« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009年9月27日 (日)

マテバシイの食べ方(2)

2年前に書いた“マテバシイの食べ方”に最近、予想外でアクセスが多かった。今年は豊作で、地面の落果が目立つからだろうと思う。残念ながら多分大部分の方は予想外の内容で落胆したと思う。それで少しだけご期待にお応えしたく、少しは実利的観点から再度同じタイトルで書いてみます。一部内容が被りますがご寛容にお願いします。

集果、保管:

集果は、木の下で良さそうなのを拾うか、樹上の熟した物をもぐ。充分集めたら湿ったタオルに包んでごしごしして綺麗にするか、水洗いして、乾いた布で拭いてから、風通しの良いところで暫く乾燥させる。均すと1個3g。

水洗いの場合、浮いているのは実の入りが悪い、沈んでいるが立っているのもやや実の入りが悪い。しっかり沈んで横たわっているのが、実が充実している。

保存は蓋の付いた煎餅などの空き缶に入れ湿気を吸収しないようにする。

10Kg位集めるのは簡単だ。9月10月に週末集果すれば、越冬に十分な100Kgだって集められる。

食べ方:

殻から出して渋皮を取ってそのまま食べる。炒ってから食べるともうちょっと美味しい。茹でて塩を振って食べる。荒く粉砕してお粥にして食べる、冷えてくると段々固まってくる。そのままでも充分食べられるが、塩、味噌、砂糖、醤油など、お好みで味付けして食べる。細かく粉砕して水で練り、トルティーヤのように焼いて食べる。落花糖のような砂糖まぶしも良い。クッキーも焼けるし、パンも焼ける。

公園や並木道で拾っていると、話し掛けられたり、別の拾っている人に遭遇したりする。仲間作りで積極的に対応する、適当にあしらう、逃げる、どう対応するかはあなたの考え次第。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月25日 (金)

エスカレーターの速度

エスカレーターの大部分は普通の速度だ。駅の一部に高速のエスカレーターが有る。普通の速度(中速)の15倍程度に感じる。デパートやスーパーに低速のエスカレーターが有る。

高速は急ぐ人用、中速は普通の人用、低速は急がない人用ないしは急げない人用、と言うわけでもない。それぞれのお客に媚びを売っている、と言うわけでは無いだろうが、ちょっと抜け駆けの匂いがする。

モスクワの地下鉄のようにエスカレーターが、100メートル位有って、乗っている時間が3分もあれば、高速、中速、低速で人の移動に掛かる時間が及びその量を処理する時間が大幅に違ってきて、速度の調節はそれなりに意味があるだろうけれど。

そもそも日本のエスカレーターは距離が短いのだから、場所に因って速度を変えないで、概ね同じようにしておけば良いと思う。

スーパーの低速エスカレーターに乗り慣れた人が、高速か中速のエスカレーターに乗るのは結構大変な事だと思う。事故も起きやすいだろう。心理的にも緊張が高まるに違いない。

自分が乗降する駅では朝の比較的混んでいる時間でも、エスカレーターに2列で乗っている事は少ない。右側は歩く人の為に(?!)空けているが、詰まらんことだ。結果として輸送力が半分に成っている。狭いエスカレーターの片側を荷物を持った人がズンズン歩くのは全く危険である。遠回りでも広い階段を自由に歩いて欲しい。

提言:

日本全国エスカレーター内は歩行禁止。

速度は弱者優先で低速の一律に。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月21日 (月)

ナツハゼの食べ方

田舎で過ごした子供時代、小さい頃は誰かに連れられて、その内連れ立って、また中学生ぐらいになると、誰かを連れて、里山を巡り歩いた。中秋から初冬の楽しみの1つは、ナツハゼの実を食べること。

自分達がよく歩いた里山には、数カ所にナツハゼの木が有って、そこを適当に巡り歩いた。或る木は、ナツハゼとしては、老木で子供にとって、それなりに大きな木だった。毎年の様に沢山実が生った。全ての木が毎年沢山実を付けるわけではなかったが、毎年十分に楽しめる量はいつも有った。

熟し初めは、未だ青い実が沢山あり、時々思い出しては巡り歩き、順次熟したものを群がって食べた。沢山食べると、口の中が葡萄色というか濃い紫色になる。舌に付いた紫色は暫く取れなかった。お腹の中で発酵するのか、お腹がキリキリした。きっと匂いもするのだろう、家に帰ってから家人に「口を開けてみろ」とか言われて、口を開けると、「コハジャを食べただろう」(田舎の方言でナツハゼの事はコハジャと言った。と言うより実感としてはコハジャの事を他の地域ではナツハゼと言うんだあ、と後年思った。)と断定的に言われた。ヤマブドウより甘い、種も無い。

中秋に何回か行くと、その内忘れて行かなくなる。初冬のたまに粉雪が舞う頃落葉したコハジャの木に辿り着くと、実がしわぶけては居るが、沢山木に残っていた。秋より甘く、酸味は弱くなっていた。それでもお腹がキリキリして、それ程たくさんは食べなかったが、みんな食べた。盛期と違って一房の粒は落果して数が少なかった。

