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2010年11月28日 (日)

キャンプ(3)

若い頃は別世界の事だったので、知らなかったし知ってからも羨ましいとは思ったことは無いが、最近キャンピングカーというものをよく見かける。昔より普及しているのだろう。自分が住んでいる近くのお宅にも、キャンピングカーが駐車してある。自分にはちょっと買えないけれど、別世界の事ではない。

豪華なキャンピングカーで設備の整ったオートキャンプ場に泊まり、手の込んだ料理を作って食べるのは、自分の趣味には合わない。手の込んだ料理なら家で作ればよいし、豪華な食事だったら、ホテルで食べればよい。

野宿ってずっと昔の祖先の記憶の追体験の様なものだ。原点に帰って自分を考える。

暑かったり寒かったり蚊に食われたり背中が痛かったりすれば、そりゃ色々考える。

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2010年11月26日 (金)

キャンプ(2)

食事は持参の米を飯盒で炊いて、何時もの倍を食おう。おかずは即席の汁と魚の缶詰。現地で只で調達できる物が有ればそれを追加。海辺だったら魚を釣り、貝類を採集、ナマコなんかも結構見つかる。山の中だったらキノコや山菜。火を使えそうも無いところは、パンやおにぎりや弁当。

夜波の音やせせらぎの音、木々を渡る風の音、虫や鳥の声、空の星、雲が厚く真っ暗な夜も良い。野宿は良い。比較的街に近ければ、風に乗って微かに聞こえるお囃子、花火、それもそれでよい。

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2010年11月22日 (月)

キャンプ(1)

若い頃よく野宿をした。テント、シュラフというのが多かったが、シュラフの代わりに毛布も有った、テントなしで、シュラフだけ、毛布だけというのもあったし、それもなくて、重ね着というのもあった。

降雨降雪が無くて風が直接当たらなければ、3首を防御すれば、重ね着だけでも結構寝られた。則ち足首、長靴その他で寒気の進入を防御する。手首、手首の長い手袋をはき、防寒着の袖も長く手首からの寒気を防ぐ。後は首、襟巻きをしてフードを被ればOK。顔は割りと平気なものだ。後は可能なら断熱敷物一枚、無い場合は直接地面に触れないように枯れ草、ススキの類を下に敷く。

夏は防寒は関係ないが、蚊対策が重要だ。顔はネットで防ぎ、後は暑くない程度に着る。危なくない蚊取り線香や虫除けスプレーも役立った。蚊帳が有ると最高だが、今も売っているのだろうか。夏は少しの間だったらコンクリートや大谷石の上は、暖かくて心地よい。当時は無かったけれど、道の駅が有ったらかなり重宝したことだろう。今も夜、道の駅のそばを通れば、軒下を借りている連中が見える、昔の自分だ。

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2010年11月18日 (木)

携帯電話(4)

携帯電話の外見は限りなく多様化、個性化の方向に向かっている。機能も多様化、高度化に向かっている。使い方は、悪い方に向かっていて、使い道は、生活の向上、社会の福祉の向上にそれ程役立っていないような、そんな気がする。但し盲目と難聴の方にはその使い方によって、その人達に生活の質の画期的な向上がもたらされたと聞く、良い事だ。

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2010年11月16日 (火)

携帯電話(3)

話は変わって、他人の携帯電話を通勤の時に、見る機会が多い。JRの電車内で7人掛けのベンチの7人が、殆ど同じ姿勢で、携帯電話を見ている事が有る。数人というのはごくザラだ。色や形、装飾など、何一つ同じ物が有るように思えない。中には相当個性的な装飾を施している物も有る。ストラップが鈴なりに成っている物も有る。自分は知る機会など全くないが、もしかしたら、お金持ちは蒔絵とか、漆塗りとか、金無垢等という物を特注して持っているのかも知れない。電話機自体の個性化。多分良いことなのだろうけれど、意味があるとは思えない。公衆電話にも何種類か有るけれど、あれがみんな色やら形やら装飾やらが違ったって、意味があると思えないし、逆に困ったものだ、と言うことになるだろう。

郵便ポストが同じデザインで、有る場所も公官庁の傍とか、公共交通の傍とか、勿論郵便局の前とかに有るから、良いわけである。

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2010年11月10日 (水)

携帯電話(2)

1回持つと便利だから手放せない、と言う人もあるが、自己の便利で、総合的な利便性が高まった気はしない。人によっては他人に対する依存性が高くなった気がする。簡単な事で自分が確認すれば良い事を、直ぐ携帯電話で聞いて他人を煩わせる。自分の生活習慣とはちょっと違う。人に気軽に電話を掛けて何かを聞くという習慣がない。待ち合わせに遅れたり、場所を取り違えたりすることは無いから、そんな場面で使うこともない。遭難したときに助けになる、と言った人もあるが、そもそも遭難しない。百歩譲って遭難するとしたら、乗合の釣り船が転覆と言うことが考えられるが、そんな時に携帯電話が使えるとも思えない。日帰りや12泊の旅行をよくする。その時自分は旅人である。自分はその景色の1構成物である。紐付きは心の自由度が下がる。ご免被りたい。

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2010年11月 4日 (木)

携帯電話(1)

自分は携帯電話を持っていない。10年ぐらい前は、どうして?みたいな感じで、貧乏だから、と答えておいた。今は携帯電話の番号を聞かれる場面に立ち至ることはないが、そう言うことになったら、携帯電話の番号をシンプルに聞かれるだけで、「持っていたら」という条件は多分付かないのだろうと思う。

携帯電話が有っても掛けないから必然的に掛かってこないだろう。実際家の黒電話にも電話は滅多に掛かってこない。

特段の信念が有ったわけではないが、ボヤボヤしている内に、時間が経ってしまって、買う機会を逸した、と言う感じだろうと思う。

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2010年11月 2日 (火)

風呂の自転車(6)

もうあの辺も大分変わっただろうなあ、そもそもあのお世話になった銭湯はどうなっただろうか。最近のご多分に漏れず、後継者無し、客数減少で廃業か。自分も昔と違って、週に数回銭湯へ行くと言うことは無い。自分では好きだと思っていても、もう行けなくなってしまった。最近は自転車で行ける範囲内に銭湯が無くなってしまった。偶に自転車でスーパー銭湯へ行くけれど、あれは名前が銭湯と付いているだけで、勿論昔の地域の生活に密着した銭湯ではない。強いて言うなら比較的安価な入浴娯楽施設、ちょっと盥を床に置くと長く反響した昔の懐かしい銭湯っぽい音はしない。湯気も漂っていない。三助も居ない。

今度近くまで行ったら、当時お世話になった銭湯と自分が住んでいたアパート辺りがどうなって居るか、探見してみよう。偶にヘビが出た梅林もきっと無くなっているだろうし。何棟も並んで、一階二階で8部屋のアパート街も様変わりしているだろう。あんな処だって、自分の人生に取って色々なことが発生したんだ。

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