筆子・綱男
休憩時間にお菓子をボリボリ食ってお茶を飲みながら雑談。同僚の1人に初孫が生まれて、名前の事が話題になっていた。
役に立つことには無頓着で、殆ど役に立たないが聞くと少し心に引っ掛かる事を偶に言うオジサンが言った。
「漱石は書も独特だし、俳句は言葉遊びとユーモアがあって中々面白い、娘には筆子と名前を付けた。字が上手ければそれでよい。勿論色々考えたのだろうけれど、俳句と同じでまあユーモアも有ったのだろう。
坂口安吾は倅に綱男と言う名前を付けた。世の中で一本の綱たれば良し、と言うことらしい。筆子も綱男も良い名前だ。
岩夫は、きっとご両親が、岩の様に丈夫で、意志も岩の様に固く、自分の道を進めるように、名付けたのだろう」
(陰の声;岩夫=そこには居ない同僚の名前、考え方が単細胞且つKY)
さっきまで黙って居た寸鉄人を刺すオニイサンが言った。
「頭が岩に成っちゃって」
以下そのオニイサン語録;
美人大年増の同僚について、
「美人だから人生の半分はそれだけで取ったようなものだ、只その脳みそで人生の半分は溝に捨てた。産土神が気まぐれで美人にするために多くの時間を割いて集中した。その内生まれる時間が来て、脳みそは側にあった返品の不良品を使った」
チビデブハゲの2人のオジサンについて、
年長の方を一号と呼んでいる、年下の方を二号と呼んでいる。「こちらに来て暫くは区別が付かなかった。2人とも遣ることがトンチンカンで区別が付かんし、いい人だけれど欠陥品、それでもまあ、手足はちゃんと付いているのだから、頭だけ替えればよい」
良い人で働き者で言うことが支離滅裂な同僚について、
「偉いと思う。発言はぶれまくりだが、遣ることは全くぶれない、いつも最悪の選択」
どっとはれ。
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