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2009年10月30日 (金)

見え方(4)、サーミ

昔、サーミ(子供の頃はラップ人と呼んでいたが、最近は諸般の事情でラップ人とは言わないで、彼らの自称であるサーミと言う事になった)と一緒にトナカイを放牧しながら、北の大地を旅する日本人の体験記を読んだ事が有る。多分白夜の季節、それでも吹雪いたり、霙が降ったり厳しい天候だったと記憶する。その集団は何日かに1頭トナカイを屠りそれを食べる。血も肉も全てを利用する。有る一定の手順で屠るのだが、勿論トナカイは或る意味悶え苦しんで死ぬ。初めのうちは、その人は、残酷なことをしている気がして、気分が良くなかった。肉もやっと食べた。長く一緒に旅行して行く内に、トナカイが断末魔の痙攣をしているのを見て、又サーミが血を利用するために血を採りだしているのを見て、まあ早く言えば生唾を飲み込むように成った、と告白していた。

昔、友達が何かの用事で数ヶ月フィリピンに滞在していた。何か肉料理をご馳走になった。レバーの料理もあった。とっても美味しく頂いた。何かと訪ねたら、犬だったらしい。好きになってそれからその料理を何回も食べた。街で犬を見ると、「よだれが出た」と言っていた。フィリピンの犬は、そういえば「オドオドしていた」

彼曰くタイの犬は、何の警戒心もなく、路上でグダーとしている、なんの権利も無いけれど、義務も全くない。生きて行けるほどの餌は誰かが呉れる。日本の犬は、身の程知らずで自意識過剰、まあ飼い主の意識の反映だろうけれど。

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2009年10月26日 (月)

見え方(3)、平和部隊

ずっと昔、何かの本で読んだか、誰かから聞いた話。

平和部隊に入っている1人のアメリカの青年が、有るアフリカの国に赴任した。担当の村に行って、酋長以下長老を集めて熱く語った。『私が指導するように熱心に働けば、生活に余裕が出来て、その内1週間に1日休めるように成ります。それを続けてゆけば、もっと生活に余裕が出来て、1週間に2日休めるように成ります。それに向かって頑張って働きましょう』

1人の長老がおもむろに立ち上がって質問した。『休むって言うのはどう言う事か、もう少し解りやすく、教えて貰いてぇ』

青年が答えて曰く『諸氏は休むって事がよく分かっていないだろうから、少し具体的に言うと、友達と釣りに行ったり、家族でハイキングに行ったり、家で、ボヤーと過ごしてゴロゴロしたりすることです』

件の長老、左右の人達を首を振って何回も見てから『今毎日遣っている事とちっとも変わんねえでねえか』

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2009年10月22日 (木)

見え方(2)、靴

ずっと昔、何かの本で読んだか、誰かから聞いた話し。

2人のアメリカ人の靴のセールスマンがアフリカに出張した。2人は別々の場所だったが、どちらも目的の場所に辿り着いたら、住人は誰も靴を履いていなかった。

1人のセールスマンは次の様に報告した:『誰も靴を履いておりません、幾らでも売れます』

もう1人のセールスマンは次の様に報告した:『誰も靴を履いておりません。売れる見込みは有りません』

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2009年10月20日 (火)

見え方(1)、ゴルフ

昔、多分小学生の頃、学校で身体検査、ないしは健康診断みたいな物が有り、目の検査が有った。今で言う色覚検査。大多数の人が、見えている「模様」と違う様に見える人が居るらしい、と言うことがその時解った。自分は当時「異常なし」と言われて、安心したのは事実だけれども、異常とか正常とか言う問題では無いようだ。単に多数派少数派。多数派少数派が逆転しているところに行けば、正常異常は逆転する。片方しかいなければ、多数派少数派は勿論、正常異常も存在しない。

心の持ちようで見え方が違ってくると言う問題ではなく、時々、この人は自分と見え方が違っているんじゃないか、と思うことが有る。勿論同じ事が他人から自分向けにも発生しているとは思うけれど。

或る箱に何かを入れようとしている人が有り、自分から見たら、どう工夫したって、一瞬で入るはずがない、と見えるのに、何回も角度を変えたり上下を替えたり、組み合わせを替えたりしている、そんな情景。

