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2009年11月19日 (木)

見え方(9)、食べ残し

子供の頃、ご飯を残すと、目が潰れる、と諭された?ないしは脅された?別に賢くも成らなかったし、怖がったりもしなかったけれど。当時何を食べても美味しかったし、物嫌いして残したと言う記憶は無い。又貧乏だったから今より食べ物に感謝を持っていたのかも知れない。

塩辛とか熟れ鮨とかは、大人の食べ物で始めから手を出さなかった。普段何を食べていたかは余り記憶はないが、当時の田舎の在り来りの物を食べて居たのだろう。年下の従姉妹が、マグロの刺身が好きだ、と言ったときは内心ビックリした。食べたことが無かったと言うこともあるけれど、大人の食べ物だった。

外で食事をして残すことは無い。余りにも異常な味で、堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、それでもやっぱり食べられなくて、残すことはあっても、フライの衣を残したり、付け合わせのマカロニサラダを残したりもしない。漬物に手を付けない等と言うこともない。トンカツのキャベツを残すことも無いし、パセリも食べる。刺身のツマのキクの花、海草類も食べる。勿論ご飯を残すという事は有り得ない。腹も身のうちで、ちょっと多いなあ、と言う事もあるが、今で言う完食する。

ずっと長い間の習慣でそうしているのだけれど、暫く前から別の理由も加わった。

ちょっと無理して食べた時は、次の食事を簡単にする、スキップする事もある。そうすれば少しは日本の全体の食べ残しが減って(実際自分とは関係なのだけれど)その分、食料の不足している国の人に回る気がする。ちょっと生まれる場所が違っただけで、飢えに苦しむ人々。その人達に行くかも知れない食料を食べ残しで捨てるのは、貧弱な想像力の為せる技。まあ大袈裟に言えば、裕福な国の食べ残しを減らせば、勿論デブに成るという意味ではなくて、その国の食料の消費が減って、その分が貧困なる国々に回る可能性が増えると思う。食べ過ぎは良くない、食べ残しも良くない。

飢餓地域の子供達のあの虚ろな目を思い出したら、食べ物を粗末には出来ないと思うが、惻隠の情が欠如している人が多いのかも知れんなあ、自戒。

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