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2009年8月30日 (日)

蝶の道(前)

ホテルのダイニングでコーヒーを飲んでいた。駐車場に現地の同僚の車が見えた。最後の一口を飲んで席を立った。小さなロビーを通って、朝からムッとする暑さの外に出て車に乗った。駐車場を出て、暫くソイ(主要道路に繫がる小路)を走る。道端にジャスミンの花輪売りが支度をしている。小さな屋台も朝食のお客を待っている。

その日は、車で日帰りの地方出張。未だ朝6時少し前、道は未だそんなに混んではいない。埃っぽい街路を抜けて高速道路に入った。都内は高速道を走る。昔に比べて便利に成った。暫くして郊外に出て高速道路はお終い。

東南アジアの熱い日射しに照らされた自宅兼店舗の通りが暫く続く、首都から遠くなってくると、道路から大きく下がって、小さな集落が点在する。道路の脇には大きな木が生えている。枝を大きく張って日陰をつくっている。良い景色だ。自分の好きな景色だ。

幹線道路から、肋骨のように横に伸びる、一見して格落ちの道路を何本も通過する。赤いラテライトの道路が遠くまで見通せる事がある。土埃を立ててオートバイが走っているのが見える。オートバイにリアカーを付けたような乗り物に数人うずくまって坐っているのが見える。車の中は強い冷房が効いているが、窓ガラスから差し込む日射しは強く熱い。幾つも町を越えて、9時過ぎに現場に着いた。

仕事をして昼になった。流れで当方2人、相手数人で昼食に行く。屋根がニッパ椰子で葺かれているレストラン、壁はない。道路とレストランの間には幅数メートルの湿地がある。レストランの駐車場にはその湿地に土管を通して土が盛ってある道路を渡って入る。木陰に車を止めて、焼け付くような駐車所を歩いてレストランに入る。出入り口の所にバナナが一本の房毎吊されている。半分ぐらいは熟れて食べられそうだ。無料で自由に食べられる。打ちっ放しのコンクリート土間に安もののテーブルや椅子が、並んでいる。テーブルの上にはビニールのクロスが掛けられている。何処にでも有る在り来りのレストラン。日陰で風が通れば、それ程暑くはない。

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2009年8月28日 (金)

駅前の蝉

自分が住んでいる街の駅前が再開発された、駅前にポツリと残された野原で、真夜中に老人達が、異様な熱気を帯びて「真夜中のゲートボール」をしている。

そこの野原は、土がはぐられて、幾らか有った樹木も、そこの地中に住んでいた蝉も全て根絶やしに成った。老人達の幾人かは木の精霊や蝉の鎮魂の為にその地でゲートボールをしている。

土がはぐられなかった所も全て舗装が成されて、その地中にいた蝉の幼虫も出口を失った、時季巡り地上に向かったが、そこには暗黒の壁が、彼の前に立ちはだかった。

駅前にはたった三本のメタセコイヤが残された。その狭い一画だけは、従前の如く、幾匹かの蝉が鳴いた。明りに照らされて、真夜中まで鳴く。

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2009年8月24日 (月)

選挙のご案内(2)

衆議院議員選挙のご案内が来た、前回の国政選挙である参議院議員選挙の時は葉書だった気がするが、その後の地方選挙当たりから封書で来るようになり今回の衆議院議員選挙も封書で来た。何か時代に逆行して要らぬ出費をしている気がする。

自分は割りと選挙に行くのが好きかも知れない。選挙が好きというのとはちょっと違う。選挙が好きなら、選挙を手伝うとかするだろうし、もしかしたら立候補したりするかも知れない、これは冗談。

自分の大した記憶じゃない記憶によると、選挙運動員は無報酬、ポスター貼りとか、葉書書きとか単純労働者は報酬を貰って良いらしい。因って運動員は利益を誘導される会社から派遣されたり、その他支持母体から送り込まれたりするんだろう。

