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2010年8月29日 (日)

生まれ変わるなら(3)

弘法大師は、入定する時に、弟子達に567000万年後に菩薩となって、又来るから、待っておれ、と言ったらしい。比べるのもおこがましいが、余りにも落差が大きすぎて、実感が湧かない。自分は蝉に感心して居るぐらいだから、しょうがないでしょう。

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2010年8月27日 (金)

生まれ変わるなら(2)

その次、蝉。5年ほど地下にいて、木の根から僅かばかりの栄養を獲て、暗黒の中で、孤独で経験も知識もないから思索には耽っていないのだろうけれど。でもまあ雌伏して剣を磨く、見たいな。

時期が来れば、運命に導かれて、這い出して脱皮してそれこそ一皮剥けて、木に停まって歌って踊って食べて恋して光陰は矢の如く過ぎ去って、2週間もすれば、命尽きなんとして、地べたに転がり、暫くはギギギッと鳴いて、時には羽根をバタバタさせて、そして死んでゆく。中には蟻んことかに体の一部を引きちぎられて運ばれてゆく奴もいるし、生きているときヒヨドリに食われて斃れるのもいる。生き方が壮絶ですなあ。

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2010年8月23日 (月)

生まれ変わるなら(1)

輪廻転生等と言う大袈裟な考え方でなく、ちょっと軽く想像してみる程度で、そうなればそうなったで、こちらからは窺い知れない苦労という物は勿論あるのだろうけれど。そもそも真面目な話でも無いので。

昔は猫。縁側で1日日向ぼっこしながら微睡んで、お婆ちゃんが何かするために縁側に来ると、その傍に擦り寄って又寝る。夜になれば勝手に出歩いて、朝になれば何事も無かったように又縁側へ。季節になれば、塀の上を走り回り大きな声を出して、遊び回って。誰にも文句を言われず、勝手に生きている。なのに飼い主が世話をしてくれて餌もちゃんと与えてくれる。野良になってもそれなりに生きていって居るようだ。寿命は飼い猫より短いが、その分自由と冒険がある。

その次、熱帯魚。ぬるま湯に浸かってボヤーっと生きる。

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2010年8月19日 (木)

身欠きニシンの食べ方

昔田舎の岳父から、年末になると田舎の食べ物が沢山送られてきた。その中に身欠きニシンが一把入っていた。片側に皮が付いていて、身は焦げ茶色で光っていて少し透明がかっていた。直ぐに密閉できる容器に入れて保存した。今考えるとかなり上等なものだった。ニシンはあの特有な匂いで、煮物も焼き魚も好みではなかったけれど、田舎から送られてくる身欠きニシンだけは好物だった。

ガンガンと固くて、そのまま食べる物では無いけれど、とても歯の立つ代物ではなかった。当時使っていた反射式の石油ストーブの上に、油が垂れないように、アルミホイルを少し皺にしてから、その上に載せ、その上に例の身欠きニシンを置いて焼いた。部屋中がその脂の焼ける匂いと、ちょっと旨味を予想させる魚の焼ける匂いが充満した。焼けると柔らかくなって身が簡単に割けた。熱くて素手では割けないから、軍手で割いた。皿の上に一口大に割いて置いた。2人で11本ぐらい食べた。噛みしめて食べた。濃厚な味で、量はさほどでもなかったが、2人で1本で充分楽しめた。また後の楽しみと言うこともあるので、少しずつ食べた。歯に身が挟まって、食後は楊枝の出番。

食べた後は、掃き出し窓を開け、部屋の戸を開け、台所の窓を開け、換気をした。数分寒い風が部屋の中を通りすぎた。閉めればまたどうって事もなかった。匂いは相当残っていたと思う。

今特に食べたいと言うこともないけれど、乾物が沢山売っている店先を通れば、ちょっと目が探しているときが有る。昔食べた印象が強くて、あの品質のものが無くて、買う気は今のところ起きていない。

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2010年8月17日 (火)

食べたい物(2)

ずっと前は、休みの日に散歩していて、時間になってお腹が空くと、食べたい物を探してかなり長距離彷徨いたが、最近は、お昼なのに1人もお客さんが居ない、と言うところ以外ななら、大抵サッサと決めて入る。それがファミレスでもエスニック料理でも居酒屋でも街の食堂でも、予算内なら、余りためらいはない。

