« 宗教的な(2) | トップページ | 宗教的な(4) »

2009年1月22日 (木)

宗教的な(3)

暫く前に散歩を兼ねて昼飯に出たら、なんの変哲もないところで、比較的若い女性に話し掛けられた。最初言っていることが分からなかったが、聞き直してみると『スピリチュアルボランティア』と宣った。何をどうしたいのか意味が分からなくて、ボンヤリしてしまったが、ちょっと興味を惹いたので、暫く黙って聞いていた。いっこうに本題に入らない。精神を救うには、見たいな話になってきて、ある種の宗教の勧誘らしいと解った。興味も失せて、少し疲れも感じたので、残念ながらそこでご遠慮申し上げて、食事に向かった。あの人は宗教的なのだろうか。

暫く歩いて行ったら、10メートル位先で、オバサンが転んで、横座りの様になった。近づいていっても、一向に立ち上がらない、仕方がないので、手を差し伸べて「どうしました、何処か打ちましたか」その人答えて曰く「神が罰を与えたもうたのです」。さっきの人と巡り逢えば良かったのに。

今の自分なら「へ、へ、兎も角立ち上がって」とか「何か罰が下される事をしたんですか」ぐらいの事は、言うだろうけれど。その時は、目が点になって「お大事に」を言うのが精一杯だった。あの人も宗教的なのだろうか。

ずっと昔公園の芝生やベンチで寝転んで本を読んでいると、2人組の若いアメリカ人男性に比較的上手な日本語で話し掛けられたことが何回か有った。宗教の勧誘っぽくはなかったが、休日に教会に来ないかとか、無料の英会話が出来るとかの言葉が有ったから、まあ勧誘だったんだろうと思う。でも宗教的な感じはしなかった。

|

« 宗教的な(2) | トップページ | 宗教的な(4) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 宗教的な(3):

« 宗教的な(2) | トップページ | 宗教的な(4) »