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2010年6月 9日 (水)

釣りの長靴

自分は釣りが好きだ。TPOで長靴を履く。濡れやすいところは必要に迫られて長靴を履く。冬は長靴が良い。足下の寒さが無い。暖かくて気持ちが良い。初めから釣り何ぞに出ないで、炬燵に入っていれば、足が温かくて気持ちが良いのだが、それとは違う、寒空の下、暖かい服装で、長靴を履いて、ポカポカ気持ちが良いのは又格別だ、何かそれはそれでとっても幸せ気分だ。岸壁や岩にもたれ掛かって、うつらうつらするのは気持ちがよい。家の中で、冬、窓ガラス越しの日下でボンヤリ音楽を聴いているのも気持ちが良いが、波の音と潮風の匂いを嗅ぎながら、広々とした景色の中の一風景と成ってボンヤリ何か考えながら釣りをするのは楽しい。釣れても楽しいが、釣れなくても気が和んで幸せを感じる。もしかしたら釣れない方が、ゆっくり出来て良いような気分に成ることもしばしばだ。釣りが終わって帰り道、段々現実に引き戻されるのは、ちょっと憂鬱だけれど、出掛けるときの反動だから仕方が無いかなあ。

釣りをしない人は、釣れもしないのに何時間も黙って待っているなんてとか、全体の費用を考えたら、新鮮な魚を近くのスーパーで買ったら余程安いとか仰るけれど。釣りの楽しみは釣るばかりじゃ無いのだなあ。釣りは人間太古の釣る食べる生きる、そんな記憶も呼び覚ましているのかも知れない。

よく釣れなかったり、下手な釣り人がいたり、それを典型的に現すのに、引いた、引いたとか言って、つり上げてみれば古い長靴なんて言うステレオタイプがあるが、1回だけ昔、昔多摩川で本当に長靴が釣れたことが有った、勿論引きはしなかったけれど、引っ掛かったと思って、そろり、そろり上げたら、長靴が引っ掛かっていて、思わず苦笑いして、周囲を見回した。心の中で『俺もマンガ並に成った』と呟いてしまった。そう言えば、外房の港で空き缶が釣れたこともあった、多分カニかシャコに餌が引き込まれて、引っ掛かり釣れたのだろうと思う、その時も力が抜けて、せっかくの良い気分が現実に引き戻されて、ちょっとガックリした。

冷たい空気を顔に感じながら、服装は暖かく、暖かい長靴でするのが良い。釣りは釣れれば面白い。釣れなくとも面白い。無心に成ったり、色々想像したり。

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