そりゃその時食べたい物を食べればそれに越したことはない気がするが、何でも食べれば血糖値が上がって、それなりに満足が行くものだ。何が食べたかったかも、満腹してしまえば、ボンヤリしてしまう。食べたかった物は次回に残せば楽しみが持ち越されたようなものだ。食べられるだけで幸せだ。

サワーグレープス?貧乏人の処世術?人は自分が思い込むほど、自分の希望なんてそんな束縛的なものじゃ無いと思っている。有り体に言えば、美味しいラーメン屋に入って、濃厚な叉焼味噌ラーメンに半ライス、餃子を食べたいと思っていて、地味な蕎麦屋に入って、ミニ卵丼、山菜蕎麦を食べたって、食べてしまえば、さっきの希望は吹っ飛んで、後はどうでも良くなってしまう様なもの、自分だけかも知れないけれど。

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2010年8月11日 (水)

食べたい物(1)

昔出張に行って、南西アジアの田舎に行けば、日本料理は勿論、中華料理、朝鮮料理など、自分が比較的馴染んだ料理は全くなかった。もっと分かりやすく言えば、地元の料理のみ。だからと言って食べる物が無くて、いつも空腹と言うことはない。そこのマジョリティーが食べている料理は、直ぐ慣れて当方普通に食べられるようになる事が多い。適当な店に入って、人が食べている物を横目で見て、食べられそうな物が有れば、それを頼めばまあ何とか食べ物には有りつけた。

昼にザル蕎麦で軽く済ましたい、と言う日はあるが、無いものは仕方が無い。夜軽く飲んで、帰りに味噌ラーメンを食べてと、ちょっと想像してみることはある。無いもの無い。だからって国へ帰りたいと言うことはなかった。

朝夕は大抵ホテルで食べて、昼はキャンティーンで食べたりサンドイッチを食べたり、まあ特に面倒なこともない。日本にいるときよりカロリーが高かったりして、ややもすれば体重が増えた。但し時々体調を崩してしまうから、差し引きバランスしてそれ程の変動はなかった。

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2010年8月 5日 (木)

タコ足薫製の食べ方

ずっと昔年末のバスの買い物ツアーというものに何回か出掛けた。

焼津が多かったが、銚子だの大洗だのにも行った。沼津にも行った。それぞれそれなりに特徴が有って面白かった。お土産店の2階や、市場の食堂や何かで昼食が供される事が多かったが、弁当支給のも有った。その方向にあるちょっとした所がツアーに組み込まれていた。お茶工場だったり有名な庭園だったり。

主目的の市場に行って、偶然見つけた『たこぼう』と言う名前だった気がするが、タコ足の薫製が一本真空パックで売っているのを発見して、飛び付いて買った。ちょっと高価だったけれど、年末年始の休暇用だから、少し贅沢に。お土産分も含めて数本買った。

休みに入って、少しずつ切っては食べ、切っては食べた。当時炬燵に入って寒さを凌いでいたので、グダグダ炬燵の中で過ごしながら、そのタコ足の薫製を食べて贅沢気分に浸っていた。とっても美味しかった。それから何年間かは、年末の買い物ツアーが年中行事の様になって、年末年始はたこぼうで贅沢な休暇。

その内買い物ツアーも行かなくなって、たこぼうも買わなくなった。長い間忘れていた。今年末に適当なそんなツアーを発見したら、参加してたこぼうを買って、当時の贅沢な気分を取り戻したい。現実には今の方が余程贅沢に成っているのだが、狎れてしまって、ちょっと普段より程度が下がると、不満っぽくなり、当時感じた幸福感を忘れているだけなのだけれど。

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2010年8月 3日 (火)

スルメの食べ方(3)

最近はスルメや太い干しげそに手が伸びなくなった。固くて歯が壊れそうだ。刺身や、煮物の類は好きでよく食べる。季節になれば新鮮で大きなスルメイカがいっぱい100円程度だ。漁師は利益が有るのだろうかと心配になるが、当方としては大変助かっている。

もうスルメとしては食べなくなったが、イカ類は好きだ。刺身、イカソウメン、塩焼き、味噌焼き、炒め物、腸との共煮、キャベツとの酢漬け、塩辛、色々お世話になっている。

もうスルメは食べられないだろう、せいぜい、松前漬けの中に入っている千切りのスルメだけだろう。

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