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2009年3月 3日 (火)

タケノコの食べ方

数年前いつもの通り夜外房の田舎道を歩いていた。道路の真ん中に筍が数本落ちていた。可成りの大物。拾いたい気もしたが、結局そのままにして通り過ぎた。菜園の小屋に着いて一休みしてつらつら考えた。あれは筍農家が、翌日に直販所等に出荷するために、自宅に軽トラで運んでいるときに、道路に落とした物だったに違いない。きっと無駄になることなく誰かが拾って食べただろう。

同じ頃、秩父にハイキングに行った。道端の野草を摘みながら峠道を上った。或る集落を通過していると、80歳台の老人から声を掛けられた。彼は通路を清掃していた。法面を片付けたり、石ころをよせたり、邪魔な竹を切ったりして、何本かの筍を掘ったとの事。偶々通りかかった我々に声を掛けて、筍を二本くれた。数分立ち話をした。大分腰が曲がっていた。歯も少なかった。皺だらけの顔で笑った。

「元気で長生きしてください」道が曲がって見えなくなるときに、振り返って、手を振った。彼も笑って手を振った。

外房でも秩父でも春先にほっつき歩いていると竹藪に巡り逢って、12本掘ることが有る。大抵はアク抜きしても思った以上にえぐい。折角だから工夫してどうにか食べるけれども。食べられる部分の何倍ものゴミが出る。八百屋の店先でアク抜きタケノコを見ると、剥かれた皮の量が頭に浮かぶ。

年に1回ぐらいは外房の郷土料理を出すお店で筍料理を食べる。美味しいとは思うが、タケノコが余り好きではない。ここ数年自分は、筍づくしではなく、一品ぐらい入った別のセットメニューを頼んでいる。筍を食べ過ぎるとお腹も不調になるし。

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