箱が立方体で、入れようとしている物がそれより一回り大きな立方体だったら、誰も入れようとしたりはしないだろうけれども。身の回りに有る物は、単純に比較しにくい物が多い。

自分はゴルフをしたことが無いけれど、例えばパットが、メチャクチャ下手な人は、もしかしたら、比較的きつい左下がりの傾斜が緩い左下がりに見えて、緩い傾斜だと水平に見えて、もっと緩い場合は右下がりの傾斜に見えたりしているのかも知れない。度重なる経験でこれぐらいの傾斜はこう、これぐらいだったらこう、と打っているが、周りの景色にも影響されて、いつも実傾斜と違って見えている物だから、パットが入らない、てな事が発生しているのかも知れない。

でもそのように見えていることがおたがいに解らないので、如何ともし難い。

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2009年10月14日 (水)

鮒釣り(2)

当時釣り竿は、竹の延べ竿だった。子供の時は長いと思っていたが、多分3メートルは無かったと思う。それこそそれを担いで、網魚籠を持って、餌を持って行った。偶には自分で作った弁当を持って出掛けた。

餌はミミズで、前日、近所の農家の堆肥のために秋になれば藁を積み上げる場所の縁を掘った。10分も掘れば十分な量が確保できた。大抵は缶詰の空き缶に入れて持って行った。小学校の高学年に成って、手の利く祖父が木製の餌箱を作ってくれてからは、それを持っていった。蓋はスライド式になっていた。その餌箱は、それから長い間使った。

鮒は場所や天候で、釣れたり釣れなかったりしたが、釣れなくともそれなりに長い間釣り糸を垂れていた。山背が吹くと釣れないことが多かった。寄せ餌を撒いておけば良い、と言う話を聞けば、当日や前日、糠団子やおから団子を撒いた事もあるが、それ程効果が有ったようには思えなかった、但し、針掛かりしない小魚はそこら近辺に集まっている感じがした。春先は未だ比較的日が短く、薄暗くなるまで釣っていることも有った。

錘はナス型の多分23号、浮子はセルロイド製、今で言う胴突きの二本針。浮子を飛ばしてしまって、取り戻せない時は乾いた葦を適当な長さに切って、それを浮子にした。何回かやっている内に、これも外れてしまうことも有ったが、直ぐに作り直し。

浮子をジッと見つめていると、時間が飛ぶように過ぎる。引きが有って上げると手応えがあって鮒が釣れる。時には一荷で釣れる。静かに血がたぎる、時間は過ぎる。

ミミズを掴んで、鮒を掴んで、沼の水でサラッと洗っていた。手を嗅いでみると、かなり生臭かったが、ああ生臭い、と思っただけ。後年長じてからは、昔ビジネスホテルにあった小型の石鹸を持ち歩いて、手を洗った。

今度良い季節に田舎に帰れたら、角助堤に行って鮒釣りをしよう、子供の時のように。

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2009年10月 8日 (木)

鮒釣り(1)

小中学生の頃、春から初夏に掛けて近所の沼によく、鮒釣りに行った。

この沼は、角助堤と言って農業用水の為に、角助さんが多分17世紀の後半に作った。真夏は水位が下がって、底の土が見え、ハスがニョキニョキ生えていて花が咲き、浮島があちらこちらに出て、“沼”という感じだった。冬は高水位で結氷し、春先は水を満々と湛えて、青っぽくさえ見え、周りの景色からしても“湖”の様だった。

自分達が子供の頃は、その堤の内側は、つまり水が有る方は、コンクリートで補強されていた。外側はかなり傾斜のきつい法面で、緩い傾斜にした道路部分以外で登ったり降りたりはしなかった。その堤の幅は多分56メートル位、真ん中部分はちょっと轍が有った。オオバコやチカラシバがビッシリ生えていた。法面にはウツギの様な小木や各種の草がビッシリ生えていた。

春、未だ草が緑に成る前に、その土手の枯れ草の上に座って、コンクリート面に足をぶらつかせて、鮒釣りをした。岸辺には葦や蒲その他の水辺の草が生えていたと思うけれど、釣り糸を垂らす当たりには、殆ど障害物は無かった。ポカポカと暖かい日を浴びながら、鮒釣りをするのは楽しかった。友達と23人で行くことも有ったし、1人で行くことも多かった。少し離れて別の釣り人がいたりもしたが、特に気にすることは無かった。

