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2009年2月23日 (月)

色々な物の食べ方

我々は毎日何かを食べて暮らしている。ミルクだけの赤ちゃんも、点滴だけの病人も広い意味で言えば何かを食べて生きている。私はサプリだけよとか、何かの特殊なダイエットに夢中な人、方向が違う気がするけれど、やはり何かを食べて生きている。

お茶漬けを食べて「ああ美味しい、日本人に生まれて良かった」いつも贅沢なものを食べて、特段感動もないのに、ひょんな事からお茶漬けを食べて、そんな感想を述べるのは、美味しい物を食べる方法として、お勧めできない。

各種贅沢な物を食べる機会が多ければ多いほど、食べ物を自然から取る現場や食べ物を生産する現場から遠ざかる。その苦労も楽しみも知ることもなく、無機質に金で購う。

自分は自給自足的な(!)生活に憧れが有る。自分で食べる物を自分で作る、取る。何と良い響き。しかし諸般の事情で、暫く無理だろう。出来そうな頃には体力が、不足しそうだ。

節約して在り来りの材料で工夫して楽しく美味しく食べる。時には家族で買い出しに出掛ける。いつもより少し高価な材料を買う。みんなで協力して調理して、楽しく美味しく食べる。年に何回かは、家族みんなで、ちょっと贅沢なレストランに行って、家族みんなすこし気分が高揚し、楽しく食べる。そして「ああ美味しい」というのが本当の美味しい物の食べ方だと思う。これらは後に繰り返し家族の話題に上り、家族に共通の思い出として家族の絆を作る元の1つになるだろう。

一人暮らしの暗いアパートで、田舎から送られた食べ物を夜遅く1人で食べる、田舎の事や父母のことが思い出される。懐かしく美味しく明日への勇気が湧いて来た、そんな事も有った。

食べる物が無くて死んでしまうのは、全く気の毒で何とかしてもう少し助けて遣りたいけれど、「食べ方」なので今は通り過ぎる。

食べて美味しいなあ、と思うことは比較的多いが、自分は美味しい物が有る、と言うよりも美味しい時が有ると感じている。幾ら美味しいあのオヤジの味噌ラーメンでも彼女にホッペタをバシッと遣られて、もう二度と会えないと言う昼下がり、1人で2人の思い出のラーメンを食べたって美味しくはない。オヤジだって、こちらの顔を見てどう応対したらいいか迷うだろう。

子供達を連れて、子供達がかねて行きたかったビュッフェに行って、お父さんとお母さんはビールも飲んで、次々に料理を食べて、みんな何回もお代わりを取りに行って、美味しくて楽しくてお腹が一杯になる。料理が美味しいと言うより、みんなに巡ってきた美味しい時。

11つは些事だけれども、人生はそんなものの積み重ね。どんな食べ物でも食べられるまでには、長い道のり。

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