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2009年5月31日 (日)

突然の狂気

昨日スーパーに行った。週末には家内に誘われてスーパーに行く。重い物や大きい物を運ぶ係。家内は歩いて、自分は自転車で。

土曜日11時少し前、スーパーは比較的空いていた。自分は入り口で別れて、自転車置き場に自転車を置いてから、1人でブラブラ見ながら、地下の食品売り場に降りていった。家内は売り場の何処かにいるはずだ。

少し前を、夫婦連れが歩いていた。自分よりは少し若い。亭主の方が何か言っている。内容は聞こえないが、何かを詰っているようだ。同じ事を何回も言っている。奥さんの右側に成ったり左側に成ったり、声が聞こえなければ、仲が良さそうにも見えた。奥さんは黙っている。大きなカートを押している。何となく歩き方がぎこちない。2人で来てこんな所で喧嘩するなんて、どちらか一人で来れば良いのに、それとも車の中で諍いを起こしたか。聞きたくないので、それ以上近づかないことにした。

野菜、果物売り場当たりから、奥さんがカートに商品を入れ始めた。亭主は、低い声だが先ほどより強く詰っているようだ。奥さんの体が強張っているように感じられた。奥さんは引き続き無言である。亭主は未だ詰っている、先ほどより激昂している風だ。こちらは何となく呆れる。亭主がカートに手を掛けたその時、奥さんがそちらにカートをグイと押した。亭主はそれに押されて、よろけた。奥さんはもう一度亭主の方にカートをグイと押した。亭主は大きくよろけてその場に仰向けに転んだ、奥さんが「うっ」と低い声で唸った様に聞こえた。亭主が転んだところを奥さんは何回もカートを勢いよくぶつけては引いて、又ぶつけた。亭主は呆然と奥さんを見ている。奥さんはカートをぶつけて勢い余って、カートが亭主の上に倒れた。奥さんはカートに下げていた傘を拾って、その柄を持って、無言で亭主を何回も打擲した。亭主は暫く両手で顔の辺りを庇っていた。奥さんはグニャリと曲がった傘を亭主にぶつけて、くるりと向きを変えて、早足でその場を立ち去った。一瞬奥さんの顔が見えた。息が弾んでいて、目は釣り上がっていたようだったが、全体的には無表情にみえた。亭主は事態をよく飲み込めていないようだった。呆然として暫くそこを動かなかった。

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2009年5月29日 (金)

小バエ男

昔永らく住んでいた市では、ゴミ袋引換券の配布が有った。45リッター程度の大きさだったように記憶する。ゴミを出すときには勿論重宝したが、生ゴミはそんなに量が出ないので、生ゴミで使った記憶はない。その他ゴミ出しにも利用したが、ノーエミッション、とまでは行かないが、比較的ゴミ出しの量が少ない生活をしていたので、配布のゴミ袋を、衣類等の整頓や保管に使った。

今住んでいる市は、ゴミ袋の配布は無い。数年前から生ゴミその他有料化で、専用のゴミ袋を買うように成った。黄色っぽい袋と青っぽい袋。それでゴミが減ったかどうかはハッキリしないが、世の流れだったら仕方ないとは思っているが、近隣他都市より税金が高いと言われているのに、ゴミ袋まで買うというのは、市の運営に改善点が有るようにも思う。

ゴミを捨てるには、それなりの量が溜まってから。生ゴミは冷凍庫に入れたり、バケツに入れたりして、その日のくるのを待っている。夏にはそのゴミバケツに蠅が群がって、ちょっと嫌な気になるときも有る。殺虫剤を撒くときが有る。彼らは彼らなりに存在意義が有るのだろうけれど、当方に取っては、邪魔なので、なるべく来ないように、気を遣っている。

