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2009年2月27日 (金)

木曜日の夜の食べ方

ムスリムの人々にヒジュラ暦第9月、ラマダーンと言うものが有る。日本では断食月と訳されているようだ。誤解してラマダーンの事を断食のことだと思っている人も居るようだけれど。また別の誤解でその間(つまりは1ヶ月と言うことになるのだが)、断食をしている敬虔なイスラム教徒がいる、と言うのも有る。これは物理的に無理だと言うことが、ちょっと考えると直ぐ解ると思うけれど。悪意が有れば、陰で食べているに違いない。つまり本音と建前の乖離が大きい。だから・・・信頼できない、見たいな話になると、こういう人はもうかなり処置無し。自分の無知を顧みず悪意を以て他者を見る、自戒。

断食の由来は兎も角、これは食料を節約するためではなく、宗教的な試練として行う物だ。日中の飲食が禁じられている。妊婦、子供、老人、旅行者などは免除。その他の人でも日没から夜明けまでは食べて良い。試練だから、食べる物は昔はかなり地味な物だったと思うが、今は贅沢な物になっているようだ。自分の友達は、お祭りのように夜ご馳走を食べることが多いから、太ると言っていた。統計でも食料消費量が増えると言っていた。ヒジュラ暦は純粋な太陰暦で、閏月の調整が無いから1年に11日ずつ太陽暦からづれ33年ほどで元に戻る。因ってラマダーンは日の長い暑い真夏もあれば、日の短い寒い冬もある。ラマダーンの季節が2回転すれば、もうその人の人生も晩年だ。

自分はこれとは本当は全然関係ないのだけれど、粗食日という日を設けてある。実施は木曜日の夜、一食だけだけれど。1年は52週だから、日数だけ見れば、ラマダーンより多い。

他の人が我が家の食事を見れば、普段から粗食じゃねえの、と言いそうだが、木曜の夜は一汁一菜かパンにマーガリン、牛乳か水というような食事になる、量も少ない。論語で言えば疏食。

それで節約したと見なす一週\500を貯めて1年で\26,000気が向けば少し足して寄付している。寄付先は世界の貧困地帯で生活援助、医療、教育などの活動をしているまともな団体。

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2009年2月23日 (月)

色々な物の食べ方

我々は毎日何かを食べて暮らしている。ミルクだけの赤ちゃんも、点滴だけの病人も広い意味で言えば何かを食べて生きている。私はサプリだけよとか、何かの特殊なダイエットに夢中な人、方向が違う気がするけれど、やはり何かを食べて生きている。

お茶漬けを食べて「ああ美味しい、日本人に生まれて良かった」いつも贅沢なものを食べて、特段感動もないのに、ひょんな事からお茶漬けを食べて、そんな感想を述べるのは、美味しい物を食べる方法として、お勧めできない。

各種贅沢な物を食べる機会が多ければ多いほど、食べ物を自然から取る現場や食べ物を生産する現場から遠ざかる。その苦労も楽しみも知ることもなく、無機質に金で購う。

自分は自給自足的な(!)生活に憧れが有る。自分で食べる物を自分で作る、取る。何と良い響き。しかし諸般の事情で、暫く無理だろう。出来そうな頃には体力が、不足しそうだ。

節約して在り来りの材料で工夫して楽しく美味しく食べる。時には家族で買い出しに出掛ける。いつもより少し高価な材料を買う。みんなで協力して調理して、楽しく美味しく食べる。年に何回かは、家族みんなで、ちょっと贅沢なレストランに行って、家族みんなすこし気分が高揚し、楽しく食べる。そして「ああ美味しい」というのが本当の美味しい物の食べ方だと思う。これらは後に繰り返し家族の話題に上り、家族に共通の思い出として家族の絆を作る元の1つになるだろう。

一人暮らしの暗いアパートで、田舎から送られた食べ物を夜遅く1人で食べる、田舎の事や父母のことが思い出される。懐かしく美味しく明日への勇気が湧いて来た、そんな事も有った。

