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2009年11月29日 (日)

見え方(12)、クモ

昔ほどクモを見なくなった気がする。

子供の時に住んでいた家は、何種類かのクモが身近に居た。空中にクモの巣を張る連中と、地べたに居る連中と。朝や夕方歩いていて顔にクモの巣が絡まるのは嫌だったけれど、慣れれば手をかざして歩くか、そこら辺の小枝か葦なんかを振り回しながら歩けばよい。畦道を歩いていると、細長い葉っぱを一部折って産卵しているのをよく見かけた。みんなで1個ずつ持って、何か呪文の様な言葉を言って、両端を引くと中が見えて、その状態で勝ち負けを競う遊びが有った。その呪文の様な言葉も忘れてしまったし、何を持って勝ち負けにしたかも忘れたが、よくやっていた。それだけクモは何処にも居たのだろう。

家の土間の薄暗いところには、小豆ぐらいの胴体で足が34センチのクモが居た。そいつらを捕まえて、12本足を千切ったり、足を途中から少し千切ったりして歩かせて、そりゃ歩き方が変になります。それを囃し立てて遊んだりした。特に自分が暗かったり、残虐だったりと思ったことは無いが、よい子じゃ無かったんだろうと思う。クモは沢山居た。遊び相手でも有った。

クモが嫌いな人は多いと思う。特に若い女性は、本心からかぶりっこか知らないけれど、嫌いな人が多いと思う。近所のオジサンは、家の周りに小木があると、それにクモが居て、それらが、虫を食べるから、家の中に虫が入らなくて良いんだよ、と言っていた。

虫だからと言う、まあ言ってみれば、致し方のないことで嫌われ、まあ好かれなくても、存在を認められるのは、その虫が、別のもっと悪そうな虫を食べるからという、敵の敵は味方() ぐらいの理由だから、結構気の毒な存在かも知れない。良く見れば目だって一杯あって可愛げであるし、人間には特に害はないし、一般的に言ったら益虫の部類なんだろうけれど、そんなこととはお構いなしに、嫌われている事が多い虫です。人間にも居そうだよね、そう言う感じの人。

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2009年11月27日 (金)

見え方(11)、ゴミ

自分が住んでいる街は、焼却系と埋立系のゴミは有償で、資源系のゴミは無償だ。10種類近い分別が有るが、ちょっと面倒だが、直ぐ慣れる。リサイクルゴミは滅多に出ないが、市役所の車が収集してくれないので、行動が鈍る。市役所で引き取ってくれたら、リサイクル料と引取代金を払う人は多いと思う。

引越その他で、リサイクル家電やPCを、廃棄だけしたい時は街の流しに頼むしかないのだろうけれど、本当にリサイクルのルートに乗せているか不安な所も有るし、ちょっと高そうだし。一頃無料で引き取りますと言うアナウンスがよく聞こえたし、そんなチラシもポストに入っていたが、最近はとんとお目に掛からない。怪しげなメカニズムで動いていたんだろうなあ多分。

ゴミの問題は、みんな本気で考えて居るんだろうけれど、もう一段本気で考える時期に来ている気がする。四国のどっかの町でゴミの分別が確か40種類ぐらい有って、みんなで努力して資源化とゴミの減量に邁進しているのがテレビで紹介されていた。道のりは遠かっただろうと思うけれど、何となく未来が有るようで、印象深かった。

散歩していると、ゴミ屋敷に移行中みたいな所を見ることが有る。どう見たってあれはゴミの山だが、ゴミの山だと自覚している人と、有用な物で断じてゴミではない、と言う人が有るらしい。収集する人と放置する人が居て、収集する人は、勿論有用と思っているだろうし、放置して堆積した人は、大部分がゴミと自覚しているのだろう。

事ほど左様に心の持ち方で、同じ物でも見え方が違う。きっと誰にでも有る心の隙間に何かが入り込んで何かの救難信号を発しているのでは無かろうか。

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2009年11月23日 (月)

見え方(10)、時間

自分では、自分の時間は、普通だと思っているが、他人から見たらそれなりに怪しい物かも知れない。一応申し上げておくと、金曜日の5時過ぎに、弱い者を集めて30分も説教しないし、友達と待ち合わせると時間の23分前には約束の場所に着く。初めての場所で早すぎたりするときは、別の所で時間を潰してから、少し前にそちらに出向く事にしている。

観察していると、会議が伸びて、例え自分が主宰していても、次の会議に間に合わないと、自分の所為ではなく会議が延びたのが原因で自分は勿論悪くないし、次の会議で待っていた人にも、恐縮する必要など毛頭無いと思っている人が、権力者の中には相当居るようだ。

予定の1時間も前から来て待っていて、時間少し前に行くと「遅い」という人も結構居て、その人達を迎える車が未だ来ないと、もう全員揃ったのだから、車が早く来るように、自分は電話を掛けないで、弱い者に掛けさせようとする人も居るらしい。