聞くところに因ると、美人には身の程知らずの男が、その人が美人と言うだけで、群がるらしい。気の毒なことだ、どっちが?両方とも。気を引こうとして近づくお馬鹿丸出し(わしの事では有りません、念のため)の男を、小バエ男と言うらしい。誰が付けたか知らないが、分かり安い良い名前だ。美人の方は、丁度引き合うお馬鹿ちゃんだったら兎も角、普通は払っても、払っても、群がって来る小バエ男に結構うんざりする物の様だ。男の平均点が下がりすぎて、男と付き合う気もせず、と言うことに成る人も多いとのこと。

会社の人から聞いたのだけれど、彼の部署に、1人じゃ群がるとは言わないのだろうけれど、ゴミに集まる小バエのように、権力に群がる『小バエ』がいるとのこと、これは美人と小バエ男と違って、双方とも気付いていないらしい。それはそれで、かなりえぐい。

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2009年5月25日 (月)

ヒツジの目玉の食べ方

子供の時、誰からか教わったのだろうと思うが、キンキとか、タイを食べる機会があれば、目玉も食べた。最近は頭が良くなる() DHAとか美人になる ()コラーゲンとか高血圧を治しコレステロールを正常化する() EPAが、タップリ入っているマグロの目玉を食べている。勿論マグロを食べたついでに目玉を食べているわけではないけれど。

魚屋で目が合って、お金に少し余裕が有れば、買い求める。タップリ塩を塗して焼いて食べる。醤油ダレに漬けて焼いても上手い。煮て食べても中々美味しい、何せ大きいものだから結構食べるところが有る。DHAEPAは実感できないが、コラーゲンらしいものは実感できる、ドロッとして美味しい。目玉を動かす筋肉も美味しい。酒も進むし、飯も進む。気味が悪いとは思わない。小さい時にキンキやタイの目玉を食べ慣れていたお陰だ。

昔知り合った人に、ヒツジの目玉の食べ方() についてご教示頂いたことが有る。

中央アジアではヒツジの丸焼きが、最高のもてなし料理の1つだ。主人(主催者)は主賓に目玉を勧める。そんな時は、丁寧に礼を言ってから、目星を付けておいた、長老らしき人に、その権利を譲り、ふたつ目はその長老に一任するか、主人に譲ればよい。そんな主旨の話だった。

1個は長老に譲る事に吝かではないが、自分だったら、せっかく勧めて貰ったのなら、2個目は自分が頭蓋骨から抉り取って喜んで食べる。前の日からお腹を調整して置いて、ヒツジの他の部位も、他の料理もたくさん食べる。そして主催者はおろか仲間も驚かしてしまうだろう。

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2009年5月21日 (木)

夜の苦しい息

今家の中は変な音に満ちている。

各種電気製品が発するピーピーの電子音にはもうすっかり慣れてしまった。トースター、電気釜、洗濯機、湯船に湯が満たされた音。昔はどれにも音は無かったけれど、特段の不便は無かった。仕事が終われば静かになるだけ。音で知らせてくれれば、何かちょっと便利に成った気がするけれど、目が悪い人以外には、実際はそんな事もない気がする。洗濯をしていることや、ご飯を炊いていることを忘れていても思い出させてくれる、と言うのは又別の対策が必要だ。もう有るのかも知れないが「ご飯が炊けました」「洗濯が終わりました」と言って知らせてくれる電気製品は欲しくない。10数年前に「有難う御座いました」と言う自動販売機と公衆電話に遭遇したが、直ぐお目に掛からなくなったから、絶滅したかも知れない。良いことだ。設置した人々はそれなりの熱意が有ったのだろうけれど、大部分の人から支持されなくて、無くなったものと思う。

その内電気製品として電子レンジが加わって、これは初めから各社チン、と言う音。それでチンすると言う動詞が発生した。このチン、何かいわれが有りそうだ。何で『チン』になったか、ご存知の方が有ったら、お教示願いたい。

ピーピー鳴って、次の行動を起こすと言うのは或る意味合理的なようだけれど、自分で考えれば済むことを、外部刺激がなければ駄目になるように仕向けられているようで、好きになれない。ユーザーを馬鹿にする陰謀のような気がしないでもない。