食べる物が無くて死んでしまうのは、全く気の毒で何とかしてもう少し助けて遣りたいけれど、「食べ方」なので今は通り過ぎる。

食べて美味しいなあ、と思うことは比較的多いが、自分は美味しい物が有る、と言うよりも美味しい時が有ると感じている。幾ら美味しいあのオヤジの味噌ラーメンでも彼女にホッペタをバシッと遣られて、もう二度と会えないと言う昼下がり、1人で2人の思い出のラーメンを食べたって美味しくはない。オヤジだって、こちらの顔を見てどう応対したらいいか迷うだろう。

子供達を連れて、子供達がかねて行きたかったビュッフェに行って、お父さんとお母さんはビールも飲んで、次々に料理を食べて、みんな何回もお代わりを取りに行って、美味しくて楽しくてお腹が一杯になる。料理が美味しいと言うより、みんなに巡ってきた美味しい時。

11つは些事だけれども、人生はそんなものの積み重ね。どんな食べ物でも食べられるまでには、長い道のり。

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2009年2月19日 (木)

年賀状お年玉賞品

3週間ぐらい前だったっけ、年賀状のお年玉抽選会が開催された。我が家では恒例の賞品選びが有った。

一等は:マッサージチェアは?家はあちらこちら凝る人が居ない、安楽椅子として使う?発言者無く素通り。デジタル一眼レフカメラもほしいが、デジタルカメラと一眼レフカメラが有るから却下。高級炊飯ジャーと高級お米セットもなあ、選べるオフィスグッズセットだと家に不要不急のがらくたもどきが溢れそうだし、高級旅館に泊まっても落ち着かないし、初めから解っていたんだけれど、ワザワザ遠回りして、家は未だアナログテレビなので、デジタル対応テレビに落ち着いた。みんな笑顔で満場一致。

二等は:精密そうな体重計?似たようなのがあるし。家庭用ゲーム機?それなりにあるし。電子辞書/デジタルカメラ?そんなには要らないし。旅行?ワー楽しかったで、なんにも残らないし。ヨーシ、エスプレッソ&コーヒーメーカーだ、みんなエスプレッソ飲みたい、これで決まり。

三等は:偶にはみんなで高級食材のフカヒレスープとかに缶セット。で直ぐに満場一致。

四等は:考えることもない。お年玉切手シートのみ。

C組限定は:生ゴミ処理機?収集車に出せばお終いなのに要らないね。折りたたみ自転車、少し迷ったが、みんなで楽しめない。キャンプセットにしよう。海水浴でもハイキングでも、勿論キャンプでも使える、みんなで楽しめる、これで決まり。

全部決まったところで、いよいよ番号の検査開始、それぞれ検査、交換して再検査。四等が一二枚当たるぐらいの枚数なのに、今年はそれも無し。でもまあ賞品を選ぶ時にそれなりに楽しんだから良いか。簡単な幕切れ。

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2009年2月17日 (火)

お茶・ショートケーキ

会社で緑茶を出してくれる。ほうじ茶も出してくれる。見ていると全く同じ入れ方だ。熱湯を入れたかと思うと、直ぐピッチャーというのかサーバーというのか、に入れて、それからそれぞれの湯飲みに入れる。

入れてくれるのには感謝するけれどどちらも美味しくない。

大分前にこんな感じで入れると美味しいと思うよ、って言ってお茶屋さんのHPに有るような入れ方で、入れて出したら、「美味しい」とも言ったし「本格的なんだあ」とかも言っていたが、次にお茶を入れてくれたときには、いつものように熱湯を入れて直ぐ注ぎだした。勿論美味しくない。こりゃ駄目だと思って、それ以降説明したことはない。入れてくれたら欠かさず「ありがとう」とは言うけれど、修行が足りないのか、さすがに美味しいとは言えない。

お茶を入れて貰うと、リラックスしないで反対にストレスが溜まる。

いつも思うのは、折角入れてくれるなら、それなりの美味しい入れ方が有るのだから、少し気を遣って入れれば良いのにと思う。そりゃ忙しいかも知れないが、そうしたらこちらで入れるから、お義理で入れてくれなくとも良いのに。

ショートケーキをグチャグチャにしてイチゴを下の逆さに出されて「はい、どーぞ」って言われたって、食う気がしない。(陰の声:味は一緒だろう。)そう味が一緒のショートケーキだって、出し方が悪ければ食う気がしないのだから。