30分~1時間ほど常習的に遅刻する人が居るらしい。中身は色々で、何時も通って居る道を間違えたり、何時も乗っている電車を逆方向に乗って引き返したり、その待ち合わせに不必要な荷物を沢山鞄に詰めている間に、約束の時間が来てしまったり、約束の時間に間に合うように充分出られたのに、何故か洗濯をしてしまったり。常人には計り知れない理由に充ち満ちて居るらしい。そんなご本人が偶々約束の時間に約束の場所に着いて、相手が23分遅れると、そこで切れる人も居るらしい。計り難し。

市場や直売所で買った新鮮な魚や野菜を冷蔵庫に入れて、数日経ってから調理して食べる人が居るらしい。勿論不味いか、食可能限度を突破していて、ゴミ箱直行。

或る知人の説によると犬には、多分他の動物でも、時間の観念は無いらしい、だから忠犬ハチ公は長く主人を待っていられた。そうだとすれば、我々一人一人の内部の時間観念は、かなり動物に近い人から遠い人まで相当のバラツキが有るのかも知れない。勿論時間の観念が動物に近いとしても、別の面は普通の人達の発達よりとっても進んでいると言うことも有るだろうけれど。よく晩年の偉人が幼少の頃、何回も落第したとか言う話しは、そんなバラツキから生まれるのだろう。

SF的ではなく、時間は人それぞれ可成りの歪みやバラツキが多そうだから、それなりに付き合った方が、ストレス軽減に成りそうだ。

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2009年11月19日 (木)

見え方(9)、食べ残し

子供の頃、ご飯を残すと、目が潰れる、と諭された?ないしは脅された?別に賢くも成らなかったし、怖がったりもしなかったけれど。当時何を食べても美味しかったし、物嫌いして残したと言う記憶は無い。又貧乏だったから今より食べ物に感謝を持っていたのかも知れない。

塩辛とか熟れ鮨とかは、大人の食べ物で始めから手を出さなかった。普段何を食べていたかは余り記憶はないが、当時の田舎の在り来りの物を食べて居たのだろう。年下の従姉妹が、マグロの刺身が好きだ、と言ったときは内心ビックリした。食べたことが無かったと言うこともあるけれど、大人の食べ物だった。

外で食事をして残すことは無い。余りにも異常な味で、堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、それでもやっぱり食べられなくて、残すことはあっても、フライの衣を残したり、付け合わせのマカロニサラダを残したりもしない。漬物に手を付けない等と言うこともない。トンカツのキャベツを残すことも無いし、パセリも食べる。刺身のツマのキクの花、海草類も食べる。勿論ご飯を残すという事は有り得ない。腹も身のうちで、ちょっと多いなあ、と言う事もあるが、今で言う完食する。

ずっと長い間の習慣でそうしているのだけれど、暫く前から別の理由も加わった。

ちょっと無理して食べた時は、次の食事を簡単にする、スキップする事もある。そうすれば少しは日本の全体の食べ残しが減って(実際自分とは関係なのだけれど)その分、食料の不足している国の人に回る気がする。ちょっと生まれる場所が違っただけで、飢えに苦しむ人々。その人達に行くかも知れない食料を食べ残しで捨てるのは、貧弱な想像力の為せる技。まあ大袈裟に言えば、裕福な国の食べ残しを減らせば、勿論デブに成るという意味ではなくて、その国の食料の消費が減って、その分が貧困なる国々に回る可能性が増えると思う。食べ過ぎは良くない、食べ残しも良くない。

飢餓地域の子供達のあの虚ろな目を思い出したら、食べ物を粗末には出来ないと思うが、惻隠の情が欠如している人が多いのかも知れんなあ、自戒。

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2009年11月17日 (火)

見え方(8)、自転車

自分は自転車が割りと好きかも知れない。休みの日にはフラフラと自転車で出掛ける。自転車道や遊歩道でベンチが有れば、自転車を邪魔に成らないところに置いて、ベンチで一休み。持参のお茶を飲んで日光浴、本を読むと眠くなってそのまま寝ることもある。

先日は陽気に誘われて、昼前に自転車で出掛けた。目指すラーメン店で昼食。食後ゆっくり走って予定の遊歩道へ。突然綱から放れた犬が目の前を横切った。急ブレーキを掛けた、バランスを崩して生垣に倒れ込んで、クッションとなってそこで止まった。何処も何ともなかったが、危なかった。飼い主は自分には気付かなかった。

友達は自転車に乗っているとき、幼児が飛び出して、急ブレーキ、急ハンドル、そして転倒。手足に怪我をした。幼児の親は、幼児に大丈夫?と幼児を抱きかかえて、倒れている友人には声を掛けないで立ち去ったらしい。

自分は駅には比較的近いので、歩いて行くけれど、駅前には自転車が沢山放置されている。安ものの自転車が沢山乱雑に置かれている。風が強い日は何台も転倒している。目の悪い人や、やっと歩いている老人、車椅子の人達にとっては、絡め取る罠のような物だ。歩道を可成りのスピードで、縫う様に走る自転車はいわば動く凶器、乗っている人は動く狂気、これは駄洒落だけれど。もうちょっと周りの事を考えて降りて押して歩くとか出来んものかね。