選挙カーに乗っている人達は報酬を貰っては駄目らしいが、ウグイス嬢と運転手は良いらしい、報酬を貰って良い人達も、法律で余り高くない上限が決まっているらしい。弁当なんかも低い上限が決まっているとの事。でもまあ実際は色々あって、当選してしまえば、有耶無耶になって落選すれば厳しい官憲の追求が有るのかも。

頭の良い人が考えたんだろうけれど、そんな決まりは全部撤廃して、金も人も使いたい放題にして、有り体に極端に言えば、買収も供応も勝手次第という事、そんな国政選挙を20年ぐらいして、2代目3代目ばかりとなった議員の家産を使い果たさせ、金で議員の椅子を買う愚なる人のパターンを我々が学習し、出たい人より出したい人を押し出せるように、無償で選挙を手伝い、その手伝いが出来る社会体制を創って行く方が長い目で見れば日本の政治を浄化し国民の地味ながら健やかな人生を確実にする方じゃないか知らん。

選挙の度に、投票率を上げなければ、見たいな、真の民意は高い投票率から、見たいな話が有るけれど、与野党とも話が勝手すぎるし分かりにくい、それに候補者に魅力がない、等という議論は聞いたことがないが、そこら辺に原因が有るかも知れない。

悪乗りついでにいえば、投票率を上げたいのなら、3回連続行かなかったら選挙権永久剥奪、勿論被選挙権も剥奪、そうすれば有権者じゃ無くなるから、投票率は相対的に確実に上昇。ついでに選挙に行ったら、政府が出口で現金千円、所得税五千円減額、ついでに年金増額。そんなことをすれば病気で行きたくても行けない人の権利侵害、不平等、弱者虐めとか何とか囀る人が出るだろうけれど、そんな事は、矛盾に満ちて実行出来ないし、する気もない空手形、じゃない選挙公約を、がなりたてたり鵜呑みにしたりしている人に、言われたくない。

少し冷静に考えたら如何ですかという、ちょっとした冗談です。

蛇足:現金は出口で渡すより、候補者及びその運動員が入り口で渡す方が、より効果的かも知れない。イヤー、いろいろな人に怒られそう。

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2009年8月20日 (木)

夜の蝉

今年は去年より天候不順な気がする。梅雨が明けても、雨降り止まず。梅雨明け間近の様に強い雨が降ったり晴れたり、蒸し暑い日が続くけれど真夏の太陽が連日、と言う感じは無い。最近台風が近くを掠めて北東海上に去った。今度は少し真夏らしくなるのだろうか。

各種作物はやや不良とも言っていた。観光地も季節商品も期待はずれ。自分は夏はスイカとモモが大好物で、暑い夏なら連日のように食べるのだが、今年は今一、乗らない。味も少し落ちる気がする。

年収の可成りの部分を占める作物の価格が低いと、農家の厳しい1年。農家はサラリーマンより余程色々なことを考えると思う。単純に言えばサラリーマンの努力は報われることも多いけれど、農家の努力は、神の為せる技によって一顧だにもされずと言う事が今年は各地に多いだろう。勿論逆もある。日々作物を見て、天候を見ていれば、ものを考えずには居られないだろう。

田舎から野菜とメロンが送られてきた。今年は天候が悪く、作柄が悪いと。それでも例年の様に送ってくれる。有り難いことだ。

そんな季節になると、アブラゼミが夜、ギュギュと鳴く、ギュッキョ、ギュッキョギーと鳴く、ギュギュジージーと鳴く。たまにそれに反応してか、別の蝉が鳴く。起きて鳴いているのか。何か夢を見ているのだろうか、それともちょっと車のライトが当たって寝言を言ったか。

蝉は人間の豊作不作には関係なく、季節になれば、現れて鳴いて消えてゆく。

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2009年8月18日 (火)

