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2010年12月26日 (日)

初めての海水浴(1)

ずっと昔、自分が学生の時に従兄弟の子供と、それから数年後、夏に帰省しているときに、甥と近くの海水浴場に行ったことが有る。2回とも子供は一人だけで、後数人はみんな大人、全て姻族、血族である。

海水浴場は日本海側で数十年前の典型的な寒村の風景である。未だ古きよき時代だったのかも知れない。屋根の低い平屋の家が散在し、その西側に防風林。海岸段丘を越えると、ハマナスが、生垣の様に砂浜を仕切り、緩い傾斜で砂浜が海と接している。

小さな段丘のすぐ前に粗末な海の家が23軒長閑に建っていた。

海の中は10メートル位で一旦大人のお腹か胸当たりまで深くなる。そこで小さな波が砕ける。そこを越えると股下ぐらいまでの深さになり、後は数十メートル沖まで、所に因っては100メートル沖まで行かないと、胸の深さに成らない。白っぽい砂で、綺麗な水。広い砂浜が続き、遠くに、北には海に迫る山脈、南には海に突き出した半島の丘陵。

なんにも無くて良い景色だった。夕方になると太陽とその反射が海を染めて、それは、それは素晴らしい景色だった。

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2010年12月24日 (金)

煮干しの食べ方(2)

昔から煮干しは好きであった。子供の頃よく釣りに出掛けた。里山もほっつき歩いた。1人で弁当を作って持って行った。佃煮や、筋子、漬物などが、戸棚に入っていたから、それらを引っ張り出して、ご飯の上に適当に乗せて弁当を作った。小さな煮干しをご飯の上にパラパラ乗せて、マヨネーズをちょっと掛けて、その上から醤油を垂らして作った弁当を持って出掛けた事もある。今時の弁当に比べたら、とても単純な物だった。今でもそうだけれど、ご飯を食べるのに、ちょっとした味と、塩分が有れば、余り不満は無かった。

学校が休みの日に、家人が出払っていれば、子供達は適当に昼食を食べていたから、特段変だとも思わなかった。夕方に帰ってきて、流しに弁当が置いてあれば、弁当を持って行って、外で食べたのだろう、と思っただけだろうと思う。いつものことだったから、お互い特に話したことも無かった。

時々田舎から、季節の果物やら、郷土の食べ物が送られてくる。その段ボールのちょっとした隙間に、煮干しや出汁昆布、佃煮などが埋め草として入っている事が有る。有り難く頂いている。子供の頃から食べて未だに好きな物を送ってくれる。田舎は有り難い物だ。

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2010年12月20日 (月)

煮干しの食べ方(1)

自分は煮干しでよく出汁を取る。後で必ずその煮干しも食べる。頭と内臓と背骨は残すけれど、数センチの小型の煮干しの場合は、全部食べる。ついでに言えば、出汁で使った昆布も当然食べる。勿体ない。

良い出汁が出る煮干しは食べても美味しい。つまみ用で、ナッツ類と混ぜて売っている小振りの煮干しも食べる。休みの日に本を読みながら、ラジオを聞きながら食べることが多い。本からだったり、ラジオの話題からだったり、食べている物からだったり、その時々によって違うが、色々なことが思い出される。

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2010年12月16日 (木)

シジミの食べ方(4)

子供の頃、田舎で食べていたシジミは大きくて、いつも身も食べていた。高校生ぐらいの時は、八郎潟産じゃない物が出回り始めたのか、小さい貝のシジミも出るようになって、身を食べなくなった。

暫く忘れていたシジミをこの10年ぐらいはよく食べる。最近は無駄にしちゃ行けないと言う気もあって、どんなに小さいシジミでも、必ず全ての身を食べる。シジミ汁は、やや高価な汁になった。

真水のシジミ、汽水のシジミ。当時八郎潟のシジミは勿論汽水のヤマトシジミ。今は台風とかで、海水が防潮堤を越えない限り、八郎潟の水は限りなく真水に近い。

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2010年12月14日 (火)

シジミの食べ方(3)

その場所で一段落すると、片付けて、上の方に行っていた。自分の集落で下の方に行のを見た事が無いから、周回ルートで売り歩いていたのかも知れない。違う集落でサンジロウさんを見ることが有ったから、こちらは何気なくしていたけれど、きっと曜日か日付で、自分の地域を巡回していたのだろうと思う。何時か家人に聞いたら、サンジロウさんはシジミだけ売って生計を立てている風だった。冬に何をしていたかを聞くのは忘れたが、勿論何かをしていただろう。比較的背が高くて、薄い無精髭を蓄えていて、暗い感じはしなかったけれど、地味で無口だった。

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2010年12月 8日 (水)

シジミの食べ方(2)

家の近くにちょっとした空き地が有り、そこに自転車を止めて、タバコを一服付けて、トロ箱を1つぐらい下ろして、買いに来る人を待っていた。自分も含めて子供や、お母さんがボールを持って買いに行く。家はいつも5合買っていた気がする。1升とか、買う人も居たと思う。木の升に山盛りにして一杯だった。シジミの旬は夏と冬だと思うが、冬は道が悪いので、売りに来なかったと思う。サンジロウさん以外からシジミを買った記憶はない。ドンブリと言うのか、布で出来た紐付きの長い財布を使っていた。シジミは5合で100円位であったと思う。もしかしたらもっと安かったかも知れない。誰か家計簿を付けていて、分かったらご教示いただければもう一段当時の世界が鮮明に眼前に広がるだろう。

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2010年12月 2日 (木)

シジミの食べ方(1)

自分は、八郎潟にほど近い所で育った。よくシジミのみそ汁を食べた。今よりずいぶん安かった。鍋の中に貝が沢山入っていた。こちらに出てくるまで、アサリのみそ汁は食べたことがない。春が旬のアサリのみそ汁は美味しい。今でも季節に何回も食べるが、郷愁もあり、どちらが好きかと問われれば、シジミのみそ汁と答える。

小さい頃、シジミ売りのオジサンが当時「運搬車」と呼ばれていたゴッツイ作りの自転車にトロ箱を何段も重ねて売りに来ていた。少し経ったら、エンジン付きの自転車に変わった(一応念のため、オートバイではありません、今風に言えばエンジンアシスト自転車)。その人はサンジロウさんと言う。勿論自分は格違いだから、呼びかけたことは無い。地域に多い苗字なので名前で呼んでいたのか、通称なのかは分からない。ゴムで鳴らすラッパが自転車のハンドルに付いていたように思う。それが聞こえると、買いに出たのだ。

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