見せて、実は昨日夜外で立ちションをしていたら、流れ星が家の庭に落ちた。よく探したら、少し土に埋まって居たが、煙が出ていたので発見できた。幸運だった。友達がほしそうな目をしたので、(予想通りの反応)ちょっと勿体を付けて、漫画もたまに貸して貰っているし、友達だから上げる、と言って上げた。但し他の人が欲しがるといけないから、誰にも言わないように、と口止めをしておいた。それ以来、彼とはその星のかけらについて話したことは無い。

普通で行けば、星のかけらでは無いけれど、地球が星で、そのかけらという意味なら、まあ無理矢理星のかけらでないこともない。

我々も星の上にあった材料で出来ているから、そう言う意味では星のかけらだ。星の材料でこの世に生まれ出でて、暫くその格好でいて、又星のかけらというか材料に戻ってゆく。

生老病死、必死こいて働いて、愛したり、挫折したり、一夜友人と歓談痛飲。今の格好ってホンの仮の姿、本当は星のどうでも良いかけらなのに、ついつい忘れて、必死こいてしまう馬鹿な私って所かな。

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2008年11月 6日 (木)

魚の味

3年ぐらい前に或る動物園に行った。好きなペンギンを暫く見ていた。飼育員が来てバケツの魚をペンギンに与え始めた。ペンギンは喜んで次々に飛ぶように泳ぎ来たって、餌をくわえて飲み込む。とても美味しそうである。暫くして餌遣りは終わった。ペンギンは又何事もなかったように静かに成った。自分の中で原始の血がグツグツッと動いた。

次にアシカを見に行った。暫く見ていたら、飼育員が来てバケツの魚をアシカに与え始めた。数頭のアシカは円を描くように飼育員の前に現れては餌を貰い少し齧ってから美味しそうに飲み込んだ。それを何回か繰り返した。飼育員が帰ると又静かになり、先ほどのようにゆったりと池の中を泳ぎ始めた。どきどき見物人に愛敬を振りまく。自分の中の原始の血が又グツグツッと動いた。

自分は物欲しそうな顔をしていたらしく、側にいた家内が、「お腹が空きました?」と聞いた。未だお腹は空いていません。夕方まで見て歩き、その日は何と言うこともなく家に戻った。

一週間後無性に釣りがしたくなり、小田原新港に1人で釣りに出掛けた。昔ほど開放感が無いけれども、駅からも近いし、交通も便利で良い所だ。

市場と大きなお手洗いが有る岸壁で釣りを開始した。小魚が群で泳ぎ回っているのが見える。近くのグループはBBQをしながら釣りをしている。カタクチイワシもいるようだ。撒き餌をして群を寄せる。サビキに一投目から何匹も掛かって楽しい。布バケツに水を汲んで釣った魚を泳がす。230匹溜まってきたので玉網を掛けて汚れた水を捨てる。玉網を取ると、カタクチイワシがピチピチと跳ねる。先週のペンギンとアシカの光景がフラッシュバックした。

うっ、うっ、なんじゃこりゃ。

思わずその魚を捕まえて、口に運んでしまった。十分に食える。顔がにやけるのが分かった。続けて何匹も食ってしまった。その様子を近くのグループに見られて、彼らにドン引きされた。それでハッと我に返った。

釣り道具を放棄して、デイバッグだけ掴んでその場から逃げた。

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2008年11月 4日 (火)

ウシロベゴ

自分の田舎には皆さんの地方に居ない物が居る。その名はウシロベゴ(このゴは鼻濁音で発音しないで文頭にあるゴと同じ発音)、別名スナベコ(こちらはコでもゴでも良い、濁音での発音は同じ)。皆さんの所に居るのは、似て非なるアリジゴク、則ちウスバカゲロウの幼虫ですね。

雨の当たらない崖下や、大木の根元、土蔵の軒下、社寺の縁の下などに居る。自分と趣味が合いそうだ。乾いたサラサラの土地ですり鉢状の穴を掘ってその下に生息している。

蟻やダンゴムシが落ちかけると砂を飛ばして足下を掬い落ちてきたところを、齧って体液を吸って殻になったら、穴の外に放り出す。人間の追いはぎとちょっと似ている。穴の回りには、カラカラの残骸が幾つも転がっている。

何でウシロベゴと言うのか、こいつは後ろ向きにしか歩けない。自分も後ろ向きだけれど、歩くのは前向き、こいつは前向きだけれど歩くのは後ろ向き。何十匹も実験したけれど、前に歩いたのは一匹も居なかった。ベコ(ベゴ)というのは牛の事です。この虫には立派な角が生えて、体がズングリしているからベコと言う、多分。

中学生の時に、友達にこう言った。「この前、~~山へ遊びに行ったら、山頂近くに社がいくつか並んでいた。その軒下にこんな(両手で直径20センチぐらいの輪を作って)大きなアリジゴクがいっぱい有った。きっとこれぐらいの(親指と人差し指で卵ぐらいの輪を作って)ウシロベゴが居るに違いない。小枝でかまったら、砂をバンバン飛ばされ、大きな角がチラチラ見えた。捕まえてきても飼えないので、取っては来なかった」

友達の目がランランと輝いた。社への路を教えた。彼が巨大なウシロベゴを念願通り入手出来たかどうかは不明、多分駄目だったろうけれど。

このウシロベゴは不思議な生態である。23年の幼虫期間には糞をしない。変態して成虫に成ってから、一度に放出するらしい。23日の便秘の後の便通でも相当スッキリするのだから、それはもうこの世の天国、かどうかは知らないけれど、その苦しみからの解放を味わってみたい気がする。この虫、この後がまた変わっている。清く美しく水だけ飲んで23週間で死んでしまう。

極悪非道の人生を歩んできた人が、死ぬ直前に翻然と悟って文字通り体から汚れたものを全て出し切って、最後は清らかに生きた、みたいなそんな虫が我が故郷には居ます。

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