長生きすれば

父方の祖父は長生きした。同じ屋根の下で暮らした。最後の20年ぐらいは別々に暮らした。偶に帰郷して昔の話や、その時の印象を聞かせて貰った。

亡くなる直前まで、普通に朝起きて、日中は新聞を読んだりテレビを見たりしていた。普通に夜寝ていた。睡眠時間は少なくて良いようで、夜よくラジオを聞いていた。心が安まると言っていた。自分も休日はNHKのラジオ放送を聞いている。良い番組が多い。

自分が未だ20代だった頃、帰省してじっくり祖父の話を聞いたことが有る。大部分は昔それなりに聞いたことの有る話であった。それでも少しずつ新しいことが有り、彼の過去の様子が付け加えられて学ぶことが多かった。

「長生きすると、段々友達が減っていき、最後は一人も居なくなって、寂しい」話す顔はいつも通りにこやかで有ったけれど、心の中は本当に寂しかったのだろうと思う。おたがいに衰えて、訪ねることは出来なくても、生きていれば心の中で、ああしているか、こうしているか、と考えられるが、亡くなってしまえば、思い出だけで、未来はもう無い。

「友達がいる内に死んだ方が良いのかも知れない」とも言っていた。自分は未だそんな年では無いけれど、友達は家族とは又違う心の拠り所。

家族は心遣いで、お爺さんを長年の友達若しくは畏友、先輩の葬式に出したがらない。寒かったり疲れたり、気が落ち込んだり、心配の種は尽きないけれど、本人が望んで家族が支援できるなら、世間体など気にせず、参加させてあげるのが、本当の孝行であり本人も生きた意味を確認できる残された数少ない機会では無いだろうか。

長生きの秘訣、某首相経験者の言葉…「転ぶな、風引くな、義理を欠け」:自分の考え方とは違う。

『高木』は家族が止めるのも聞かず、『井上』の厳冬の葬儀に出席した。それで体調を崩してそれが元で死んだ。家族は悔やんだだろうし、世間も家族を非難しただろうけれど、『高木』は故人を偲び、生きた意味を噛みしめて本望だった気がする。

自分にそんな刹那が巡ってくるや否や不明であるが、或る意味義理を欠く位図太い大政治家ではなく、生きる意味を噛みしめる機会を全うする生き方を選びたいと思っている。

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2009年8月12日 (水)

渡り鳥の小枝

シベリアからの渡り鳥は小枝をくわえて日本海を渡って来る。疲れればその小枝を海に浮かべて、しばしの休みを取る。日本の大地に着くとその小枝をそこに置いて、陸の上を飛んで父祖と同じ所を目指して更に飛んで行く。半年後、シベリアに帰るとき、海岸まで来て、それぞれの小枝をくわえて旅立つ。戻ることが出来なかった鳥の数だけ小枝がその地に残る。小枝が多ければ多いほど帰られなかった鳥が多いという事。海の上を漂う小枝は海や大空で力尽きた鳥のもの。

この話の源流と思われるものが紀元前2世紀頃に成立した淮南子と言う中国の書物に葦を啣む雁(あしをふくむかり)として載っている。当時は準備が整い手抜かりが無いことの例えだったとのこと。それが日本に伝わり、それぞれの地方で地方色の有る話に変化して行ったらしい。

太郎は小学5年生。少年サッカークラブに入っている。活発な子供だ。小さなグループのリーダーであり気が強い。ゲームも大好きである。お勉強も出来る方だ。サッカーの練習も積極的に参加している。ゲームも一心不乱に遣っていることが有る。

その彼が海浜学校で日本海に望む田舎に数日滞在した。プログラムの中に地元の引退した先生の講義が有った。早朝貝殻や流木が散らばっている海岸を散歩して、木陰で休みながらお話しが有った。その老人はその地に伝わる渡り鳥の小枝の話をした。

そうすると太郎の顔からリラックスした笑みが突然に消えて、その目から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。太郎は不意にその場から走って波打ち際まで行き、小枝を何本か拾って、胸まで持ち上げ、強く握りしめながら北西の海を眺めて、暫くそこを動かなかった。

