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2009年9月21日 (月)

ナツハゼの食べ方

田舎で過ごした子供時代、小さい頃は誰かに連れられて、その内連れ立って、また中学生ぐらいになると、誰かを連れて、里山を巡り歩いた。中秋から初冬の楽しみの1つは、ナツハゼの実を食べること。

自分達がよく歩いた里山には、数カ所にナツハゼの木が有って、そこを適当に巡り歩いた。或る木は、ナツハゼとしては、老木で子供にとって、それなりに大きな木だった。毎年の様に沢山実が生った。全ての木が毎年沢山実を付けるわけではなかったが、毎年十分に楽しめる量はいつも有った。

熟し初めは、未だ青い実が沢山あり、時々思い出しては巡り歩き、順次熟したものを群がって食べた。沢山食べると、口の中が葡萄色というか濃い紫色になる。舌に付いた紫色は暫く取れなかった。お腹の中で発酵するのか、お腹がキリキリした。きっと匂いもするのだろう、家に帰ってから家人に「口を開けてみろ」とか言われて、口を開けると、「コハジャを食べただろう」(田舎の方言でナツハゼの事はコハジャと言った。と言うより実感としてはコハジャの事を他の地域ではナツハゼと言うんだあ、と後年思った。)と断定的に言われた。ヤマブドウより甘い、種も無い。

中秋に何回か行くと、その内忘れて行かなくなる。初冬のたまに粉雪が舞う頃落葉したコハジャの木に辿り着くと、実がしわぶけては居るが、沢山木に残っていた。秋より甘く、酸味は弱くなっていた。それでもお腹がキリキリして、それ程たくさんは食べなかったが、みんな食べた。盛期と違って一房の粒は落果して数が少なかった。

当時集落の間に有った里山には、昔からの小路がついていた。真ん中の一尋ぐらいは土が剥き出しで平坦だった。我々が巡り歩く『子供路』も数十センチの幅で、土が剥き出しに成っていた。いつも歩くところは路に迷うことなく、里山の中を自在に歩けた。今は雑草や蔦に覆われて、路が無いらしい。ナツハゼも子供達に忘れ去られてしまっただろう。

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