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2010年6月17日 (木)

出雲の神々(2)

-ー 承前 --

自分は確信しているが、彼はそれを自分だけに言ったと思っている。彼は奥さんにも言っていないだろう。そんな気持ちで感謝して日々接しているだけだ。

自分はよく見えて他人は悪く見える物だ。神々はちゃんと見ている。彼は出雲に旅行したときに「神々に感謝して、何か自分に落ち度が有ったらならどんな罰でも与えてください」と誓った。

ある時、彼は何かの因果で罰が当てられたらそれは甘受するしかない、と言っていた。罰はコガ(自分の田舎の方言で木製の盥のこと)を被っても当たる物は当たる、と言っていた。当時未だ2人とも学生だったけれど、何かおかしくて2人は下宿で大笑いをした。当時の下宿はもうずっと前から無いだろうなあ。

2人ともほぼ引退したら、昔のように旅行したり、たわいない話をしたりする機会が増えれば良いと願っている。きっと出雲の神々が予定していてくれている、そんな気がする。

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