自分にもそんな少年らしい多感な時代が有ったのだろうけれど、もう遠い昔に忘れ去ってしまい、感動することもなくダラダラ生きている気がする。

9月になったら日本海に行って、海水浴の人達がたくさん居た、その残像を感じる砂浜を歩いてみよう。

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2009年8月 6日 (木)

魔法の扉

その家の扉には魔法が掛けられている。

彼女は、子供の時には妹や弟の面倒を見ていた。両親は田圃や畑に行って、日中はいつも留守。繁忙期には夜も帰らないことが度々。いつも彼女は簡単な食事の支度をして、弟妹に食べさせた。一番下の妹には襁褓の面倒も見た。気付いたときにはそんな事をしていた。他人の家の事は知らない。アジアの田舎の片隅。

田圃が忙しいときは両親が帰る前に、暗くなった。未だ当時は電気が無かった。夕闇迫る中で、食事の支度をし、弟妹と一緒に食べ終わる頃には、もう真っ暗になっていた。

黙って弟妹達を寝かせた。彼女は蝋燭の光で食器を洗った。その後に盥で洗濯をしながら、度々居眠りをした。ハタと目が覚めて又洗濯。外に乾す頃には、満月もかなり高くなっていた。そう言う生活が辛いと思ったことは無い。毎日のようにおかずはカエルと川の小魚、小エビ。農家だから米と野菜はいつも有った。煮炊きは炭火の七輪。毎日両親のいない生活。弟妹達は特に不満は無いように思えた。特段の考えは無かったけれど、大人になったら市場で何かの売り子に成りたいと思っていた。

長じて彼女は市場の売り子の場所を見つけて野菜を売るようになった。毎日楽しく働いた。朝早くから夕方日が沈むまで。その内、市場で働く様になった若い男と知り合って、結婚した。2人とも田舎の在り来りの女と男。買い物客も特に2人に特徴を見いだすことは無かった。

仕事が終わって、それぞれ家に帰って、その扉を通りすぎると、その女は美女に成り、その男は美男に成り、心がウキウキして2人で夕食の支度をして、一緒に食べた。片付けをして寝室のその扉を通りすぎると、その女は益々綺麗になり、その男は益々いい男になった。2人は子供にも孫にも恵まれた。

あなたの家にも魔法の掛かった扉が玄関と寝室に付いているのに、あなたの邪気、妄念がその力を封じていませんか。

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2009年8月 4日 (火)

電車でビール

昔或る知人が言った。「会社でワイン輸入しているから安く買って、毎日電車の中で飲みながら帰る」最寄り駅には奥さんが車で待っているとのこと。もう勝手にしろと思ったが、「いやあ、結構ですなあ」彼は東京駅から外房特急。

ちょっと旅に出て、夜各停でも快速でも比較的長距離走るボックスシートのある電車に乗っていると、必ず近くにビールを飲んでいる人が居る。会社員。ちょっと羨ましい。袋から何かつまみながら、飲んでいる。1人で黙りで飲んでいる。自分が先に降りてしまえば、何と言うこともないが、自分が遠くまでで、その人が、降りる駅に来て、鞄を持って、空き缶を持って、つまみの残りをポケットに入れて、ボックスシートの奥から声を掛けて降りてゆけば、「あのビール、美味しかったんだろうなあ」だけだけれど、空き缶をそのままにして、つまみの袋を座席の下に捨てて、声も掛けないで降りてゆけば「ゴミぐらい片付けろ」と心の中でだけ思う。自分も了見が狭い。

昔は夜遅く簡単に泊まれるところはサウナだった。今は漫画喫茶、その発展型のネットカフェも有る。今でも自分はサウナが好きだけれど。サウナ上がりに、ビールを一杯飲んで、寝るのは気持ちがよい、旅の途中、サウナで雑魚寝。電車に揺れながらビールを飲むより、好きかも知れない。

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