家にある洗濯機の回転が一旦休止して、次の回転に入るとき、豚の断末魔を連想させる音を出す、切ないから止めて欲しい。また湯沸器が点火されているが給湯していないとき、大きな溜め息のような音を出す。夜遅いと、自分がこき使っているのを溜め息で応えている様で、これも又止めて欲しい。アイロンはスチームがよく出ない癖に時々、関係ないときに「シュー」という音を出す。電気釜は、保温の時に、「ギッ」という音を出す。

夜に苦しい息の様な音を聞かされると、器械から不平不満を言われているようで気分が優れない。

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2009年5月19日 (火)

真夜中のゲートボール

自分が住んでいる街の駅前が再開発、小さな商店街の半分を壊した。駅前に通じるアーケードも半分壊された。それで雨ざらし、日ざらしで駅まで歩くことになった。大きなお宅も幾つか壊された。珍しい生け垣公園も壊された。その跡地に幾つか大きな建物が出来た。マンション、多目的(雑居)ビル。大きなスーパー。広いバス停。タクシー溜まり。着々と建物が完成した。マンションにも夜、灯りが点き始めた。日を追って増えた。雑居ビルには飲食店も数多く入った。大きなスーパーには大きな駐車場、大きな駐輪場。とうとう開店した。

昼は大変な賑わい。週末はこんなに人が居たのだろうかという、混み具合、雑居ビルの飲食店街もスーパーのフードコートも行列が出来るほど。取り壊された商店街の人は何処へ行ってしまったのだろうか。

段々出来てきたのだけれど、駅の真ん前が、何故かは知らないけれど、整地されて簡単な柵で囲んで、何かをする気配は毛頭無い。街の噂だと、何か大きな店が入る予定ったが、中止になり、空き地のままだという。俄には信じられない。兎も角広い野原が駅の真ん前に出来てしまった。

或る眠れない夜に、近くのファミレスでお茶を飲んだ後、フラッと駅前に行ってみると、噂は本当だった。静かな深夜の駅前の野原で、黙々とゲートボールをする老人達。かなり暗い中で地味な服装の老人達が無言で熱気溢れるゲートボールをしていた。

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2009年5月13日 (水)

母の日

母の日には何かしら送っている。食べ物が多い。でもまあ毎年それなりに悩む。悩めるだけ幸せなのだと思っている。着くと母達から嬉しそうな電話が来る。それぞれの常識的な役割をこなしているのかも知れないが、それはそれで良いと思っている。

ある時、母の日はいつから有るのだろうと思って調べたらそんなに古いことでは無かった。戦前は母の日を香淳皇后の誕生日とする団体が有った様だが、当日は別の意味の祝日であり、母の日は未だそれ程定着していなかった様だ。どう言う経緯かは知らないが、戦後数年経ってからアメリカに倣って5月の第二日曜日に成った。敗戦国だから仕方ない気もするし、日本では皇后の誕生日にするのは、色々軋轢が発生しそうだし。その国本来の由来は関係なく、その当時最も影響力の有った国、つまりアメリカに倣った。

将来真面目な子供に『母の日はどう言う由来でこの日になったのか』と聞かれたら、真面目な大人は返答に苦慮するかも知れない。

でもまあ当面日付を変更するきっかけも無いだろうし、由来は兎も角行事としては、それなりに定着もしたので、このままで行くんだろう。自分としては調べて反って釈然としなくなった。由来が違うのに現象が似ているからと言って表面だけ倣っていては説得力に欠ける気がする。でもその内もっともらしいいわれが創作されてそれが定着するだろう。

ハロウィーンに仮装し、バレンタインに職場の女性が男性達に義理チョコを送り、1ヶ月後に男性が義理キャンディーをお返しし、クリスマスを祝い大騒ぎしているのに比べたら、母の日の由来ぐらいどうって事ないか。

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2009年5月 7日 (木)