土手にボンヤリと坐っていると、眠くなってウトウトし、時には枯れ草の上に仰向けで眠ることもあった。春の日の光を浴びて枯れ草の上に寝転んでいるのは、今にして思えば何と贅沢な少年時代だったのだろうと思う。

初夏に成って、草に緑が多くなると草丈が伸びて見ることはなかったが、枯れ草ばかりで、冬の間雪に押されて居たので、背が低くなっている頃は、草の中に時々野ねずみを見た。誰かヤチネズミと教えてくれた。78センチで薄い茶色か、灰色ぽかった。自分が坐っている直ぐ傍まで寄ってくることが度々あった。当時はいつもの事で特に気にも留めて無かった。多分、そこら中に居たのだと思う。

沼は、最近は昔より浅くなって、ハスや葦、蒲などが増えて、用水としては、以前より良くないらしい。沼を一周する遊歩道が造られて、田舎の人達が散歩をしているとの事。夏の早朝、ハスが力強く咲いている景色は、素晴らしい物だと思う。

作られてから300年余り経って、当時とは様子が違ってきたが、社会は豊かになって来たと言うことだろう。用水池としての寿命は尽きかけているかも知れないが、角助さんも許してくれるだろう。

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2009年10月 6日 (火)

転ばないで

歩いていると偶に蹴躓いて蹈鞴を踏む。(ついでに六方を踏んで見得を切ったりは、普通しない)転ぶことは滅多に無い。蹈鞴を踏んで地面が濡れていたりすれば、転ぶこともある。将来もっと動作が鈍くなれば、もっとたわいのない所で蹈鞴を踏んでそしてずっこけて、手や膝を怪我するように成るのかも知れない。

自分は週末に比較的長距離散歩をしているので、今のところ足は丈夫だと思っているが、誰だって段々歩けなくなる。普段から歩かないで、一区間でもバスに乗り、何処でもエスカレーターを探す人は、歩かないから転ばないかも知れないけれど、不便な所で生活するようになれば、歩いちゃ転んでしまうので、タクシーを利用する回数が増えるだろう。その内、出費もかさむし、色々な意味でふれあいも少なくなるから、引き籠もりのようになって、益々足が弱くなり、社会性が不足してゆけば、生きている意味が乏しくなり、思考が狭量に成り、風が吹けば桶屋がみたいな話がドンドン広がってゆく。

ああ嫌だ。横丁の厭味な隠居さんみたいな考えに陥ってしまった。

この間、郊外で散歩して林の中を歩いていたら、木の根に突っかかって、蹈鞴を踏んだ。「しっかり見て歩きなさいよ、ボヤーとして転ばないように」みたいなことを言われた。返事は「はい」だったけれど、心の中じゃ『これぐらいの事で転んだことなんか有りません、人生では何回か転んだけれど』

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2009年10月 2日 (金)

ポストの投入口

昔から立っている丸いポストは、そのままで良いけれど、駅前や市役所前に有る四角いポストで、取り集め口が道路側に有る分は、投入口を増やして、3ヶ所にした方がよい。せめて、上り下り2ヶ所は付けて欲しい。

今有るのをワザワザ改造する必要は無いが、町を再開発してポストを一時的に移動するとか、新しくできたショッピングモールにポストを設置するときは、あちらこちらから投函できるようにすれば良い。

夕方バスを待っているバス停の向かいに四角いポストが有る。歩道側に投入口が有る、歩道を歩いている人は、不自由はしていないが、ベンチに坐って見ていると車を止めて、投函している人が居る。道路側に投入口が有れば、窓を開けて、手を伸ばせば投函できる。せめて歩道側のみ成らず、道路と並行して投入口が有れば、ガードレールを跨いで行かなくて良いから、便利だろうと思う。

朝、駅に行く道にポストが有る。駅側に投入口が向いている、駅から出て来た人は素直に入れられるが、駅に向かう人は入れにくそうだ、たまにバッティングしている。駅と反対側にも投入口が有れば便利なことだろう。

駅前の100メートルの間に、24時間営業のコンビニが3店舗有るのは便利だと思ったことは無いが、そこのポストに投入口が23個付いているのは便利だと思う。

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