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2009年2月11日 (水)

弁当(2)

職場の誰とは言わないが、今まで見聞きした面白弁当。

1.        弁当箱にスパゲッティミートソース:イタリアンランチ。

2.        ご飯を持ってきて、レトルトのカレーを温めて掛ける、勿論カレーが牛丼だったり、親子丼だったり:掛ける物って結構種類有ります。

3.        ご飯の上にシラスと、梅干し1個:疏食。

4.        ご飯の上に海苔がべったり全面に張り付いていて、ご飯には醤油がかかっている:海苔弁。

5.        弁当箱の中に、在り来りのおにぎりが2個:今日は弁当?おにぎり?

6.        ご飯と鯖味噌缶1個:サンマの蒲焼きだったり桃缶だったりもする。

7.        弁当箱にいなり寿司5個:海苔巻きが混じっていることもある。

8.        弁当箱に100円寿司がビッシリ:弁当を回しながら食べて回転寿司。

9.        卵掛けご飯:温かいと美味しいけれど。

10.    ご飯の上に二つに切ったサンマの塩焼き、カボス、大根おろし付き:生臭い。

11.    ご飯の上にネギ味噌:宮沢賢治。

12.    ご飯の上に醤油まぶしの削り節と短冊の海苔:猫まんま、自分の好物。

三食食えるだけで有り難い。

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2009年2月 5日 (木)

弁当(1)

その日は職場の5人が偶々相前後して弁当を開いた。職場には面白い弁当の人が多い。斜向かいに一番の爺様の長谷山さんがいつも通り坐っていた。紺色の弁当バッグからハンカチに包まれた弁当を出し、ハンカチを開いて弁当の蓋を開けた、多分、見ていたわけではなく、視界に入っていただけなので。開けたかと思ったら、直ぐ弁当を元に戻して、それを持って部屋を出て行った。

全員唖然としたが、これが一回目ではない。記憶にあるだけでも45回目である。今日の弁当は観察して居なかったが、隣に坐った西岡さんにはチラッと見えたらしい。それによると弁当の真ん中に刻んだ赤い梅漬けで() 、ハートのマークが有ったらしい。それで本人は、逃げ出した。1時頃戻ってきたから、通勤の車の中で食べたのだろう。

見てくれからして爺様でもっさりしていて、殆ど口も利かないし半分死んでいるようにも思えるが、会社を一歩出れば、全くの別人格らしい。

西岡さんに因れば、他の1回は弁当に海苔で大きく×がして有った。他は残念ながらチラッとも見る機会が無かったけれど、奥さんが弁当に細工をしていたに違いないとの事。

爺様になっても、ご活発で結構な事。若いときはもっと色々面白い弁当が有ったに違いない。大谷さんの想像だと、「ハートマーク」「バカ」「おかずに梅干し1個だけ」「1週間続けて同じおかず」とか色々有るだろうとの事。そう言う大谷さんも、おかずはトマトだの煮豆だの、佃煮だの薩摩揚げだの調理した形跡のないおかずが多い。ご飯の上には必ず振りかけ。殆ど毎日同じ。

爺様の弁当は要注意。自分?自分は自分で作っているので、開けるときの楽しみは無い、それはそれで、寂しい気もするが。時々記憶がずれて、昨日と今日が入れ替わって、目が点になることが有る。

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2009年2月 3日 (火)

節分

今日は節分だ。駅からタラタラ歩いて帰宅の途中、コンビニの前で節分用の豆を売っていた。ちょっと覗き込んだが買わなかった。炒り豆のようだった。それを見て思い出した。そうだ、3年前の節分の日、友達と、友達と言っても、20歳ぐらい年上だけれど、誘って2人で近くの大國魂神社の節分祭に行った。幾つか豆を拾った。その夜は近くで軽く飲んで別れた。

何ヶ月後かに、電話をした。不在だった。それから電話もしていない。どうしているかなあ。結構な年だし。時々連絡していれば、健康とか、その他の事も少しは解るけれど、何となくあの不在から電話もしなくなった。

元気かなあ、あんまり元気じゃない気もするし、内実は兎も角、いつも通り飄然としている気もするし。今度電話して見よう、暇だったら軽く飲もう。

明日は立春だ。

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