当時集落の間に有った里山には、昔からの小路がついていた。真ん中の一尋ぐらいは土が剥き出しで平坦だった。我々が巡り歩く『子供路』も数十センチの幅で、土が剥き出しに成っていた。いつも歩くところは路に迷うことなく、里山の中を自在に歩けた。今は雑草や蔦に覆われて、路が無いらしい。ナツハゼも子供達に忘れ去られてしまっただろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月17日 (木)

ペットの七五三

七五三(しちごさん)とは、7歳、5歳、3歳の子供の成長を祝う年中行事。子供の成長をその地の氏神に感謝しまた今後も健やかに成長するように祈願する行事だったのだろう。

子供は晴れ着を着せて貰って、神社にお参り。日頃ちょっとは感じているお母さんとお婆さんの不和もその日ばかりは感じず、お母さんの方のお婆さんやお爺さんまで現れて、その日は全くの主役でご機嫌。大人もその日は本来的な感謝や感慨はさておき、着飾って晴れがましくお上品に成る。

調べたら関東圏の地方行事だったらしい、それがいつの間にか、全国に伝播して今の盛事となった。

自分が生まれ育った地方は貧乏だった為かそれとも未だその習俗が今ほど多数の人に流行っていなかったのか、子供の時にそんな話を聞いた記憶は余りないし、勿論見たことは無かった。

派手になって形骸化したとしても、子供の成長をその地の氏神に報告して祈願することは、感謝の気持ちを現すことで、良いことだと思う。

最近はペット、つまり犬と猫ですな、の七五三を祝う人が現れて神前にペットを連れてゆく人が居るらしい。たわいない稚戯だろうが、自分がそこにお勤めする神様の末席を汚しているなら、そんな人が来たら、多分罰を与える優先順位をちょっと上げると思う。

人間の自分はそんなニュースを見て、少し目眩がした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月15日 (火)

マーゴジラ

マーライオン、頭がライオンで、体が人魚、と言っても手も無いし有り体に言えば魚、口から水を吐く真っ白の奴です。シンガポールに行ったことのある方か、南房パラダイスに行ったことのある方は、みんなご存知だと思います。マーメイドつまり人魚とシンガポールの名前の由来であるライオンの合成語として、多分水族館の館長さんが門前に飾るために芸術家に作製を依頼したらしい。

自分は長い間、中国語と英語の合体語で水を吐くライオン魚という意味かと思っていた。

昔、仕事で嫌々ながら(多分)、アラビアの国へ何回か行ったことがあります。好きこのんで行くのは自分から見れば、相当変わったものが好きな人としか見せません。

アラビアには砂漠が多い。体調が良くて、それなりに過ごせば砂漠もそれなりに快適です。砂漠の真ん中の大きな木の下で、ビーチベッドに寝そべって、風の音を聴いて、冷たい水を飲みながら23時間居るのは、暫しストレスから解放された気になりました。

後砂漠の良いところは乾燥していることです、汗は全くかきません。水分はドンドンからだから抜けて行きますが、汗はかきません。潮が吹いて体が粉っぽくなるのが少々難点ですが。

アラビアの砂漠の町に居ると、仕事以外は全くやることが無いと言うか楽しみがないので、23週間に1回あちらこちらの砂漠へ行って木の下におりました。いつも一緒に行っていた運転手は自分の事を、それ以外では普通に思っていたでしょうが、その事については馬鹿だと思っていたこと請け合いです。彼は只仕事だから、お金が貰えるし、面倒なことも言わないし、自分は涼しい車の中で待っていれば良いだけですから。

そんなある時、ホテルに帰る道路のそばに石油施設が有りました。皆さんも霞んだ砂漠の中の石油施設の大きな煙突の先端から炎が揺らぎながら勢いよく出ている光景をテレビで見たことが有るでしょう。そんな感じでは有ったのですが、その煙突がゴジラでその口から絶え間なく炎が吐き出されておりました。

おおおっ、マーゴジラだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 9日 (水)

安楽座り

自分は時々ちょっとマイナーな路線を好んで旅行する。鉄道ファンとか鉄道マニアとは多分違う。駅舎には多少興味があるが、車輌そのものには、知識もないしトンと興味が湧かない。他人から見れば単なる時間と金の無駄遣い、物好きの類だろうと思う。

車窓から景色を見て、いい加減なところで降りて、そこら辺の在り来りの食堂に入って、A定食みたいな物を食べて、次の列車まで時間が有れば、辺りを見回して、森のある方向へ歩いて、運良く神社やお寺、若しくは小公園が有れば、そこで暫く時間を過ごす。事前に調べて資料館とか水族館の類若しくは史跡が有ればそれを目指すこともある。