自転車はそれなりに使えば、環境にも自分の体にも良い物だと思うけれど、不注意な人々が使えば殆ど路上の凶器。

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2009年11月11日 (水)

見え方(7)、交差点

朝、毎日駅に向かうとき、地元じゃ比較的名の知れた2つの通りが交叉する交差点を通る。タイミングでちょっと待たされるときが有る。自分はガードレールの内側で、それも歩道の縁石からは3メートル程下がって待っている。

ボンヤリ見ていると、時々面白い人が何人かいる。歩道の縁石の内側に踵を乗せて、つまり爪先は10センチほど車道にはみ出して居る人。50センチ位車道にはみ出して待っている人、右方から車が直進して来ると、歩道まで下がって、通過すると又50センチ位はみ出して、信号の変わるのを待っている。自転車を降りて、前車輪を車道に出して、車が来ると引っ込む人。道路の反対側でも同じ事が起きている。そちらは左折車が内輪差で歩道ギリギリまで来るわけだから見ていて危ないこと夥しい。出たり引っ込んだり。運転者もかなり気をつけてセンターよりを回っているようだ。

さすがに対面赤で横断する人は、滅多に見ないが、黄色で突っ込む人は多い。その他、隙あらば渡らんとしている人が、相当多い。数メートル早く歩き出したからって、何がどうなるんだろうと思うし、そもそもそんな事をしていれば、交通事故に巻き込まれる確率が目茶苦茶上がるだろうに。あの人達には危険が見えないのだろうか。

不思議なことに、対面信号が青になったからと言って、彼らが駅に向かって全力で駆け出すわけではない。

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2009年11月 5日 (木)

見え方(6)、食堂

週に一回か多ければ2回程度外食をする。大抵は土曜日の昼食である。散歩に出てそのまま昼食、散歩を続けて適当なところで帰宅。

自分はいわゆるグルメじゃないので、と言うより多分味に鈍感なので、好き嫌いはあるけれど、或る一定以上の量が有れば余り不満はない。だからセットの食事にサラダバーとか有れば、それを頼む。普通の食べ物屋さんだと、量がたっぷりめのお店を贔屓にしている。

定食を食べる事が多い。付け合わせの漬物がちょっぴりだと、ガッカリする。みんな市場とか業○スーパーとかの漬物が大量でとても安く、味もまあまあと言うことを知って居るのだから、沢山出せば良いと思う。20円分も出せば小皿から溢れる。きっと食堂側に何かの誤解が有るのだと思う。塩分制御で漬物を食べない人が多いのかも知れないが、そんな事は客側の問題で、お店側は、来てくれたら利益が有る、じゃなくて又来てくれるように、が本筋だと思う。

お店が散らかっていたり、掃除がされていなかったりは駄目だ。幾ら未だお客が少ない時間でも、お客用のテーブルにキャベツだの肉だの卵だのが置かれているお店は、好きになれない。醤油さしだのその他調味料入れが幾つか空で、醤油ソースダラダラ、油ベタベタ。営業的には何とか成立していても、お客商売には向かない気がする。何かしら又行きたい所が必要だ。

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2009年11月 3日 (火)

見え方(5)、救急車

幸いなことに未だ救急車で搬送された事はない。幸いなことにか残念なことにか、付き添ったことも無い。職場で同僚が倒れて救急車で運ばれたのを、目撃したが、搬送先の病院を見つけて出発したときには、本人は意識が回復していた。全員とは言わないが、心配している風の人は少なかった。

救急車には救急車、ANBULANCEの文字が印刷されている。警察やタクシーにそれぞれ印刷されているのと同じ伝。但し大抵、車の前面は鏡文字に成っている。サイレンが聞こえなくとも、ルームミラーで後ろの車が救急車で有ることを直ぐに気付いて貰うため。もう相当昔からだと思うが、自分の同僚は知らなかった。その人は車で通勤している。何処見てんだか、あれは節穴か、と誰かが言っていた。

運転中、救急車のサイレンが聞こえれば、前方を見たりルームミラーを見たりして、回転赤色灯の気配で方向を探し、救急車が或る程度接近して道を譲るべき距離になったら、そうする人は多いと思う。ルールとしても惻隠の心としても当然の事だろう。

聞こえないのか見えないのか、ルールを知らないのか、それとも単純な自己中なのか、救急車に追い越されて、救急車が赤信号で右折したら、その後ろをクラクションを鳴らしながら追随するのを見た事が有る。

その人が、スクーターで電柱にぶつかり転倒し、頭と足に大怪我をした。激痛が走っているが幸いなことに気を失わなかった。残念なことに救急車は3分ほどで現場に到着。幸いなことに鎮痛剤を打たないで、暴れるその人をストレッチャーに括り付け、たらい回しにして、2時間ほどグラグラ揺れながら、街中をドライブ、気を失ったところで夢から覚めた、そんな空想が働いた場面だった。

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