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2010年1月29日 (金)

見え方(22)、会釈

狭いところで擦れ違ったら、会釈をすれば良い。何かぶっきらぼうに歩いて来て、体も寄せないで、歩みも遅くしないで擦れ違うのは、品がない。お互い歩を緩めて、少し体を寄せて、ニッコリしなくて良いから、ちょっとだけ笑んで、会釈して擦れ違えば、気分が良いだろう。会釈して擦れ違ったって、損をする訳じゃないし、自分の価値が下がるわけでも無かろうに。

比較的狭い通路の向こうから、誰かがこちらに向かって進んできていたら、普通はその通路に入って行かないで、先方が通り過ぎてから、その通路に入って行けば良いのにと思うが、遠慮無くズンズン入って行く人が居る。23秒先の困難が予測できないのか、何にも考えていないのか、傍で見ていると目が点になる。お互いに気が強ければ、多分喧嘩になるのだろうけれど、滅多に喧嘩にならないところを見れば、単に双方とも何にも考えていないのだろうなあ、と思う。

狭い路地を歩いている人を後ろから来た紳士が追い越す時、ちょっと歩を緩め、帽子をちょっと持ち上げて、会釈して又急いで行く、と言うそんなシーンの動画がテレビに有って、「ああ、今は美風良俗は廃れてしまった」と思った。

正月は箱根駅伝を見ていた、あそこの道路は広いけれど、10人抜き、5人抜き、例え1人だけ抜いても先に行くのなら、競走だから、歩は緩めなくて良いけれど、ちょっぴりで良いから、会釈をして追い越せば良い。「お先っ」って声は掛けなくて良いから、ちょっとだけ顔を向けて、会釈して抜いていったら良い。箱根駅伝だけでよいから。

箱根駅伝参加の諸氏はどう考えるかなあ。

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