転車台

昔田舎にいて高校に通学していた頃、乗換駅に転車台が有った。当時未だ蒸気機関車が走ってはいたが、あ蒸気機関車だと言うぐらいに珍しかったから、殆ど使うことは無かったと思う。通常の乗換では機関車が転車台の上にいて方向転換する光景を見ることは出来なかったが、何かの拍子で、汽車が大幅に遅れて、その駅に長い間居るときが有って、何回か見たことが有る。

蒸気機関車やヂーゼル機関車があっさり転車台に入っていって、比較的簡単に短時間で半回転して、又あっさり来た線路を戻った。整備するのか、暫く次を待つためなのか、4分の1回転して、車庫に入ることも有った。

乗換駅と言えば、当時その駅しか知らなかったので、それぐらいの駅にはみんな転車台が有るように錯覚していたが、実際は比較的少ないものの様だ。

あの転車台今でも有るのだろうか。田舎に帰る機会が有ったら、一遍あの乗換駅に行って確かめて見たいと思う。

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2009年5月 5日 (火)

ティッシュー手品

この頃又ティッシューを配る人が減ってきた。一頃景気の回復が見られたように感じられ、ティッシューを配る人が増えたに感じたが、あれはガセだったか。

チラシだけ配っている人は結構多い。レストランや居酒屋の割引券なら貰って吟味したい。ちょっと怪しい飲み屋の『~~ポッキリ』と言う怪しいチラシも一応はチェックしてみたい。

おいらの頭を見ているだろうに、スタイリスト、デレクター、トップデレクターそれぞれの料金が違う、カットショップ?要するに理容室、床屋のチラシを俺に配るな、と一瞬腹が立ったが、そんな事で腹を立ててどうする、腹が泣くぜ。先方は配るのが仕事であるから、誰彼かまわないのは仕事に熱心な証拠だ。

近くのインド料理店のオジサンはよく駅前でサービス券の付いたメニューを配っている。余りにも熱心なものだから、つい貰ってしまう。貰うとかなり浅黒い彫りの深い顔でニッコリ笑い「有り難うございまあーす」

1回しか見たことが無いが、一月程前に何でもない住宅街でティッシューを配っているオニイサンが、自分が近づいたときに突然56個のティッシューをジャグリングのように両手で投げ回した。目をパチクリして見ほれていると、今度はニッコリ笑って指の間に挟んで1個のように見せたり45個扇の様に広げたり萎めたりした。側に近寄ったら「宜しく」と言って1個呉れた。貰ってから何回も振り返ったが、その後は全くジャグリングも手品もしなかった。駅に向かう人達に黙々と配っていた。

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2009年5月 1日 (金)

ガードマンの帽子

駅前のバス乗り場へ主要道路から入る辺りにガードマンがいつも2人居る。ご苦労様な事だ。雨の日も風の日もカンカン照りの日も。服装は少し変わるけれど、帽子は変わらず。気の毒に思う。

雨の日はヒラブナ釣りのオジサンが被っているような、菅笠か傘を小さくしたような帽子にすればいい。カンカン照りの日は麦わら帽子。寒いときは防寒帽子。一日中立って、一日中誘導灯を振り回して居るのだからせめて帽子は気候に合ったものを。

雨の日に合羽を着て居るのは良いとしても、人も殆ど歩いていない、バスも来ない時は、ちょっとした屋根のある所を用意してやれば良いのに、カンカン照りや雨ざらしの中に佇んでいる。

大部分の通行人はそこまで期待していないと思う、少なくとも自分はそうは思っていない。まるで修行をしているようだ。服装が気候に合っていれば、もっと仕事に集中して効率が上がるだろうに、そもそも、バスの通行の安全を図るオジサンが、お巡りさんもどきの制服を着る意味なんて有ると思えない。もっと派手で、気候に合って、動きやすい服装が良いと思う。

街を彷徨いていると何か少しイラッとする事が多い。もうちょっと実情に合った事をしたら良いと思う。

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