先日、水戸線に乗った。筑波山も常磐線側から見るのとは、かなり感じが違っていた。自分としてはちょっとした発見だった。

車内には通学の人も居れば勤め人風の人もいる、旅行者風の人も居た。自分の様に特段の目的もなく、乗っている風の人も散見された。世の中には暇な人が多いのかも。

結構目立つのが、1人でボックス席に坐り自分の荷物を置いて、他人を排除している人。2人向かい合わせの座席の対面に荷物を置いて居る人。そう言う人達もとても混雑してくれば、他人が座れるようにはするけれど、近くに数人が立っている位だと、積極的にその人達が坐りやすいようにはしないことが多い。

まあ多分自分が安楽に座れる事が良いのだろう。2人向かい合わせだと、足を伸ばして、ゆっくりしたいのだろうと思う。肉体の安楽座り。

よく注意していると、パラパラと見られる人。ボックスシートで進行方向に向かって深く坐り、ピッタリ窓側について、デイバッグを膝の上に乗せて居る人。長いベンチ型だと、正しい1人分の位置にきっちり坐っている人。2人向かい合わせだと、荷物は膝の上か棚の上で、本を持っている。こういう人は肉体的にはゆっくり出来ないが、なるべく多くの人が遠慮無く座れて、自分の心が平安な、精神の安楽座り。

日常的にその列車に乗っている人も、ハレの日にその列車に乗っている人も、どちらも旅をしているのだから、心の平安を選んだらいいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 3日 (木)

イチジクの食べ方

子供の時、何回か同じ海水浴場に列車で行った。その最寄り駅の駅前広場に隣接するお宅に大きなイチジクの木が有った。強い日射しの下で、列車を降りると、熟した大きな夏果が塀越しに見えた。熟れて落果せんばかりで、取って食べればいいのに、勿体ない、出来るものなら取って食べたいと思った。

家の裏庭に、イチジクの木が有った。夏果が熟れると、姉と2人でもいで食べた。押してみて、蜜が出そうな柔らかい実を食べた。もぐと実の軸から白い樹液が滴った。少し割れた口から茶色の薄皮を剥いで食べた。1人数個食べると、充分満足できた。もうその時に熟しているのはお終い。又何日かすると幾つか食べられた。秋になると秋果が熟して食べられる様になったが、夏果のようには大きくないし、甘みも少なかった。但し、数が多いので、量は有った。みんな熟した頃に殆どをもいで、砂糖で煮て、保存したのを時々食べた。

東南アジアでは何回か現地のイチジクの木を見た。幹に直接実が生えているのが多く、最初はイチジクと気づかなかった。日本のものより小振りであった。熟すと表皮はかなり黒く、最初は抵抗が有ったが、慣れて食べるように成った。ちょっと下品な食べ物なのか、流通に向かないのか、市場で見かけた事はない。

中央アジアで会議の小休止の時、イチジクが出てきて、喜んで食べた。出した人は少しためらいがちに見えたが、自分が喜んで食べた後は、安心したように見えた。

原産地は南アラビアらしい。アラビアで見たことはないが、きっとそう言う目で探さなかったからだろう。日本には17世紀にオランダ人が長崎に持ち込み、それが全国に広まったらしい。

今でも自分はイチジクが好きだ。大した果物じゃない気がするが、重量当たりは結構高い。季節になれば、少し安くなった頃を見計らって、買って食べる。生食もするし。砂糖で煮て暫くの間、食後にデザートとして食べる。

その度に昔見た木や食べたときの事を、幾つか思い出す。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 1日 (火)

蝶の道(後)

蝶が有る方向に向かって数羽ずつ群れを成して飛んで行くのが見えた。偶然では無いようだ。暫く見ていた、線のように途切れることなく飛んで行く。

地元の人に聞いてみると、今の季節、或る所に蝶が集結するらしい。水場があって広い森林。埃っぽい乾期にあって、湧水が有り、清流が有り、瑞々しい広大な森林。そこに各地から集まった蝶が乱舞する。

近くのコテージに泊まって、毎日早朝から夕刻まで、その蝶の森に時を過ごす。青い空、可憐な蝶、舞うもの有り、止まるもの有り。せせらぎの音、風の音。仕事?そんなものはどうでも良い遠いところの話。心も体も涼しい木陰の下ですっかり清められる。空想が破られて、勘定を払ってストレスの多い仕事に戻る。

その日は、5時前に仕事を切り上げて、2人でホテルへ向かう。埃っぽい街をひた走り、途中何回か渋滞に巻き込まれた。都心に入る前に2人で夕食を食べた。軽くビールを飲んだ。雑談をしながらゆっくり食べた。1時間程居た。ホテルに着いたのは夜11時過ぎ。疲れていたが、寝付かれなかった。妙に蝶の楽園の事が頭から離れなかった。仕事を投げ出して、暫く近くのリゾートに泊まって、誰とも口をきかないでゆっくりしたいものだ、と思っても、実際は毎日忙しい、ストレスの多い、ものを考えることも無い、時間に追われる仕事をしている。蝶の道と自分の道がちょっと交叉した。未だ出張の期間は半分以上残っていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »