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2010年7月30日 (金)

スルメの食べ方(2)

どう言う訳かは知らないが、立派なスルメイカの乾燥げそが安く売られていた事が暫く続いた。身とは違う旨さがあり、10匹分ぐらいずつよく買って食べた。焼いてからも簡単に裂けるし、大体安いのは大きな魅力。当時もうこちらに出て来ていた。暖房は反射式の石油ストーブを使っていたので、その上で焼いて食べた。部屋中焼いたスルメの匂いがした。きっとアパートの廊下を歩いている連中にも匂いだけは分配していたと思う。

十数年程前の数年間に何回かイカ釣りに行った。鹿島灘のゴウドウイカ(別名、アカイカ、バカイカ)、九十九里のシリヤケイカ、外房のアカイカ(普通はケンサキイカと言う)、東京湾のマルイカ(ケンサキイカの小さいもの)、相模湾のスルメイカ(マイカと言っているところも多い)、それなりに釣れて、冷凍保存以外に、スルメを作ったりサキイカを作ったりして、保存して永らく食べた。何気で食べているスルメも自分で作るとそれなりに手間が掛かる。サキイカにするにはまたまた数倍の手間が掛かる。

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2010年7月26日 (月)

スルメの食べ方(1)

子供の時のお八つに良くスルメを食べた。当時スルメは安かったし、土産や縁起物で貧乏な家にも比較的いつも有った。薪ストーブの上で焼いたり、炬燵の炭で焼いたり、そのまま割いて食べたり、焼いたのをポケットに入れて持ち歩き、割いて少しずつ食べたり。歯が丈夫に成る、と言うことで有ったし。

第一次、第二次オイルショック後は、漁船の燃料や資材が高騰した。循環なのか特別なことが有ったかは知らないがスルメの漁獲高も極端に減って、生ものは勿論、スルメ、サキイカの類はとっても高くなり、暫くご無沙汰した。

その内また取れだした。値段は高くなっていた。諸物価も高騰していたので、比較相対で一頃よりは買いやすくなっていた。中には通常スルメにしないイカで作ったスルメが有って、安い物を買うとインチキスルメで美味しくない物も有った。歯が丈夫になるのは一緒だけれど。

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2010年7月22日 (木)

家出少年(3)

荷物は予め田舎の最寄り駅からチッキ(今の人は多分意味が分からないだろうと思います、暇な人は調べてみてください)で送っておいたから、手回り品とちょっとした食べ物と水と本だけを肩がけの鞄に入れていた。やることもないので駅の待合室で、ボンヤリ座っていた。暫くすると隣に中年のオジサンが座った。ちょっとしたら話し掛けてきた。親しげである。特段警戒もしなかったが、何か色々聞きたがる。鬱陶しいなあと思った次の瞬間意味が分かった。

彼は警察かその協力者で、家出少年らしいのに声を掛けて未然に防ごうとしているのだ。突然笑って少し息が苦しくなったが、色々面倒くさいので学生証を見せたら「じゃ気をつけて」見たいに言って直ぐ退散した。

自分では子供っぽい顔をだと思ったことはないが、薄暗い待合室で、ちびた鞄1つで、暗い顔をしていれば、間違われるのもさもありなん。家出少年と間違われたのは後にも先にもこれ1回きり。

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2010年7月20日 (火)

家出少年(2)

学生の時、いつも貧乏な旅行をして、実家に帰った。1週間ほど過ごす。田舎に帰る時は何となく気が重い。行ってしまえば、懐かしく有り難く、百姓をちょっと手伝ったり、季節が良ければ釣りをしたり、子供の頃遊んだ里山を歩いたり、ゆっくり過ごした。真冬でも吹雪が吹いていなければ、近くの原野を歩いた。田圃やそんな原野などはきっと江戸時代から景色が変わっていないだろう。

それで又、帰京するとなると何故か又気が重い。その時は冬で、戻ってからはアルバイトの予定もあったし、貧乏列車に乗ってアパートに向かう。深夜始発の長距離夜行列車に乗るために大きなターミナル駅に居てその列車を待っていた。

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2010年7月14日 (水)

家出少年(1)

高校の時、同級生の1人が家出をした。東京方面に向かい、上野辺りで発見されて直ぐ連れ戻された。我々のグループのメンバーじゃなかったので、本当の動機は分からない。直前に、手持ちの本とかレコードを売っていたらしいから、出来心にしろ、少しは事前に準備していたのだろう。直ぐ発見されたのだから、深い計画性は多分無かっただろう。

学校を休んだのは、2日ぐらいだから、疎遠な連中は、彼が家出をして連れ戻されたことにも気付いていなかった風だった。

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2010年7月 8日 (木)

カナブンの木(2)

我々はそのネムノキに近づいて、力を合わせてその木を力いっぱいに揺すった。一斉に落ちて、地べたに転がるもの、空中に飛ぶもの、空が一瞬暗くなった。羽音、地べたに落ちる音で一種の爆発のような音になった。我々にも沢山のカナブンが落ちてきて、沢山体に付いた。想像以上で、体からカナブンを払いながら、足は避けきれず沢山踏みながら、木から離れた。未だ相当数が木に付いていた。恐ろしくなってその場から逃れた。

その木をカナブンの木と呼んでその後毎年見ていたが、カナブンの木になることは無かった。ずっと普通のネムノキだった。今となっては、夢だったのだと言われれば。反論する気は無い。

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2010年7月 6日 (火)

カナブンの木(1)

もうこの辺りでは、ネムノキがやや盛りを過ぎて、花弁が散ったり色あせたりし始めた。自分はネムノキの樹形が好きだ。幹が真っ直ぐ立ち上がり、真夏に日陰をつくる様に枝を伸ばし、その枝の数が少ない。花の咲き方付き方も気にいっている。木の下にいると目立たないが、高いところから木全体を見ると華やかだ。花は色も良く香もある。夜になれば葉が折りたたまれる。マメ科だから花が散ってから鞘にマメが出来る。

田舎の中学生だった頃、夏休みにネムノキは花が真っ盛りになった。いつものように里山を友達と歩いていたら、贔屓のネムノキの花が満開になっていた。緩い坂を下って傍に近づいて行くと、何となく木全体に違和感が有る。

傍に行ってビックリ仰天。カナブンが何千何万とそのネムノキに付いていた。そのカナブンが蠢く音がギシギシと聞こえる。ひっきりなしに落ちてそれが地面に落ちる音、途中から飛んで行く羽音。枝がカナブンの重みで撓っていた。兎も角異様な光景。

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2010年7月 2日 (金)

駐輪場の錠 (2)

かなり長い時間が経って、自分の中で、わだかまりが無くなったら、友達と飲んでいるときに披露して笑いを取れそうな失敗談だ。友達みんなが頻繁にそんなことを起こすように成れば、それはそれで人生の黄昏時で、必ずしも悪いことではない気がする。

買い物が終わって、自分の自転車に向かうとき、何処に置いたか迷わないように、大体は同じ地域に置くようにしている。そこまで行くときに何気なく見ていると、自転車に付属している錠を掛けていない人は必ず何人か居る。世の中を特段感慨も無く信じているのだろうと思う。社会全体から見ればそんな暢気な人が多いことは慶賀すべき事だろう。

スーパーの前にもそれなりの空いた路面が有るが、自分は駐輪しない。自己の便利の為に、他人に迷惑を掛けているようで嫌なのだ。そんなところを縫って歩くのも嫌いだし、年配者や子供などが歩いているのを見ると、事故が置きそうでハラハラするときが有る。自分は小心者だ、特段直す気は無い。

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